解体材から立ち上がった酒蔵

今里酒造新蔵は、長崎県東彼杵郡波佐見町宿郷にある昭和初期の木造酒蔵で、平成18年(2006年)3月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

宿郷の旧街道を北へ歩くと、屋根の形で見分けがつく。今里酒造の敷地に建ち並ぶ蔵はいずれも切妻造で、妻側に三角の壁面をのぞかせている。新蔵だけが違う。四方に屋根を流す寄棟造で、しかも軒が一段高い。川棚川沿いに十数棟が密集するなかで、この一棟は明らかに列から外れている。

高さの理由は規模にある。国指定文化財等データベースによれば、桁行18間、梁間6間の規模をもつ総2階建で、建築面積は491平方メートル。木造、瓦葺。本蔵のように中央部だけ2階を設けるのではなく、建物全体が2階建てになっている。今里酒造の建物群のなかで最も広い床面積をもつのがこの新蔵である。

一次資料には、確度を落として記された一節がある。新蔵は酒蔵の解体材を用いて建てられたと伝えられる、という記述である。文化庁のデータベースはこれを事実として断定せず、伝承として扱っている。太い梁や柱を別の建物から転用することは、地方の木造建築ではめずらしくない。良質な松や欅の材は、最初に組まれた建物より長く使われる。

今里酒造の創業は明和9年(1772年)。屋号を上酒屋といい、現在は「六十餘洲」の銘で酒を出している。かつて日本が六十余りの国に分かれていたことにちなむ名である。

登録の理由と、指定との違い

登録年月日は平成18年3月2日、告示は同月23日。登録番号は42-0053、第49回の登録にあたる。適用された登録基準は一つで、国土の歴史的景観に寄与しているもの、という条項である。

この基準の選ばれ方に、建物の性格が出ている。登録と指定は制度として別のものだ。国宝や重要文化財の指定は、美術的・歴史的に格別の価値をもつ建造物を選び、現状変更に強い規制をかける。これに対し平成8年(1996年)に始まった登録制度は、築後およそ50年を経て地域の景観を形づくっている建物を幅広く対象とし、所有者が使い続けることを前提にしている。稼働中の酒造場にとって、この違いは決定的だ。新蔵は今も事業の内側にある。

同じ日に登録されたのは、今里酒造の6棟である。店舗及び住宅、本蔵、中蔵の3棟は江戸時代後期、製品置場は大正期、そして新蔵と洗い場が昭和初期。年代順に並べれば、江戸期の小規模な造り酒屋が、既存の建物を壊さずに増築を重ねながら二世紀半を進んできた経過が読み取れる。

構造の作りにも触れておきたい。棟通りには3間ごとに丸柱が立ち、小屋組は梁を四段に重ねる四重梁で組まれている。この構法をとれば、間仕切壁を入れずに広い梁間を渡し、重い瓦屋根を支えることができる。醸造用の桶を並べるには、こうした無柱に近い高い内部空間が要る。

宿郷は上波佐見村往還道と呼ばれた旧街道の宿場で、明治12年(1879年)の大火では今里酒造が類焼を免れた。江戸期の3棟が現存するのはそのためである。新蔵はその後に加えられた建物にあたる。周辺の町並みは平成16年(2004年)に波佐見町のまちづくり景観資産となった。

訪ねるときに見ておきたいこと

今里酒造は現役の酒造場であって、公開施設ではない。受付があるわけでも、常設の内部見学があるわけでもない。建物は日々使われている私有財産であり、訪問者はそれを前提に振る舞う必要がある。ただし外から眺めるぶんには制限がない。蔵群は旧街道側からも川沿いからも視界に入り、新蔵の寄棟屋根は遠目にもよくわかる。

例外が年に一度の蔵開きである。毎年4月中旬の土日に開かれ、2026年は4月18日と19日、両日とも10時から15時、入場無料で実施された。しぼりたて生酒などの限定酒販売、無料試飲、餅まき、フードコーナーがあり、JR川棚駅からは無料シャトルバスが出る。開催日は年により動くので、蔵元の告知ページで確認してから出向きたい。車で来場する場合の飲酒は断られる。

