昭和11年開業、90年目に入った本館
万平ホテルアルプス館は、長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字桜ノ沢にある昭和11年(1936年)竣工の木造3階建のホテル本館で、平成30年(2018年)11月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された(登録番号20-0538)。
開業日は昭和11年7月1日。以来ほぼ途切れることなくホテルとして使われてきた。中断は二度ある。昭和20年(1945年)以降の米陸軍第八軍による接収と、令和5年(2023年)1月から令和6年(2024年)にかけての大規模改修である。客室番号も設備も変わったが、正面の姿は変わっていない。
文化庁の記録では建築面積1282平方メートル、金属板葺、昭和48年(1973年)に改修。登録基準は「造形の規範となっているもの」で、古いから登録されたのではなく、設計として範になると判断されたことを意味する。
久米権九郎が重ねた二つの意匠
設計は久米権九郎(1895〜1965)。日光金谷ホテルや富士ビューホテルも手がけた建築家で、ドイツ留学の経験から独自の耐震木構造を確立し、アルプス館はその構法の上に建っている。施工は井上組。
正面に立つと、二つの語彙が同時に動いているのがわかる。切妻造妻入の大屋根を左右に並べ、上階の一部を出桁でせり出す。この張り出しは欧州中世の町家に見られる手法で、白い壁面に濃色の木部が走る外観は、多くの人にハーフティンバーとして映る。山岳リゾートのホテルとして、そう見えることが狙われていた。
ところが細部に目を移すと、要所に本棟造風の意匠が入っている。信州の民家の形式である。チューリッヒから来た客はスイスを見て、松本から来た客は民家の屋根を見る。見ているのは同じ仕口である。
亀屋からアルプス館まで
起源は明和元年(1764年)、中山道軽井沢宿に開業した旅籠「亀屋」にさかのぼる。明治19年(1886年)、カナダ人聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーと帝国大学教師ジェームズ・メイン・ディクソンがひと夏を過ごし、二人が東京で伝えた評判が、衰退していた宿場町を避暑地へと変えていった。
明治27年(1894年)に亀屋ホテルへ改称。ホテルはこの年を創業元年としている。明治29年(1896年)には外国人が発音しやすいよう「MAMPEI」の綴りを採用した。現在地の桜の沢への移転は明治35年(1902年)。このとき新築された西洋建築の本館は昭和10年代に取り壊され、代わって建ったのがアルプス館である。表記を「萬平」から「万平」に改めたのも同じ年だった。
その後の出来事も建物に堆積している。昭和47年(1972年)には敷地内で田中角栄首相とキッシンジャー大統領補佐官の会談が行われた。昭和52年(1977年)から3年続けて、ジョン・レノンが家族とアルプス館で夏を過ごした。平成19年(2007年)には経済産業省の近代化産業遺産に登録されており、文化財登録はその11年後にあたる。
泊まらなくても入れる場所、入れない場所
博物館ではなく営業中のホテルなので、見学の作法が少し違う。客室階は宿泊者のためのものだが、アルプス館1階にはロビーとショップがあり、レストラン・カフェテラス・バーは宿泊しない人も利用できる。登録建造物の内部に入る最も手軽な方法は、カフェでお茶を飲むことである。
ロビーではフロント横の階段を上がってみたい。踊り場の上に亀を描いたステンドグラスがはめられている。前身である旅籠「亀屋」にちなむ意匠で、日が差すと段板に色が落ちる。同じ階のショップは8時から20時まで営業し、フルーツケーキやアップルパイ、ジャムなどを扱う。館内の撮影は共用部であれば概ね差し支えないが、他の利用客が写り込まないよう配慮し、迷ったらスタッフに一声かけるのが無難である。
アルプス館90周年の一年
開業日が昭和11年7月1日であることにちなみ、2026年7月1日から2027年6月30日まで90周年の企画が組まれている。メインダイニングルームの記念ディナーは32,200円。カフェテラスの記念パフェは3,220円で、ステンドグラスに見立てたフルーツジュレを層にし、チョコレートのすずらんを飾る。同じくカフェテラスの「ジャムを楽しむスコーンセット」は2,760円、昭和初期の軽井沢で食べられていたというルバーブ・かぼちゃ・オレンジのジャムを現代風に再現したものが添えられる。バーの「アルプス・レモネード」は2,530円。昭和初期に文豪たちが飲んだと伝わるレモネードに木いちごのリキュールと赤ワインを合わせている。内容は期間中に更新されるため、訪問前に公式のお知らせを確認したい。
