下五島大宝郷の砂打ち:五島列島に伝わる悪疫退散の奇祭
長崎県五島市玉之浦町の大宝郷で、毎年秋になると行われる神事「砂打ち(ずなうち)」。藁を被り、墨で顔や体を黒く塗った若者たちが、神幸行列の最後尾から飛び出して見物人を追いかけ、家々の戸障子に向けて浜の真砂を打ちつけます。子どもたちの悲鳴と笑い声が静かな漁村に響き渡るこの行事は、古来「悪霊退散・五穀豊穣・無病息災」を祈願する素朴で力強い秋祭りです。
1979年(昭和54年)に国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択され、1982年(昭和57年)には長崎県の無形民俗文化財にも指定されました。日本の民俗信仰の古層を今に伝える貴重な行事として、近年は海外からの来訪者も少しずつ増えつつあります。
大宝郷という土地
大宝郷は、九州最西端に位置する五島列島の福江島南西部、玉之浦町にある小さな集落です。五島列島は北東から南西に長く伸びる島嶼で、福江島を中心とする南西の島々は「下五島(しもごとう)」と呼ばれ、現在の行政区域では五島市に属しています。
島の大部分は西海国立公園に指定されており、コバルトブルーの海と複雑な海岸線、火山地形による豊かな景観に恵まれています。また「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産にも登録されたカトリック教会群が点在し、独自の信仰史をもつ土地としても知られています。そうしたキリスト教文化と並んで、大宝郷では古来からの神道・民俗信仰がいまも生き続けているのです。
砂打ちはどのように行われるのか
砂打ちは、大宝郷の氏神である言代主(ことしろぬし)神社の秋祭にあわせて、旧暦9月28日から29日にかけて行われます。新暦では年により異なりますが、おおむね10月下旬から11月中旬の時期に当たります。言代主神社は大宝寺の境内にあり、神仏習合の名残をとどめる祭祀の場です。
初日の夜:神楽の奉納
初日の夕方18時頃から、言代主神社で夜神楽が奉納されます。およそ3時間にわたって笛と太鼓の音が静かな夜の境内に響き、翌日の村回りに向けて神前を清めていきます。
2日目の朝:村回りの行列
2日目は朝9時頃、大宝寺の前を出発点として「ムラマワリ(村回り)」と呼ばれる神幸行列が郷内を一巡します。先頭を導くのは導きの神とされる猿田彦(さるたひこ)。その後に、次のような諸役が続きます。
- 獅子役
- 幟持ち、御幣持ち
- 神主、巫子(みこ)
- 女形噺子(おんながたはやし)
- 稲かけ、かけ魚持ち
- くわ(鍬を持つ役)、きね(杵を担ぐ役)
- サンドーラ(棧俵をかぶる役)
行列は道順に従って郷内をまわり、3カ所の郷境では立ち止まって農作業の所作を模擬的に演じます。鍬で土を耕すしぐさ、杵で米を搗くしぐさなど、稲作の一年を象徴する動きが、笛と太鼓の囃子とともに繰り広げられていきます。
サンドーラと砂の意味
この祭りの最大の見どころが、サンドーラと呼ばれる役の若者たちです。藁で編んだ「棧俵(さんだわら)」と呼ばれる円形の浅い蓋を頭からすっぽりと被り、顔や体は墨で黒く塗られています。その異形の姿で行列から飛び出し、見物人を追いかけ、家々の戸障子に向けて浜の真砂を勢いよく打ちつけます。
これは単なる悪戯ではなく、災厄を払い疫病を退散させるための神聖な所作です。砂をかけられることはむしろ縁起のよいこととされ、地元の方々はもちろん、訪れた見物人にとっても無病息災のしるしとして受け止められています。普段は静かな大宝の集落が、この日ばかりは追いかけるサンドーラと逃げ惑う子どもたちの歓声で溢れます。
文化財としての価値
砂打ちは、1979年(昭和54年)12月7日に「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として国に選択されました。保護団体は地元の大宝郷会です。さらに1982年(昭和57年)1月25日には長崎県の無形民俗文化財にも指定されています。
この行事が文化財として評価された理由は、ひとつの祭りの中に複数の民俗的要素が複雑に混在している点にあります。神幸行列という神道祭祀の枠組みのなかに、農作業を模擬的に演じる予祝儀礼と、砂を打ちつけて疫病を退散させる呪術的な所作が同居しており、こうした諸習俗の融合は、日本の古い民俗の一面を伝える貴重な事例とされています。地域の若者から年配の方まで、世代を越えて受け継がれてきた共同体の祭りという点でも、その価値は大きいといえるでしょう。
見どころ
下五島大宝郷の砂打ちは、観光化された都市の祭礼とは一線を画す、素朴で力強い村祭りです。とくに以下の点に注目するとよいでしょう。
- サンドーラの異形の姿:藁を被り墨で塗られた姿は、日本の祭りの中でも独特の迫力をもっています。
- 農作業の模擬演技:郷境で繰り広げられる鍬や杵の所作は、稲作文化のリズムを今に伝える貴重な場面です。
