塑造四天王立像(戒壇堂):天平彫刻の最高峰が見守る受戒の地

東大寺の西方、大仏殿の喧騒からやや離れた静けさの中にたたずむ戒壇院戒壇堂には、日本彫刻史の中でもとりわけ名高い四体の像が安置されています。国宝・塑造四天王立像。八世紀中頃に土で造形されたこの四躯は、天平彫刻の最高峰として知られ、千二百年あまりの歳月を越えて今なお参詣者の心に深い印象を刻み続けています。国宝指定は昭和27年(1952年)。堂内の壇上四隅にすっくと立ち、東西南北を見据えるそのまなざしには、奈良という古都の精神がそのまま宿っているかのようです。

戒壇堂の歴史的背景

戒壇堂の物語は、日本仏教史におけるひとつの劇的な出来事から始まります。天平勝宝6年(754年)、五度の渡航失敗と失明を乗り越えて来日した唐僧・鑑真和上は、完成間もない大仏殿の前に臨時の戒壇を築き、聖武太上天皇、光明皇太后、孝謙天皇をはじめ四百余名に正式な戒律を授けました。これによってわが国に「正しい受戒」が始まったとされ、日本仏教の制度史における画期となった瞬間です。

翌天平勝宝7年(755年)、その大仏殿前の戒壇の土を現在地へ移し、戒壇堂を中心とする戒壇院が造営されました。以来、戒壇堂は日本における受戒の中心地として多くの僧侶を輩出する舞台となります。しかし戒壇院は火難に度々見舞われました。治承4年(1180年)の兵火で全焼した後、鎌倉時代に重源上人と西迎上人によって再興されましたが、文安3年(1446年)に再び炎上。現在の戒壇堂は江戸時代、享保16年(1731年)に再建されたもので、奈良県指定の重要文化財に指定されています。

国宝指定の理由とその価値

塑造四天王立像は、昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定されました。その指定には、複数の要素が分かちがたく結びついています。

第一に、比類のない造形的完成度です。八世紀中頃に制作されたこの四躯は、大陸の様式を受け継ぎつつも独自の感性で昇華させた天平彫刻の到達点を示しています。量感豊かで重厚な造形と、甲冑の精緻な装飾表現、筋肉や血管までを感じさせる肉身の写実、そして眉間に刻まれた緊張感――これらが過不足なく調和し、見る者を圧倒します。身にまとう甲冑には中央アジア風の意匠が見られ、シルクロードを通じた文化交流が奈良の都にまで到達していたことを静かに物語っています。

第二に、塑像という素材の稀少性です。塑像は粘土で造形されるため、地震・火災・湿気に弱く、千年以上の歳月を越えて伝わる例はきわめて限られます。四躯すべてが奈良時代の姿をほぼ完全に伝えている本像は、それ自体が奇跡的な存在といえます。第三に、歴史的意義です。制作者は明確には伝わっていませんが、近年の研究では、法華堂の本尊・不空羂索観音を守護する像として当初は法華堂に安置されており、執金剛神や日光・月光菩薩立像とともに一群を成していたとする見解が有力です。つまり本像は、大仏造立と並ぶ天平期の一大造像事業と深く結びついた存在なのです。

四天王との対面

戒壇堂に入ると、堂内の大半を占める大型の基壇と、その中央に据えられた多宝塔が目に入ります。多宝塔には釈迦如来と多宝如来が並んで安置され、その周囲の四隅に四天王が四方を守護して立っています。拝観は基壇の外側を時計回りに一方通行で進み、一躯ずつ静かに向き合っていく形です。

持国天 ― 東方の守護神

像高160.5センチ。東方を守る持国天は、剣を手に落ち着いた姿勢で立っています。厳しい中にも抑制の効いた表情には、内に秘めた武人の強さが漂います。

増長天 ― 南方の守護神

像高162.2センチ。四躯の中でもっとも動的な姿を示す増長天は、わずかに口を開いて叱咤するかのような表情を見せます。その名のとおり、万物の成長・隆盛を司る神としての力強さが姿勢全体からにじみ出ています。

広目天 ― 西方の守護神

像高169.9センチ。四躯の中で最も背が高く、最も多くの人々の心を捉えてきたのが広目天です。筆と巻物を手に、人々の行いを記録するという役割を担い、そのまなざしは深く遠くを見通しています。奈良の仏像を生涯にわたり撮り続けた写真家・入江泰吉が初めてカメラを向けた仏像も、この広目天でした。どこか憂いを帯びた表情は、日本仏像史の中でもひときわ記憶に残る一顔となっています。

多聞天 ― 北方の守護神

像高164.5センチ。多聞天は片手に小塔を掲げて北方を守護します。単独で信仰される際は毘沙門天と呼ばれ、四天王の中で最も位が高いとされます。揺るぎないまなざしには、北の方角を見据える不動の威厳が備わっています。

四躯は個別に造られたというより、全体でひとつの群像として構想されました。研究者のあいだでは、四躯の様式的統一感と表情の絶妙な対比から、複数の仏師を束ねる指導的立場の造形者――映画監督のような存在が全体を統括していたのではないかと推測されています。

造形技法と細部の魅力

本像は「塑像」と呼ばれる伝統技法で造られています。まず木の心木を組み、その周囲に縄を巻いて下地とし、その上に粘土を幾重にも塗り重ねていきます。外側ほど細かい土を用い、最後に彩色で仕上げるのが本来の姿でした。現在では当初の色彩はほぼ失われ、白っぽい地肌が露出していますが、その静謐な色調がかえって像の精神性を際立たせているとも評されます。

