郡山城跡 — 転用石が築いた豊臣の拠点

天守台の北面に、頭を下にして石垣に組み込まれた地蔵がある。地元で「逆さ地蔵」と呼ばれるこの石仏は、郡山城を歩く人がまず驚く光景のひとつだ。石垣には石仏のほか、解体された寺院の礎石、五輪塔、さらには平城京の羅城門のものと伝わる礎石まで積み込まれている。築城の際、堅牢な石材をかき集めた結果であり、城そのものが古い奈良の断片を抱え込んでいる。

城跡があるのは奈良盆地の西、西ノ京丘陵の南端に位置する大和郡山市である。本丸を中心とする中枢部は、令和4年(2022年)11月10日に国の史跡に指定された。城が政治の中心として最盛期を迎えてから、四百年以上を経ての指定であった。

筒井から豊臣、そして柳澤へ

記録に残る城の歴史は、天正8年(1580年)に筒井順慶が入り、本格的な築城を始めたことに始まる。郡山が大きな意味を持ったのはその5年後である。天正13年(1585年)、豊臣秀吉の弟・秀長が大和・和泉・紀伊の三国、およそ100万石を領する大名としてこの城に入った。秀長は郡山を大規模に造り替え、畿内統治の拠点として運営した。

秀長の没後、城は甥の秀保、続いて豊臣政権の要職にあった増田長盛へと引き継がれた。城の外周を囲う総構が完成したのは、この時期とされる。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いののち、郡山はしばらく城主不在の状態が続いた。元和元年(1615年)に水野勝成が入城し、その後は本多・松平といった譜代大名が城主を歴任する。享保9年(1724年)には柳澤氏が入り、約15万石の城下町として幕末を迎えた。明治の廃藩によって城内の建物の多くは取り壊され、現在見られる石垣と堀が残された。

史跡指定の理由

令和4年の指定は、城の中枢を対象としている。天守台を擁する本丸をはじめ、常盤曲輪・毘沙門曲輪・玄武曲輪・陣甫曲輪・緑曲輪・麒麟曲輪・厩・薪蔵、そして内堀と中堀が含まれる。指定地の面積は16万2千平方メートルを超える。

文化庁が指定に踏み切った最大の根拠は、大規模な石垣をはじめとする遺構群が良好に残り、豊臣期の築城のあり方を地表から直接読み取れる点にある。石垣は一様ではない。本丸付近には自然石を積み、毘沙門曲輪から東の陣甫曲輪にかけては粗割材を用い、二ノ丸や緑曲輪では花崗岩の割石を使う。本丸の石垣には、城の性格を際立たせる転用石材が組み込まれている。これらの遺構は、豊臣政権の権力拠点がいかに築かれたかを示すとともに、その後も近世を通じて大和国の中心であり続けた場所であることを裏づけている。

訪れて注目したいところ

まずは天守台から見たい。天守そのものは関ヶ原の戦いの後ほどなく解体され、長く「ここに本格的な天守が建っていたのか」という議論が続いていた。平成25年から29年(2013〜2017年)にかけての発掘調査で礎石が確認され、秀長期あるいは長盛期に天守が存在したことが裏づけられた。平成29年(2017年)からは天守台に展望施設が設けられている。天気のよい日には、復元された平城宮大極殿、薬師寺の塔、若草山、遠く三輪山までを望むことができる。

二ノ丸へ進むと復元建造物が並ぶ。追手門は昭和58年(1983年)、追手東隅櫓は翌年、追手向櫓は昭和62年(1987年)に再建され、追手向櫓は市民の寄付による部分が大きい。多聞櫓も復元されている。令和3年(2021年)には、本丸への正式な出入口とされる極楽橋が再建され、かつて城主が用いた登城路がよみがえった。

そして石垣そのものだ。天守台で逆さ地蔵を探したり、横向きに積まれた石仏を見つけたりする楽しみは、立ち止まって近づいてこそ味わえる。郡山城は「日本さくら名所100選」に選ばれており、春には大和郡山お城まつりで多くの人が訪れ、桜が石垣や櫓を縁取る。

城をとりまく金魚のまち

大和郡山市は「金魚とお城のまち」を名乗る。日本有数の金魚の産地であり、市街の外縁には養殖池が田畑のように広がる。毎年8月には全国規模の金魚すくいの大会が開かれる。近鉄郡山駅から徒歩10分ほどのところには金魚資料館があり、観賞用の高級魚から夏祭りでおなじみの金魚まで見られる。

旧城下町はゆっくり歩く価値がある。老舗の和菓子店、町家、改装されたカフェが通りに並び、源九郎稲荷神社や藍染の資料館「箱本館 紺屋」も近い。城跡そのものは終日開放され、入場は無料である。ただし天守台展望施設には時間が定められており、10月から3月は7時から17時、4月から9月は7時から19時となっている。

アクセスもよい。近鉄郡山駅から城跡まで徒歩7〜10分、JR郡山駅からは約15分である。大阪や京都からも1時間かからずに着く。城の南側、旧三ノ丸付近には大規模な有料駐車場がある。

Q&A

Q天守の中に入れますか。
A入れません。天守は17世紀初めに解体され、再建されていません。残っているのは石造りの天守台で、現在は展望施設が設けられ、発掘で確認された礎石を間近に見られます。
Q逆さ地蔵はどこにありますか。
A天守台の北面に組み込まれています。転用された石仏のひとつです。土曜・日曜・祝日には天守台でボランティアの語り部が案内しており、場所を教えてもらえます。
Qいつ訪れるのがよいですか。
A桜とお城まつりの時期にあたる4月初旬がもっとも賑わいます。城跡は一年を通して心地よく、秋には落ち着いた散策と季節の色合いが楽しめます。
Q入場料はかかりますか。
A城跡は無料で、終日開放されています。時間が定められているのは天守台展望施設のみで、こちらも無料で見学できます。
Qほかの観光地と組み合わせられますか。
Aできます。旧城下町、金魚の養殖池や資料館、源九郎稲荷神社などが徒歩圏にあり、薬師寺や平城宮跡といった奈良の主要な見どころへも電車ですぐです。

基本情報

名称郡山城跡(こおりやまじょうあと)
所在地奈良県大和郡山市
指定区分国指定史跡(令和4年〔2022年〕11月10日指定)
時代戦国時代〜江戸時代
指定面積約162,177平方メートル
指定範囲本丸(天守台を含む)、常盤曲輪・毘沙門曲輪・玄武曲輪・陣甫曲輪・緑曲輪・麒麟曲輪・厩・薪蔵、内堀・中堀
公開城跡は終日無料開放/天守台展望施設は7時〜17時(10〜3月)、7時〜19時(4〜9月)
交通近鉄郡山駅から徒歩7〜10分、JR郡山駅から徒歩約15分

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「郡山城跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004165
奈良県観光公式サイト あをによし なら旅ネット「郡山城跡」
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/03history/07castle/02west_area/koriyamajoseki/
大和郡山市観光協会「史跡郡山城跡」
https://www.yk-kankou.jp/spotDetail1.html
WESTNARA 観光プロモーション「郡山城跡」
https://westnara.com/koriyama/spot.php?pid=1634024880

最終更新日: 2026.05.28