公道からの外観撮影に問題はない。蔵開きで敷地内に入るときは、作業区画にカメラを向ける前にひと言尋ねるのが無難だろう。

交通には多少の段取りが要る。波佐見町には鉄道駅がない。JR大村線の川棚駅からは、令和7年(2025年)4月に西肥バスの路線を引き継いだ「かわたな・はさみタウンバス」が町内へ入る。JR佐世保線の有田駅からはタクシーで約10分、予約制の有田波佐見乗合タクシーも1日8便運行している。福岡・長崎・佐世保方面からの高速バスは波佐見有田インターに停車する。

波佐見を訪れる人の多くは、酒ではなく焼物を目当てにしている。四百年にわたって波佐見焼を焼いてきた町であり、窯元の集まる中尾山、やきもの公園、波佐見町歴史文化交流館はいずれも宿郷から車ですぐの距離にある。二つの産業を続けて見ると、一日の密度が変わる。同じ川、同じ山、同じ燃料の供給圏から育った産業であり、窯の町で大規模な木造建築がどう建てられたかを、この蔵群が示している。

見学に関する問い合わせは今里酒造株式会社(0956-85-2002)へ。

Q&A

Q今里酒造新蔵の内部は見学できますか。
A常時の内部見学は行われていません。新蔵は稼働中の酒造場の一棟で、通年の公開はありません。敷地が開放されるのは毎年4月中旬の蔵開きの期間です。それ以外の時期については、事前に今里酒造株式会社(0956-85-2002)へ問い合わせてください。
Q今里酒造新蔵は、ほかの蔵とどこが違うのですか。
A三点あります。建築面積491平方メートルで敷地内最大であること、中央部だけでなく建物全体が2階建の総2階建であること、そして周囲の蔵がすべて切妻造であるのに対し新蔵だけが寄棟造であることです。建ちの高さも群のなかで際立っています。
Q今里酒造新蔵はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A建築年代について、国指定文化財等データベースは「昭和初期」と記すのみで、具体的な年を示していません。登録有形文化財(建造物)としての登録年月日は平成18年(2006年)3月2日、告示は同年3月23日、登録番号は42-0053です。
Q今里酒造新蔵は国宝や重要文化財にあたりますか。
Aいずれでもありません。登録有形文化財という別の区分です。平成8年(1996年)に始まった制度で、地域の景観を形づくる建物を幅広く対象とし、所有者が使い続けることを前提に規制も緩やかに設計されています。稼働中の酒蔵に適した枠組みといえます。
Q今里酒造新蔵へは公共交通機関でどう行けばよいですか。
A波佐見町に鉄道駅はありません。JR大村線の川棚駅から「かわたな・はさみタウンバス」を利用するか、JR佐世保線の有田駅からタクシーで約10分です。有田と波佐見の間には予約制の乗合タクシーが1日8便あります。4月の蔵開きの期間は、JR川棚駅から無料シャトルバスが運行されます。

基本情報

名称今里酒造新蔵(いまざとしゅぞうしんぐら)
所在地長崎県東彼杵郡波佐見町宿郷641
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 42-0053/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの
指定年登録 平成18年(2006年)3月2日/告示 同年3月23日(第49回登録)
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積491平方メートル/桁行18間、梁間6間
所有者国指定文化財等データベースに記載なし(今里酒造株式会社の酒造場内に所在)
公開状況外観は周辺道路から見学可/敷地は毎年4月中旬の蔵開き期間に開放/常設の内部公開なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 今里酒造新蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005385
長崎県文化財データベース — 今里酒造(店舗及び住宅、本蔵、中蔵、新蔵、洗い場、製品置場)
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/419
波佐見町 — 国登録有形文化財
https://www.town.hasami.lg.jp/kiji0031441/index.html
今里酒造株式会社 — 会社概要
https://rokujuyoshu.com/company/
波佐見町 — 交通アクセス
https://www.town.hasami.lg.jp/kiji0032011/index.html

最終更新日: 2026.08.20