見どころのひとつは、甲冑の細密な表現と肉身の写実性の見事な対比です。胸甲・肩甲・腰甲の一枚一枚には意匠が刻まれ、当時の武人装束にならった様式がうかがえます。足下に踏まえる邪鬼もまた一体一体が丁寧に造形されており、苦悶しながらも何とか抗おうとするその姿が、四天王の威徳をいっそう引き立てています。

拝観のご案内

戒壇堂は大仏殿の西方約200メートル、ゆるやかな坂道を登った先にあります。令和2年(2020年)7月から約3年にわたる耐震化工事と保存修理を経て、令和5年(2023年)10月1日に拝観が再開され、四天王立像も元の位置に戻りました。工事期間中は東大寺ミュージアムに一時的に遷座され、多くの拝観者を迎えていました。

堂内での撮影・スケッチ・懐中電灯の使用はご遠慮ください、とのご案内があります。これは仏像の保護と、堂内の静謐な雰囲気を守るためのものです。基壇の周囲を一周しながら、光の向きや角度によって表情が微妙に変化する様子をじっくりと味わっていただくのがおすすめです。受付では「国宝 四天王」の御朱印のほか、ポストカードやクリアファイルなどの授与品も頒布されています。

周辺の見どころ

戒壇堂の参拝は、東大寺の他の名所と自然に組み合わせることができます。東の大仏殿には言わずと知れた盧舎那仏が鎮座し、徒歩数分の距離です。法華堂(三月堂)は東大寺最古の堂宇のひとつで、現在の定説では戒壇堂の四天王がもとは安置されていたとされる場所でもあります。丘の中腹にある二月堂からは奈良の町並みが一望でき、夕刻には忘れがたい光景が広がります。

南大門近くの東大寺ミュージアムでは、四天王立像と同じ一群を成していたと考えられる塑造日光・月光菩薩立像(国宝)をはじめ、寺宝の数々が常設展示されています。戒壇堂のすぐ隣には普段は非公開の千手堂があり、特別公開時には戒壇院ゆかりの秘仏を拝観することができます。境内にはおなじみの鹿も穏やかに佇み、千年の歴史を肌で感じながらの散策にやさしい彩りを添えてくれます。

Q&A

Q現在、四天王立像は戒壇堂で拝観できますか。
Aはい、拝観いただけます。戒壇堂の耐震化工事に伴い令和2年から令和5年まで拝観が停止されていましたが、令和5年10月1日に再開され、四天王立像も元の位置へ戻りました。通常の拝観時間内であれば、どなたでもお参りいただけます。
Qこの四天王像は最初から戒壇堂にあったのでしょうか。
Aいいえ、そうではありません。戒壇堂創建当初の四天王像は金銅製で、火災により失われました。現在安置されている塑像の四天王は、近年の研究では法華堂(三月堂)の本尊・不空羂索観音の護法神として造立されたとする見解が有力で、のちに戒壇堂へ遷されたと考えられています。
Q拝観にはどれくらい時間が必要ですか。外国語の案内はありますか。
A堂内でゆったり拝観される場合、20〜40分ほどが目安となります。受付には英語等の案内も用意されており、東大寺の公式サイトでも多言語で情報が発信されています。
Qなぜ広目天が雑誌などでよく取り上げられるのでしょうか。
A広目天の憂愁を帯びた深いまなざしは、古くから歌人、写真家、美術史家を魅了してきました。奈良の仏像を撮り続けた写真家・入江泰吉が最初に撮影した仏像も広目天であり、以来、その表情は日本彫刻を象徴するイメージのひとつとして広く親しまれています。
Q堂内で写真を撮ることはできますか。
A堂内での撮影・スケッチ・懐中電灯のご使用はご遠慮いただいております。塑像の繊細な表面を保護し、堂内の静謐な雰囲気を守るためのお願いです。受付では公式のポストカードや写真集なども取り扱われていますので、思い出の一助にご活用ください。

基本情報

名称 塑造四天王立像〈(所在戒壇堂)〉
指定 国宝(昭和27年3月29日指定)
員数 4躯
時代 奈良時代(8世紀中頃)
技法 塑像(心木の上に粘土を塗り重ねる技法)
像高 持国天 160.5cm/増長天 162.2cm/広目天 169.9cm/多聞天 164.5cm
所有 東大寺
所在地 奈良県奈良市雑司町406-1 東大寺戒壇院戒壇堂
アクセス 大仏殿より西へ約200メートル。近鉄奈良駅から徒歩約20分、または市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車徒歩数分

参考文献

戒壇院戒壇堂 ― 東大寺公式サイト
https://www.todaiji.or.jp/information/kaidando/
【終了】特別公開 戒壇堂 四天王立像 ― 東大寺
https://www.todaiji.or.jp/museum-220901/
東大寺 戒壇堂 ― 奈良県観光公式サイト あをによし なら旅ネット
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/01north_area/todaijikaidando/
WANDER 国宝 ― 四天王立像[東大寺戒壇堂/奈良]
https://wanderkokuho.com/201-00195/
戒壇堂(東大寺)― 奈良寺社ガイド
https://nara-jisya.info/戒壇堂/
東大寺の四天王立像、まなざしに宿る動静の美 ― 日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58584120Y0A420C2AA1P00/

最終更新日: 2026.04.24