オーモンデー:離島に息づく神秘の念仏踊り

長崎県五島列島の福江島西方、東シナ海に浮かぶ小さな火山島・嵯峨島(さがのしま)。この人口わずか数十人の離島に、オーモンデーと呼ばれる古い念仏踊りが脈々と受け継がれています。鉦(かね)を打ちながら唱える「オーモンデー、オーモンデー」という不思議な節回しからその名が付けられたこの踊りは、1971年(昭和46年)に国の選択無形民俗文化財に選択され、長崎県指定無形民俗文化財にも指定されています。孤島という環境が守り抜いた、日本の離島文化の貴重な宝です。

歴史的背景

オーモンデーの起源は、遣唐使時代の末期にまで遡ると考えられています。嵯峨島が位置する三井楽(みいらく)地区は、万葉の時代から遣唐使船の日本最後の寄港地として知られ、空海もこの地から大陸へ旅立ちました。王朝貴族の歌枕にも「亡き人に会える幻の島・みみらく」として詠まれたこの地域は、大陸文化の窓口であると同時に、深い精神性を宿す場所でもありました。

オーモンデーは、念仏踊りの系譜に連なる芸能です。念仏踊りは平安時代に空也上人が始め、鎌倉時代に時宗の開祖・一遍上人が全国に広めたとされています。太鼓や鉦を打ちながら念仏を唱えて踊ることで、仏への信仰と先祖の供養を行うこの踊りは、各地の文化と融合しながらさまざまな形に発展しました。五島列島では特に独自の変容を遂げ、嵯峨島のオーモンデーのほか、福江のチャンココ、玉之浦町のカケ、富江町のオネオンデなど、同系統の念仏踊りが各地に伝承されています。

嵯峨島はかつて流刑地であったとも伝えられ、1797年(寛政9年)以降には外海(大村藩)から迫害を逃れた潜伏キリシタンも渡来しました。仏教の念仏踊りとキリシタンの信仰が同じ小さな島に共存してきたという歴史は、五島列島の複雑で豊かな宗教文化を象徴しています。

文化財としての価値

オーモンデーは1960年(昭和35年)に長崎県の無形文化財に指定されましたが、1977年(昭和52年)に指定区分の見直しにより無形民俗文化財として改めて指定されました。また1971年(昭和46年)には、文化庁により「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として国の選択を受けています。

その文化財としての価値は多岐にわたります。まず、太鼓踊りを基盤とした供養念仏踊りの一典型として、民俗芸能研究上きわめて重要な位置を占めています。衣装や所作に南方系の芸能要素が認められること、中央アジア風の手振りが含まれることなど、国際的な文化交流の痕跡を色濃く残しています。さらに、唱え詞の「モーデーホー」「オーモンオーモンオーデーホ」といった言葉は経文の音転訛とも言われ、念仏が伝承の過程でいかに変容するかを示す貴重な事例でもあります。孤島という閉じた環境が、古い踊りの型を崩すことなく現代まで守り伝えてきたことも、高く評価されています。

踊りの見どころ

オーモンデーは毎年8月14日(かつては旧暦7月15日)のお盆に行われます。嵯峨島オーモンデー保存会によって維持されており、鉦叩き2人2組(計4人)と踊り手10〜12人で構成されます。

踊り手たちの装束は鮮烈です。柿色の半袖襦袢(じゅばん)に短い腰巻を着け、舞葺(まいぶき)の葉で編んだ腰蓑を身に付けます。頭には五色の切り紙で飾られた兜をかぶり、その後方には地面に届くほどの長い幅広紙が垂れ下がります。首から小さな締太鼓を下げ、両手に短い撥(ばち)を持ちます。全員が素足で踊るのも印象的な特徴です。

踊りは円陣を組んで行われ、中心に向かい合ったり円形に進行したりしながら、撥で太鼓を打ちつつ鉦の音に合わせて舞います。身をよじり、身をかがめ、撥を掲げて天を仰ぐその所作は、日本の他の盆踊りとは明らかに異なる独特の動きです。

特に圧巻なのは、鉦叩きが唱える歌声です。アルプスの牧童のヨーデルにも似た哀調を帯びた裏声で「オーモンデー…」と波のように繰り返される合唱は、聴く者の心を揺さぶり、神秘的な雰囲気を醸し出します。昼間は新盆の各戸を訪問し、先達が仏前でお経を唱えた後に踊りを奉納。夕暮れには墓所に移り、亡き人々の魂を慰める踊りが演じられます。