- 夜神楽の静謐な時間:初日の夜に奉納される神楽は、翌日の躍動的な砂打ちとは対照的な、落ち着いた祈りの時間を体感できます。
- 砂をかけられる体験:見物人として参加すれば、サンドーラに追いかけられて砂をかけられる「ご利益」を授かることもできます。
- 共同体の温かさ:祭りを支える大宝郷会の方々や地元の皆さんの素朴な人柄に触れられるのも、この祭りの大きな魅力です。
訪問情報
祭りは旧暦9月28日と29日に固定して行われており、新暦では年によって変わります。おおむね10月下旬から11月中旬の間に開催されますが、訪問を計画される際は事前に五島市玉之浦支所(電話 0959-87-2211)に問い合わせて正確な日程を確認することをおすすめします。
初日の神楽は18時頃から大宝寺内の言代主神社で、2日目の村回りは9時頃から大宝寺前を出発点として始まります。駐車場は大宝漁港が利用できます。福江港からは車でおよそ1時間。福江島へは長崎港からのフェリーやジェットフォイル、または福岡空港・長崎空港からの飛行機でアクセスできます。
周辺の見どころ
祭りと合わせて訪れたい玉之浦町周辺のスポットも豊富です。砂打ちの舞台となる大宝寺は日本遺産にも認定されている古刹で、五島の歴史を語るうえで欠かせない存在です。少し足を伸ばせば、日本で最初のルルドが造られた井持浦教会、東シナ海を見下ろす断崖に立つ大瀬埼灯台、静かな入江に佇む玉之浦教会など、五島ならではの自然と信仰の風景が広がっています。空港近くの鬼岳の火山景観や、富江・荒川の温泉も、旅の疲れを癒すのに最適です。
Q&A
- 砂打ちは毎年いつ行われますか?
- 旧暦9月28日と29日の2日間にわたって行われます。新暦では年により異なりますが、おおむね10月下旬から11月中旬の間に開催されます。訪問前に五島市玉之浦支所に正確な日程を確認することをおすすめします。
- 本当に砂をかけられるのですか?
- はい、砂打ちはこの祭りの中心的な所作です。サンドーラと呼ばれる役の若者たちが行列から離れ、見物人を追いかけて浜の真砂を打ちつけます。砂をかけられることは災厄や病を払う縁起のよい行為とされていますので、汚れてもよい服装でお出かけになるとよいでしょう。
- なぜこの祭りが文化財として評価されているのですか?
- 神幸行列、農作業の模擬演技、砂による疫病退散の呪術といった、複数の民俗的要素がひとつの祭りに融合している点が評価されています。こうした複合的な習俗のあり方は、日本の古い民俗の一面を伝える貴重な事例とされ、1979年に国の選択無形民俗文化財に、1982年に県の無形民俗文化財に指定されました。
- サンドーラとはどのような役ですか?
- サンドーラは大宝郷の若者が務める砂打ちの担い手で、棧俵(さんだわら)と呼ばれる円形の藁の蓋を被り、顔や体を墨で黒く塗って異形の姿となります。その姿で行列から飛び出し、見物人や家々に砂を打ちつけることで、村全体の災厄を払う役割を担っています。
- どうやって会場まで行けばよいですか?
- 会場の大宝郷は福江島の南西部、玉之浦町にあります。福江島へは長崎港からフェリーまたはジェットフォイル、福岡・長崎空港からは飛行機でアクセスできます。福江港からは車でおよそ1時間です。祭り当日は大宝漁港の駐車場を利用できます。
基本情報
| 名称 | 下五島大宝郷の砂打ち(しもごとうだいほうごうのすなうち) |
|---|---|
| 指定区分 | 国選択無形民俗文化財(記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財/1979年12月7日選択)/長崎県指定無形民俗文化財(1982年1月25日指定) |
| 保護団体 | 大宝郷会 |
| 祭祀の場 | 言代主神社(大宝寺境内) |
| 開催期間 | 旧暦9月28日〜29日(新暦では10月下旬〜11月中旬頃) |
| スケジュール | 初日:18時頃から夜神楽(約3時間)/2日目:9時頃から村回り(午前中終了) |
| 住所 | 〒853-0413 長崎県五島市玉之浦町大宝一帯 |
| 問い合わせ | 五島市玉之浦支所(電話 0959-87-2211) |
| アクセス | 福江港から車で約1時間。祭り当日は大宝漁港駐車場を利用可。 |
参考文献
- 下五島大宝郷の砂打ち – 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/161281
- 大宝郷の砂打ち(国選択無形民俗文化財) – 五島の島たび【公式】
- https://goto.nagasaki-tabinet.com/event/61796
- 下五島大宝郷の砂打ち – 長崎県の文化財
- https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/453
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/557
最終更新日: 2026.04.19