和様三重塔としての性格
百濟寺三重塔は、奈良県北葛城郡広陵町大字百済にある鎌倉時代後期の塔婆で、明治39年(1906年)4月14日に国の重要文化財に指定された。寺名は百済寺とも表記し、読みはくだらじ。水田に囲まれた集落のなかに高さ約23メートルの塔身が立ち、数百メートル離れた地点からも視認できる。
国指定文化財等データベースが記す構造及び形式等は、三間三重塔婆、本瓦葺。員数は1基、指定番号は00371である。年代は鎌倉後期、西暦にして1275年から1332年の範囲が示される。広陵町の指定文化財一覧も同じく鎌倉時代後期とする。一方、地域の解説には鎌倉中期に置くものが少なくない。両説が併存している状況だが、一次資料は後期を支持する。
細部は初層に集約される。基壇上に縁を張って高欄をめぐらし、中央間に端喰の板唐戸、脇間に盲連子の連子窓を入れる。中備は中央間のみ間斗束を置き、脇間は詰組を用いない。二重・三重にも高欄を付し、部材には彩色の痕跡が残る。和様の構成であり、禅宗様・大仏様の要素を交えない。同時代の興福寺三重塔との近似がしばしば指摘される。
伝承の検証と伽藍の消長
百済寺の創建年代と経緯は明らかでない。現在の境内に残るのは三重塔と小さな本堂のみで、寺は無住である。
この地には長く百済大寺の故地とする伝承があった。『日本書紀』舒明天皇十一年(639年)七月条は、百済川のほとりに大宮と大寺を造らせたと記す。延宝9年(1681年)成立の地誌『和州旧跡幽考』も当地を百済大寺の旧地に充てている。
ただし疑義も古くから出ていた。当地の「百済」という地名が古代に遡る証拠を欠くこと、周辺から古代の瓦が出土しないこと、飛鳥時代の他の宮が飛鳥近辺に比定されるなかで百済宮のみが奈良盆地中央部に離れて位置するのは不自然であることが挙げられる。平成9年(1997年)以降に進んだ桜井市吉備の吉備池廃寺の発掘によって、伽藍規模と出土遺物の年代からそちらを百済大寺とする見方が有力になった。塔の価値は伝承にではなく、鎌倉後期の遺構そのものに置くべきだろう。
修理の履歴は建物の来歴を具体的に示す。相輪は延宝3年(1675年)に作り直されたもので、高さ8.39メートルは江戸期の後補としては長い部類に入る。江戸時代にはさらに二度の修理を経た。明治以降に無住となってからは荒廃が進み、昭和5年(1930年)の解体修理によって現在の姿を保つに至った。全高については22.97メートルとする資料と23.27メートルとする資料があり、計測基準の相違によるものと思われる。
管理は隣接する春日若宮神社が担う。同社の社務所は、慶長年間に六坊を数えた百済寺の子院のうち中之坊の後身にあたる。寺務は当麻寺西南院が兼務している。
見学の手続きと周辺
境内は無料で終日開放されており、拝観受付はない。塔と神社は一つの境内を共有し、参道の石造明神鳥居の先に塔が見える構図となる。神仏習合の状態が明治の神仏分離を経ても解消されなかった結果である。
内部の見学には手続きを要する。三重塔内部および本堂内部を希望する場合は、広陵町教育委員会文化財保存活用課へ、見学希望日の2週間前までに申込書をファックス・郵送・電子メールのいずれかで提出する。見学時間は午前10時から午後3時30分の間で各1時間以内。当日の対応は扉を開けるのみで案内や説明はなく、解説を希望する場合は別途「広陵町文化財ガイド申込書」による申込みが必要となる。12月20日から1月10日は対応不可。風雨関係の警報発令中または発令が予想される場合は断られることがあり、可否は申込書受付後に連絡される。
個人や少人数については、事前申込みの不要な法会行事の際の見学が推奨されている。4月15日の百済会式(午前10時から正午)と8月15日の百済寺法要である。
塔の傍らには梵字池がある。真上から見ると梵字の「バン」の形をとり、金剛界曼荼羅の中心仏である大日如来を表すという。弘仁14年(823年)に空海が荒廃した寺を嘆いて掘ったと伝わる。広陵町与楽寺の「ウン」、田原本町秦楽寺の「ア」と合わせ、三霊池と称される。池畔には百済野を詠んだ山部赤人の万葉歌の歌碑が建つ。
本堂は大織冠(たいしょくかん)と呼ばれ、談山神社から移築したと伝える。広陵町の指定文化財一覧は江戸時代の建立とし、平成10年(1998年)3月18日に町指定文化財となった。通常は非公開である。
公共交通は限られる。広陵町の観光案内は最寄りを奈良交通の路線バス「広陵町役場前」停留所とし、そこから徒歩20分ほど。隣接する百済寺公園に無料駐車場と便所がある。撮影に制限はなく、公園北側の水田越しの構図が塔の全体をとらえやすい。
Q&A
- 百濟寺三重塔の内部は見学できますか。
- 事前申込みにより見学できます。広陵町教育委員会文化財保存活用課へ、希望日の2週間前までに申込書を提出してください。見学は午前10時から午後3時30分の間で各1時間以内、当日は扉を開けるのみで案内・説明はありません。
- 申込みなしで百濟寺三重塔の内部を見る方法はありますか。
- あります。広陵町は個人や少人数に対し、事前申込みの不要な法会行事での見学を案内しています。4月15日の百済会式(午前10時から正午)と、8月15日の百済寺法要です。
- 百濟寺の拝観料と拝観時間を教えてください。
- 境内は無料で終日自由です。無住のため受付はなく、拝観料を徴収する者も、質問に応じる者も常駐していません。隣接する百済寺公園に無料駐車場と便所があります。
- 広陵町の百済寺は本当に百済大寺の跡地なのですか。
- 現在は否定的にみられています。江戸時代から当地を故地とする説がありましたが、古代の瓦の出土がなく、飛鳥からの距離も不自然です。平成9年(1997年)以降の桜井市吉備池廃寺の発掘により、そちらを百済大寺とする見方が有力になりました。
- 百濟寺三重塔へのアクセスと撮影の可否は。
- 最寄りは奈良交通の路線バス「広陵町役場前」停留所で、徒歩20分ほどです。自動車の場合は隣接する百済寺公園の無料駐車場が利用できます。撮影に制限はなく、公園北側から水田越しに塔を望む構図が知られています。
基本情報
| 名称 | 百濟寺三重塔(くだらじさんじゅうのとう) 寺名表記:百濟寺/百済寺 |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県北葛城郡広陵町大字百済 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 指定番号00371 |
| 指定年 | 明治39年(1906年)4月14日 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 三間三重塔婆、本瓦葺。全高は22.97メートルとする資料と23.27メートルとする資料があり、相輪高8.39メートル |
| 所有者 | 百濟寺(隣接する春日若宮神社が管理) |
| 公開状況 | 境内は無料・終日自由。内部は2週間前までの申込制、または法会行事日は申込不要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「百濟寺三重塔」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2790
- 広陵町「指定文化財」
- https://www.town.koryo.nara.jp/0000001063.html
- 広陵町「広陵町内寺院(百済寺、与楽寺)の見学申込みについて」
- https://www.town.koryo.nara.jp/0000001438.html
- 広陵町「観光 寺院」
- https://www.town.koryo.nara.jp/0000000024.html
- 広陵町「観光案内」(路線バス最寄り停留所)
- https://www.town.koryo.nara.jp/0000000023.html
最終更新日: 2026.08.24