西田家住宅 吉野の山あいに残る江戸前期の農家

奈良県五條市西吉野町鹿場。丹生川の谷を見下ろす斜面に、西田家住宅が東を向いて建っている。背後には吉野の山並みが迫る。桁行はおよそ12.6メートル、梁間は9.2メートル。屋根は急勾配の入母屋造で、もとは茅葺だった。現在は火災を防ぐために鉄板で仮葺きされており、これは山間の木造民家ではよく見られる処置である。

建てられたのは17世紀の中頃と考えられている。昭和43年(1968年)に国の重要文化財に指定された。今も個人の住まいであり、見学は道沿いから外観を眺める形が基本になる。

江戸時代が始まって間もない頃の家

建築年代は江戸前期、おおむね1615年から1660年の間とされる。文化庁の国指定文化財等データベースは、創建を17世紀中頃に置いている。当時のこの一帯は、細い谷道でつながれた農村が点在する土地だった。住宅の建つ鹿場は、古い宿場である城戸の北方にあたる。

地元には、この場所がかつて西の坊という寺院だったとする言い伝えも残る。文献で裏づけられたものではなく、口伝として伝わる話である。確かなのは、相応の家格をもつ家が、三百五十年を超える山の冬を越えられるだけの規模と工夫をもって建てた、ということだ。

なぜ重要文化財に指定されたのか

西田家住宅が国の指定を受けた理由は、建てられた時点ですでに古かった建築技法を残している点にある。屋根の骨組みには中世以来の垂木構造が用いられ、居室の配置は専門的に「前座敷三間取り」と呼ばれる形式をとる。これは17世紀には新しい間取りに置き換わりつつあった、古いタイプの平面である。

一方で、この家は過去をそのまま閉じこめた建物ではない。床上の部屋には床の間が設けられ、客を迎える正式な空間が整いつつあったことがうかがえる。文化庁の解説は、古い様式を残しながら、一般の農家としてはやや特色のある平面をもつ住宅と評している。大和のこの地域で、農家の住まいがどのように展開したかを知るうえで、欠かせない遺例といえる。

見どころ

まず目に入るのは、家全体の閉じた印象だろう。外回りの多くを引戸の板戸が占め、壁は後世の農家に多い明るい塗壁ではなく、黒ずんだ板壁になっている。近づくと内部は薄暗く、見せるための家ではなく、山の寒い季節を凌ぐための家だとわかる。

内部の構成ははっきり分かれている。南側のほぼ半分を、土足のまま使う土間が占める。炊事や脱穀など、床の上ではできない作業のための、農家の実用の中心だった。北側には床を上げた居室が並び、この三間取りの並びが住宅の学術的な見どころになっている。

軒下を見上げられるなら、ぜひ目を向けてほしい。露出した垂木や妻側の比率に、指定の根拠となった中世の骨組みが現れている。外から眺めるだけでも、重い屋根と低く広い家体の関係から、雪を落とし暖を保つための工夫が読み取れる。

見学について

西田家住宅は、西吉野コミュニティーセンターのすぐ上手にある。現役の個人住宅のため、入場料も受付もなく、見学は外観が中心となる。家人が不在のことも多い。前の道や敷地は、近隣のお宅と同じように扱い、写真撮影や物音には配慮したい。

訪れるには少し計画がいる。JR和歌山線の五条駅から城戸方面の奈良交通バスでおよそ30分だが、便数が少ない。出発前に時刻表を確かめ、西吉野谷のほかの見どころと組み合わせて回るとよい。

西吉野谷の周辺

北へ少し進んだ賀名生(あのう)の集落には、同じく重要文化財の堀家住宅が建つ。14世紀には南朝の賀名生行宮として、後村上天皇やその後の天皇を迎えた、地域でも指折りの由緒をもつ建物である。門には、幕末の天誅組の総裁が筆をとった「皇居」の扁額が掲げられている。2019年からは「賀名生旧皇居 KANAU」として宿泊施設とレストランに改装され、営業を続けている。

同じ一帯には賀名生梅林があり、約2万本の梅が2月下旬から3月上旬にかけて咲く。南朝ゆかりの品や山里の生活道具を収める賀名生の里歴史民俗資料館も近い。五条駅の方へ戻れば、江戸時代の商家が並ぶ五條新町の町並みが残り、そのなかには、棟札に慶長12年(1607年)の銘をもち、建築年代の判明する民家として日本最古とされる重要文化財・栗山家住宅もある。

Q&A

Q建物の中に入れますか。
A個人の住まいのため、見学は外観が中心になります。決まった公開日や入場料はなく、家人が不在のことも多いので、プライバシーに配慮してご覧ください。
Qいつ頃建てられた家ですか。
A江戸前期の建築で、文化庁は創建を17世紀中頃、おおむね1615年から1660年の間としています。
Qなぜ屋根に鉄板がかぶせてあるのですか。
A屋根の下地は茅葺です。火災から茅を守るために鉄板で仮葺きしたもので、山間の木造民家でしばしば行われる措置です。
Q間取りのどこが特別なのですか。
A土間が建物のほぼ半分を占め、床上の居室は垂木構造をもつ前座敷三間取りです。いずれも17世紀にはすでに古い形式で、中世以来の技法を残しています。
Q公共交通でどう行けばよいですか。
AJR和歌山線の五条駅から城戸方面の奈良交通バスで約30分です。便数が少ないため、時刻表に合わせて計画してください。

基本データ

名称西田家住宅(にしだけじゅうたく)
所在地奈良県五條市西吉野町鹿場6番地
指定区分重要文化財(建造物) 昭和43年(1968年)4月25日指定
時代江戸前期(17世紀中頃、1615〜1660年頃)
構造・形式1棟 桁行12.6m、梁間9.2m、入母屋造、茅葺(鉄板仮葺)
所有個人(西田家の住宅)
アクセスJR和歌山線・五条駅から城戸方面行きの奈良交通バスで約30分(便数少)
見学外観見学のみ・無料。現役の個人住宅のため配慮を。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース(西田家住宅)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2804
五條市公式サイト 堀家住宅 賀名生皇居跡
https://www.city.gojo.lg.jp/soshiki/kankoshinko/5_1/5/1426.html
五條市公式サイト 県指定文化財一覧
https://www.city.gojo.lg.jp/soshiki/bunka/1_1/1/3113.html

最終更新日: 2026.06.04