炎を担いで堂内を巡る三匹の鬼
毎年1月14日の夜、奈良県南部の五條市で、面をつけた三人の行者が燃えさかる松明を担いで小さなお堂の中を巡る。松明は高さおよそ1.1メートル、重さは約60キログラム。これを左手だけで支え、板敷きの堂内を歩いていく。火の粉は参拝者のすぐ前まで降りかかるが、人々は身を引こうとしない。降る火を浴びることが、むしろ望まれているからである。火を担ぐのは鬼であり、この寺の鬼は災いをもたらす存在ではなく、福を運んでくる存在とされている。
この行事は「鬼はしり」と呼ばれ、五條市大津町の念仏寺で行われる。舞台となる本堂は古くから「陀々堂」の名で親しまれ、その呼び名が行事全体の名称にもなった。平成7年(1995年)12月、陀々堂の鬼はしりは国の重要無形民俗文化財に指定された。五條市では初めての国指定であった。
記録より古い行事
鬼はしりがいつ始まったのかを伝える文書は残っていない。手がかりとなるのは、行事に使われてきた道具のほうである。昭和35年(1960年)まで用いられた鬼面には文明18年(1486年)の墨書銘があり、15世紀後半にはすでに鬼面を使う行事が営まれていたことがわかる。この4面の鬼面は奈良県指定有形民俗文化財となり、いまは役目を終えて新しい面に席を譲っている。
行事そのものに触れた最も古い記録は、永禄11年(1568年)の「念仏寺の鬼ノタイマツ」という文字である。安永2年(1773年)の古文書になると、今日の鬼はしりとほぼ変わらない次第が書き留められている。昭和32年(1957年)までは旧暦の1月14日に行われており、現在の新暦1月14日という日取りは、この年の改暦による。
念仏寺の歴史はさらに遡る。平安時代末期から、吉野川沿いの阪合部郷をまとめる郷寺として記録に現れ、周辺の寺院のなかで本山格を担っていた。現在は真言宗に属する無住の寺で、本堂には本尊の阿弥陀如来立像のほか、真言宗を開いた空海の坐像も安置されている。茅葺きの屋根は平成29年(2017年)に、約50年ぶりとなる全面の葺き替えを終えた。
追われない鬼
鬼を追い払う行事は日本各地にある。宮中の追儺に源をもつもので、多くの場合、鬼は疫病や災厄の象徴であり、新年を清く迎えるために外へ駆逐すべき存在として扱われる。陀々堂の鬼はしりも、大きく見ればこの系譜に連なる。だが、その筋立ては逆向きである。ここで鬼は追われない。鬼は阿弥陀如来に仕える存在であり、子孫を祝福し福を授けるために訪れる祖先の霊と理解されている。
登場する鬼は三匹。赤い面をつけ右手に斧を持つのが父鬼、青い面をつけ捻木を手にするのが母鬼、赤い面をつけ槌を持つのが子鬼である。恐れの対象であるはずの鬼が福を運ぶ役を担う。この転倒こそ、国の指定が稀有なものとして評価した点であった。あわせて、一つの地域社会がこれほど長く行事を伝えてきたことも重視されている。鬼はしりは阪合部地区の14の町によって運営されている。もとは12か村で、明治22年(1889年)に2地区が加わり、現在は数百戸の人々が毎年その諸役を分担している。
1月14日の次第
当日は、ゆっくりと火へ向かって進んでいく。午後1時頃から、僧侶による大般若経の転読が堂内で始まる。午後4時には松明に火を入れない昼の鬼はしりが行われる。明るいうちに鬼の姿をはっきり見られる時間で、続いて子ども鬼はしりがあり、福餅まきで餅が参拝者へ投げられる。午後7時に堂内の護摩供、7時半に境内の柴灯護摩供が始まり、夜が冷えていくにつれて熱と音が高まっていく。
夜の鬼はしりは午後9時に始まる。迎えの小さな松明を先頭に、行者たちが参拝者で埋まった境内を抜けて入堂する。鐘の音を合図に僧侶の早口の読経が始まり、棒を打ち合わせる乾いた音が重なる。まず火天役が現れる。すり足で前に進み出ると、松明を高く掲げ、火の安全を願って空中に水の字を描くように振る。かたわらでは水役が笹竹で桶の水を振りかけ、火天役の火傷を防ぎ、床に落ちた火を消してまわる。
