阿部山の縁に築かれた巨大前方後円墳
奈良県桜井市、阿部山から派生した丘陵の断崖縁に、東西に長く伸びる墳丘がある。メスリ山古墳である。4世紀初頭、奈良盆地の南東部に初期ヤマト政権の中枢が形づくられていった時期に築かれた前方後円墳だ。
記録に残る規模は大きい。全長224メートル、後円部の径は128メートルで高さ19メートル、前方部は幅80メートル、高さ8メートル。前方部を西に向け、後の古墳によく見られる周濠を持たない。近年の範囲確認調査で墳丘の裾がかなり埋没していることが判明し、築造当時の全長は250メートル近くに及んだとする見方も出ている。
墳丘は3段に築かれた。斜面には拳大の川原石を葺き、段と段のあいだの平坦なテラス面には円筒埴輪を立て並べた。階段状の整った姿は、平野のかなり遠くからも望めたはずである。
なぜ重要なのか
メスリ山古墳は鳥見山古墳群に属し、近接する桜井茶臼山古墳とあわせて語られることが多い。いずれも箸墓古墳や西殿塚古墳といった盆地最初期の大型墳に少し遅れて築かれ、台頭しつつあったヤマト政権を率いた首長の墓と考えられている。史跡に指定されたのは1980年(昭和55年)3月14日である。
この古墳を際立たせているのは、1959年から1962年にかけて奈良県教育委員会と桜井市教育委員会が中心となって行った発掘調査で姿を現した埋葬部の構造だ。後円部の中央には、墳丘の主軸に沿って竪穴式石室が設けられていた。全長およそ8メートル、幅1.35メートル、高さ1.76メートルのこの主室には割竹形木棺が納められていた。過去に盗掘を受けていたものの、三角縁神獣鏡や内行花文鏡の破片、石釧、そして椅子形・櫛形・合子形といった碧玉製品の一群が残されていた。
主室の東側には、それと平行してもう一基の小さな石室があった。こちらは未盗掘のまま発見された。全長約6メートル、幅はわずか0.7メートル、天井石を合掌形に立てかけた構造である。内部に人体埋葬の痕跡はなく、納められていたのは副葬品だけだった。鉄製の弓矢、碧玉製の鏃、212本を超える鉄製の槍先、200本以上の銅鏃、玉杖、太刀や剣、そして農工具。遺物は天井近くまで積み上げられていた。古墳からの出土品は総計680点を超え、その内容は祭祀の権威と軍事の指揮権をあわせ持つ人物の存在をうかがわせる。出土品は一括して重要文化財に指定され、その多くは奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に収められている。
訪れて見るべきもの
メスリ山古墳は、この規模の墳丘でありながら実際に登ることのできる数少ない古墳である。全長200メートルを超える日本の古墳の多くは陵墓または陵墓参考地として立ち入りが制限されている。ここでは樹林のあいだを抜ける小道が後円部の頂へと続き、高さのわりに数分で登りきれる。
墳頂で得られるものは直截だ。主室である竪穴式石室の天井石が足元に露出している。これほど明瞭に天井石を見られる古墳は多くない。石室の周囲には、かつて埋葬部の上に築かれた約11メートル×5メートルの方形の土壇の輪郭が今もたどれ、その縁を高さ1メートルほどの積石の壁が囲んでいる。
ここで出土した埴輪にも注目したい。テラス面にはかつて106本の円筒埴輪が垣根のように密に並び、四隅や要所には大型の円筒埴輪や、高坏形の埴輪を上にのせたものが配されていた。最も大きな一本は高さ2.4メートル、胴部の径はおよそ0.9メートルに達し、日本各地で知られる円筒埴輪のなかで最大のものである。ラッパ状に開く口縁部と三角形のすかし穴には、西方の吉備地方(現在の岡山周辺)の特殊器台形土器の影響がはっきりと見てとれる。実物は墳丘上にはないが、この巨大埴輪の模型が桜井市民会館のロビーに展示されている。
見学は11月から5月ごろが適している。夏場は草が高く伸び、一段低くなった天井石の周辺は見通しが悪く、足を取られやすい。前方部は果樹園や畑となっているため、見学は後円部にとどめたい。
周辺の見どころ
墳頂への道は八坂神社の境内を通る。神社の敷地は墳丘に接しており、この古墳そのものが神社の御神体とされている。登り口は拝殿の脇から始まるので、八坂神社は道しるべとして覚えておくとよい。
もう一基の王墓、桜井茶臼山古墳は北東へおよそ1.7キロメートルの距離にあり、周囲の田園を歩いて訪ねることができる。南へ進むと、地元産の花崗岩で造られた高さ約8.5メートルの談山神社の大鳥居が立ち、その山上の神社へ向かう桜井側の古い参道口を示している。さらにわずかに進めば、8世紀の十一面観音立像(国宝)で知られる聖林寺がある。出土品そのものを見るなら、電車で少し移動した先にある奈良県立橿原考古学研究所附属博物館を訪ねるとよい。
Q&A
- 石室の内部に入れますか。
- 入れません。石室は発掘調査の後に埋め戻されています。墳頂で見られるのは主室の天井石の露出部分と、その上に築かれていた土壇の輪郭です。これだけでも古墳としては珍しい光景です。
- 墳頂まで登るのにどれくらいかかりますか。
- 数分ほどです。登り口は八坂神社の脇から始まり、傾斜は緩やかです。急峻な山道ではなく地道ですが、特に天井石周辺のくぼみでは足元に注意してください。
- 巨大な埴輪や出土品はどこで見られますか。
- 重要文化財に指定された出土品の多くは、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に収蔵されています。最大の円筒埴輪については、実物大の模型が桜井市民会館のロビーに展示されています。
- 見学に適した時期はいつですか。
- おおむね11月から5月です。夏場は草木が天井石を覆い、足元も判別しにくくなります。涼しい季節のほうが墳丘の構造をはっきりと観察できます。
- 誰が葬られているのですか。
- 被葬者の名は分かっていません。墳丘の規模と、未盗掘の副室に納められた武器や祭祀の道具から、軍事と祭祀の双方の権威を握った初期ヤマト政権の首長と推定されています。特定の天皇には治定されていません。
基本データ
| 名称 | メスリ山古墳 |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県桜井市高田・上之宮 |
| 指定区分 | 史跡(1980年〔昭和55年〕3月14日指定) |
| 種別 | 前方後円墳、前方部を西に向ける |
| 時代 | 4世紀初頭(古墳時代前期) |
| 規模 | 全長224メートル、後円部径128メートル・高さ19メートル、前方部幅80メートル・高さ8メートル、3段築成 |
| 埋葬施設 | 竪穴式石室の主室(全長約8メートル)、副葬品のみを納めた未盗掘の副室(全長約6メートル) |
| 出土品 | 総計680点超、一括して重要文化財に指定。多くは奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に収蔵 |
| アクセス | 登り口は八坂神社の脇。後円部は見学可(前方部は私有の果樹園・畑) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2036
- メスリ山古墳(桜井市高田)国史跡(桜井市観光協会)
- https://sakuraikanko.com/remains/メスリ山古墳(桜井市高田) 国史跡/
- メスリ山古墳出土大型円筒埴輪(奈良県歴史文化資源データベース)
- https://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/bunkashigen/main10404.html
- メスリ山古墳(桜井市)
- https://www.city.sakurai.lg.jp/kanko/isekibunkazai/kashiramoji/magyo/1394794818250.html
最終更新日: 2026.05.26