嵯峨島へのアクセスと周辺情報

嵯峨島へは、福江島の三井楽町にある貝津港から嵯峨島旅客船「さがのしま丸」に乗船します。所要時間は約15分で、1日3往復(学校のある平日は4往復)運航されています。貝津港までは福江港から車で約40分、バスの場合は福江港から三井楽バス停まで約60分、そこから三井楽半島バス(万葉号)に乗り換えて貝津港待合所前へ向かいます。

嵯峨島全体が西海国立公園に含まれており、男岳と女岳という二つの火山が結合してできた独特の地形をしています。噴火口の断面が露出した海食崖は世界的にも珍しく、学術的にも貴重とされています。港近くには絶壁に根を張り巡らせた巨大なアコウの木があり、火山性の凝灰岩に絡みつく姿は圧巻です。1918年(大正7年)に建てられた木造の嵯峨島教会は、潜伏キリシタンの歴史を今に伝える静かな佇まいが印象的です。

福江島側の三井楽エリアには、遣唐使の歴史を伝える白良ヶ浜万葉公園や遣唐使ふるさと館(道の駅)があり、万葉集ゆかりの歌碑や遣唐使船の模型などを見学できます。五島列島酒造では地元の本格焼酎の試飲・購入も楽しめます。福江島全体では、世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である教会群や、大瀬崎灯台からの雄大な海景、城下町・福江の武家屋敷通りなど、見どころが豊富です。

Q&A

Qオーモンデーはいつ見られますか?
A毎年8月14日のお盆の時期に行われます。昼間は新盆の各家を訪問して踊り、夕方には墓所で踊りが奉納されます。年に一度だけの貴重な機会ですので、事前にスケジュールを確認のうえお出かけください。
Q嵯峨島へのアクセス方法を教えてください。
A福江島の三井楽町にある貝津港から嵯峨島旅客船「さがのしま丸」に乗船し、約15分で到着します。1日3〜4往復の運航です。貝津港へは福江港から車で約40分、バスでは約60分(乗り換えあり)です。島内の宿泊施設は限られているため、日帰りで訪れる方が多いです。
Q「オーモンデー」という名前の由来は何ですか?
A鉦(かね)叩きが唱える歌詞の中に「オーモンデー、オーモンデー」という節があることに由来します。「モーデーホー」「オーモンオーモンオーデーホ」などの唱え詞は、仏教の経文が長い伝承の過程で音転訛したものと考えられていますが、原型となった経文は特定されていません。
Q五島列島にはオーモンデー以外にも似た踊りがありますか?
Aはい、五島列島には同系統の念仏踊りが複数伝わっています。福江のチャンココ(県指定無形民俗文化財)、玉之浦町のカケ、富江町のオネオンデなどがあり、いずれも太鼓踊りをもとにした供養の念仏踊りですが、それぞれの島や地域で独自の特徴を発展させています。
Q観光客でもオーモンデーを見学できますか?
Aはい、見学は自由にできます。ただし、故人を供養する神聖な行事ですので、敬意をもって静かに見守ることが大切です。嵯峨島は小さな島で施設が限られているため、飲料や食事は事前に準備されることをお勧めします。また、お盆の時期は船が混み合うことがありますので、早めの行動を心がけてください。

基本情報

名称 オーモンデー
種別 無形民俗文化財(念仏踊り)
指定 国選択無形民俗文化財(昭和46年11月11日選択)、長崎県指定無形民俗文化財(昭和52年1月11日指定)
保護団体 嵯峨島オーモンデー保存会
所在地 長崎県五島市三井楽町嵯峨島
公開日 毎年8月14日
構成 鉦叩き4人(2人2組)、踊り手10〜12人
アクセス 貝津港(三井楽町)から嵯峨島旅客船「さがのしま丸」で約15分。貝津港までは福江港から車で約40分。
船舶問い合わせ 嵯峨島旅客船有限会社(TEL: 0959-84-2785)

参考文献

オーモンデー - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136884
オーモンデー - 長崎県の文化財
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/469
オーモンデー(国選択無形民俗文化財) - 五島の島たび【公式】
https://goto.nagasaki-tabinet.com/event/679
オーモンデー - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC
オーモンデー - コトバンク(ブリタニカ国際大百科事典)
https://kotobank.jp/word/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC-176771
嵯峨島ジオ+荒川周遊コース - 五島の島たび【公式】
https://goto.nagasaki-tabinet.com/feature/saganoshima_arakawacourse
嵯峨島教会 - 五島の島たび【公式】
https://goto.nagasaki-tabinet.com/s/junrei/60469/

最終更新日: 2026.04.05