万平ホテルは日本クラシックホテルの会に加盟している。戦前開業・現役営業・文化財という三条件を満たす全国9ホテルの集まりで、そのうちの1軒がここである。
アクセスと注意点
軽井沢駅までは北陸新幹線で東京から約1時間10分、長野から約30分。駅からホテルまでは約2キロ、タクシーで5分ほど。予約客は軽井沢駅南口との間の無料送迎バスを利用できるが、こちらも事前予約制である。車の場合は上信越自動車道の碓氷軽井沢ICから約20分、名古屋方面からは小諸ICから約30分。夏季の渋滞期は松井田妙義ICで降りて旧碓氷峠を経由する経路が案内されている。
なお2026年8月17日より、宿泊者用駐車場が有料化された。料金や運用は変更される可能性があるため、予約時に確認しておきたい。旧軽井沢銀座通りへは徒歩10分ほど。明治28年(1895年)建立の軽井沢ショー記念礼拝堂までは徒歩14分ほどで、亀屋に泊まったショー宣教師の名を冠した教会が歩ける距離にあるのは、この土地の来歴を考えると座りがよい。
Q&A
- 万平ホテルアルプス館は宿泊しなくても見学できますか。
- 一部は可能です。アルプス館1階のロビーとショップは、レストラン・カフェテラス・バーを利用する方であれば立ち入れます。これらは宿泊者以外も利用できます。客室階は宿泊者専用のため、2階以上の内部を見るには宿泊が必要です。
- 万平ホテルアルプス館はいつ文化財に登録されましたか。
- 平成30年(2018年)11月2日に登録有形文化財(建造物)として登録されました。登録番号は20-0538です。これは「登録」であり「指定」ではないため、重要文化財や国宝とは制度上の位置づけが異なります。平成19年(2007年)には近代化産業遺産にも登録されています。
- 万平ホテルアルプス館は誰が設計し、いつ建てられたのですか。
- 設計は久米権九郎(1895〜1965)、施工は井上組です。それまでの西洋建築の本館を建て替えるかたちで昭和11年(1936年)に竣工し、同年7月1日に開業しました。久米がドイツ留学を経て確立した耐震木構造が用いられています。
- 2023年の大規模改修で万平ホテルアルプス館は変わりましたか。
- 創業130周年記念事業として令和5年(2023年)1月に営業を休止し、令和6年(2024年)に再開しました。アルプス館は登録有形文化財のため外観は保存されています。内部は耐震性能や現代の快適性を踏まえた工事が行われました。
- 万平ホテルアルプス館への行き方と駐車場を教えてください。
- 軽井沢駅から約2キロ、タクシーで5分ほどです。予約客は駅南口との無料送迎バス(要予約)を利用できます。車では碓氷軽井沢ICから約20分。宿泊者用駐車場は2026年8月17日より有料となったため、予約時に最新の条件をご確認ください。
基本情報
| 名称 | 万平ホテルアルプス館(まんぺいほてるあるぷすかん) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字桜ノ沢925-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号20-0538 |
| 指定年 | 平成30年(2018年)11月2日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積1282平方メートル、木造3階建、金属板葺。昭和11年(1936年)建築、昭和48年(1973年)改修 |
| 所有者 | 森トラスト株式会社 |
| 公開状況 | 営業中のホテル。ロビー・ショップ・レストラン・カフェ・バーは宿泊者以外も利用可、客室階は宿泊者専用。電話0267-42-1234 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)万平ホテルアルプス館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012535
- 文化遺産オンライン 万平ホテルアルプス館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/451570
- 万平ホテル公式サイト 万平ホテルについて(歴史・館内案内)
- https://www.mampei.co.jp/about/
- 万平ホテル公式サイト アクセス・駐車場のご案内
- https://www.mampei.co.jp/access/
- 万平ホテル公式サイト アルプス館90周年記念企画のご案内
- https://www.mampei.co.jp/news/1332/
最終更新日: 2026.08.21