般若寺の笠塔婆 ― 父母のために建てられた二基の石塔

奈良市街の北、奈良阪の坂を上った般若寺の境内に、花崗岩でつくられた背の高い石塔が二基並んで立っている。弘長元年(1261)の七月、石工の伊行吉(いのゆきよし)が、前年に没した父のため、また当時存命であった母のために造立したものである。長く境内の外、墓地の入口に置かれていたが、いまは本堂の手前で参拝者を迎える位置に据えられている。

笠塔婆とは、方柱状の塔身の上に屋根の形をした笠石を載せ、その頂に請花(うけばな)と宝珠を置く形式の石塔をいう。墓前に立てる木製の卒塔婆を石に置き換えたもので、追善や供養のために建てられた。般若寺の二基は、南塔が総高4.46メートル、北塔が総高4.76メートルあり、見上げるほどの高さをもつ。塔身の各面には梵字や銘文が刻まれている。

渡来石工・伊行末の一族と紀年銘

笠塔婆を手がけた伊行吉は、石工の家系に生まれた。父の伊行末(いのゆきすえ、いぎょうまつとも)は、治承四年(1180)の兵火で焼けた東大寺の再建にあたって宋から渡来した石工である。大陸の技法をもたらした伊行末の系統は伊派(いは)と呼ばれ、奈良を中心に多くのすぐれた石造物を残した。境内の中心に立つ十三重石宝塔も、この一族の作と考えられている。

二基の塔身には長い銘文が刻まれている。弘長元年七月十一日、父の一周忌にあたって造立されたことが記され、一基は亡父の菩提のため、もう一基は存命の母の後世のためのものであった。銘文には、近くの大石塔もまた伊一族の手になることが記される。

造立年がはっきりと読み取れる点が、この二基の大きな価値である。年代の判明しない石造物の様式や字くばりを照らし合わせる基準として、長く用いられてきた。明治42年(1909)4月5日、考古資料として重要文化財に指定されている。

塔身の梵字と近代の数奇な経緯

塔身の正面には、種子(しゅじ)と呼ばれる梵字が刻まれている。種子は仏や菩薩を一字で表す文字で、密教でひろく用いられた。北塔は上方に阿弥陀三尊の種子を置き、その下に金剛界五仏の種子を刻む。南塔は釈迦三尊の種子に始まり、胎蔵界五仏の種子が続く。二基を並べると、石の上に仏の世界が小さく描き出される。

二基はもとから今の場所にあったわけではない。当初は寺の南方、南都の惣墓の入口に立っていた。明治の初め、廃仏毀釈の風潮のなかで二基は倒され、損なわれた。明治25年(1892)に修理されて境内に建て直されている。

この再建には、近代史の一場面が結びついている。重い塔身を支えるため、唐草文様をあしらった鉄製の金具が取り付けられた。寺の説明によれば、その鉄は、1889年のパリ万国博覧会に合わせて建てられたエッフェル塔のためにフランスで開発された錬鉄であったという。金具は昭和33年(1958)に取り外されるまで、六十年あまり二基を支え続けた。なお室町時代には、この二基が平重衡(たいらのしげひら)の墓と考えられていた時期もある。

般若寺と周辺の見どころ

二基の笠塔婆は本堂の手前に立ち、屋外にあるため、特別な公開日を待たずに見ることができる。般若寺はゆっくり歩きたい寺である。鎌倉時代の楼門は国宝に指定され、境内の中心に立つ十三重石宝塔は高さ約14メートルにおよぶ。地元では花の寺として知られ、四月の山吹、五月下旬からの紫陽花、初夏と秋のコスモス、十二月の水仙が境内を彩る。とりわけ秋のコスモスの時期は参拝者でにぎわう。

寺は奈良阪の高台にある。JR奈良駅または近鉄奈良駅から、青山住宅・州見台八丁目方面の奈良交通バスに乗り、「般若寺」で下車して徒歩数分で門に着く。拝観時間はおおむね9時から17時(最終受付16時30分)で、冬季や夏季の一部の月は一時間早く閉まる。拝観料は大人500円、花の見頃の時期は700円ほどになる。車であれば数分の所に奈良国立博物館があり、近隣には中世のハンセン病者の救済施設の遺構である北山十八間戸(国史跡)も残る。

Q&A

Q笠塔婆とはどのような石塔ですか。
A方柱状の塔身の上に屋根形の笠石を載せ、頂部に請花や宝珠を置く石塔です。墓前に立てる木製の卒塔婆を石に置き換えたもので、追善や供養のために建てられました。塔身には梵字や銘文が刻まれることが多くあります。
Q笠塔婆は見学できますか。拝観料はかかりますか。
A二基とも般若寺の境内、本堂の手前に屋外で立っており、開門時間中はいつでも見られます。拝観料は大人500円で、コスモスや紫陽花の見頃の時期は700円ほどになります。
Q誰が、なぜ二基建てたのですか。
A弘長元年(1261)に石工の伊行吉が建てました。父の一周忌にあたり、一基は渡来石工であった父・伊行末の菩提のため、もう一基は存命の母の後世のために造立しています。
Qエッフェル塔とどのような関係があるのですか。
A明治25年(1892)に破損した塔を修理した際、支えとして鉄製の金具が取り付けられました。寺の説明では、その鉄は1889年のエッフェル塔のためにフランスで開発された錬鉄であったとされます。金具は昭和33年(1958)に外されました。
Q般若寺では他に何を見ればよいですか。
A鎌倉時代の楼門は国宝で、境内中央の十三重石宝塔は高さ約14メートルあり、笠塔婆と同じ石工一族の作と考えられています。花の寺としても名高く、秋のコスモスがよく知られています。

基本情報

名称笠塔婆(般若寺)二基
所在地奈良県奈良市般若寺町221
指定区分重要文化財(考古資料) 明治42年(1909)4月5日指定
時代・年代鎌倉時代 弘長元年(1261)
員数・寸法2基 花崗岩 総高 南塔4.46メートル/北塔4.76メートル
作者伊行吉(伊派)
所在般若寺境内(本堂手前)
拝観時間おおむね9時から17時(最終受付16時30分)。一部の月は1時間早く閉門
拝観料大人500円(花の見頃の時期は700円ほど)
アクセスJR・近鉄奈良駅から奈良交通バス「般若寺」下車、徒歩数分

References

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/9672
般若寺 公式サイト
https://www.hannyaji.com/
般若寺 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/般若寺
奈良新聞デジタル 般若寺の笠塔婆とパリの関係
https://www.nara-np.co.jp/news/20260108151907.html
奈良市観光協会 般若寺
https://narashikanko.or.jp/spot/detail_10017.html

最終更新日: 2026.06.14