そして三匹の鬼が堂内に入る。大松明を肩に担いで堂の内を巡り、炎が板張りの空間を光と煙で満たす。この場に立つまでには、相応の精進がある。鬼役を務める三人は1月8日から別火精進に入り、水垢離をとって日常の暮らしから身を離す。二日前に作られた紙縒は、当日、鬼の手足16か所に結びつけられる。手足それぞれ4か所ずつである。
火を読む
鬼はしりのまわりには、いくつもの小さな習わしが寄り添っている。松明の燃え具合は、その年の米の作柄を占う手がかりとされる。須弥壇の裏の板壁を棒で叩くと、一年を肩こり知らずで過ごせると伝わる。鬼の体に結ばれた紙縒は、ほどいた後に厄除けの護符として持ち帰られ、松明から降る火の粉も、浴びた人の災いを払うと信じられてきた。境内には鬼はしりの修行510回を記念する石柱が立ち、この火が幾度の冬を越えてきたかを静かに示している。
五條を訪ねる
念仏寺は五條市大津町、奈良県南部の吉野川にほど近い地にある。最寄りはJR和歌山線で、大和二見駅からは徒歩でかなりの距離があり、タクシーの利用が便利である。境内の東側に参拝者用の駐車場があるが、鬼はしりの夜は混雑のため、上野公園の駐車場が利用される。行事は寒い1月の夜更けまで続くので、暖かい服装と歩きやすい履物を備えておきたい。
行事の日でなくとも、念仏寺は茅葺きの陀々堂を静かに訪ねることができる。ほど近い五條新町は、紀州街道の宿場町として発展した町並みが残る一帯で、白壁の町家が約1キロメートルの通りに連なる。そのなかの一軒が、慶長12年(1607年)に建てられた栗山家住宅である。年代の確かな民家としては日本最古とされる重要文化財だ。寺と古い町並みをあわせて巡れば、吉野方面への旅の途中で立ち寄る価値のある町になる。
Q&A
- 鬼はしりは誰でも見学できますか。
- はい。行事は一般に公開されており、毎年1月14日に行われます。夜の鬼はしりは午後9時頃に始まります。参拝者が多いため、早めの到着をおすすめします。
- なぜこの寺の鬼は追われず、福をもたらすのですか。
- 念仏寺の鬼は阿弥陀如来に仕える存在とされ、子孫を祝福するために訪れる祖先の霊と考えられています。鬼を災厄の象徴として追い払う行事の多い日本のなかで、珍しい性格をもつ行事です。
- 松明はどれくらいの重さですか。
- 松明は高さおよそ1.1メートル、重さは約60キログラムあります。鬼役はこれを左手だけで支え、堂内を巡ります。
- 火のそばで見ても安全ですか。
- 行事は迫力があり、火の粉が降りかかります。水役が常に火を抑えていますし、降る火の粉は縁起のよいものとされていますが、見学の際は熱や火の粉に備えた服装をし、運営者の案内に従ってください。
- 周辺に見どころはありますか。
- 江戸時代以来の町家が並ぶ五條新町が近くにあり、慶長12年(1607年)建築の栗山家住宅も残っています。寺の参拝とあわせて巡るのに向いています。
基本情報
| 名称 | 陀々堂の鬼はしり(だだどうのおにはしり) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県五條市大津町177 念仏寺 |
| 指定区分 | 国指定重要無形民俗文化財 |
| 指定年月日 | 平成7年(1995年)12月26日 |
| 種別 | 風俗慣習/年中行事 |
| 公開日 | 毎年1月14日 |
| 保護団体 | 念仏寺鬼はしり保存会 |
| 会場・本尊 | 念仏寺本堂(陀々堂)/阿弥陀如来立像 |
| アクセス | JR和歌山線・大和二見駅からタクシー利用(徒歩では遠い) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/679
- 五條市「陀々堂の鬼はしり(国指定重要無形民俗文化財)」
- https://www.city.gojo.lg.jp/soshiki/bunka/1_1/1/3117.html
- 五條市「陀々堂の鬼はしり」
- https://www.city.gojo.lg.jp/soshiki/bunka/9/2201.html
最終更新日: 2026.05.26