孔雀文磬 ― 承元二年の銘をもつ鎌倉時代の銅磬

両手におさまるほどの青銅の板だが、その裏面には製作の時を刻んだ一行がある。撞座(つきざ)の左右に鋳出された銘文によって、この品は承元二年(一二〇八年)十月という、ただ一つの秋に結びつけられる。種別は工芸品、鎌倉時代の銅製の磬(けい)であり、奈良県内に所在する重要文化財である。

磬は、法要や読経の際に用いる仏具である。磬架(けいか)と呼ぶ木の台に吊るし、導師のかたわらに置いて、儀礼の節目で小さな撞木(しゅもく)を当てて打ち鳴らす。澄んだ高い響きが、次第の移り変わりを告げる合図となる。形式の祖は中国古代の石製打楽器にさかのぼるが、日本でつくられた磬はほとんどが金属の鋳造品で、左右均整の低い山形をとり、上縁には吊るすための鈕(ちゅう)を、中央には撞木を当てる撞座を備える。

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表裏ともに、構成の軸は中央の撞座にある。八葉複弁の蓮華をかたどった撞座を据え、その左右に一対の孔雀が向かい合う。孔雀は翼を蓮華へ向けて広げ、鳥と花とがひとつの図様としてまとまるよう鋳出されている。地板は弧の入りが深く、現存する磬のなかでも反りが強い部類で、吊るしたときに張りのある輪郭をみせる。

孔雀が選ばれたのには理由がある。仏教では、孔雀は毒蛇や毒虫を食らう鳥とされ、毒や災厄を除く孔雀明王の名と姿に結びついた。仏具に孔雀を鋳出すことは、装飾であると同時に、その除災の力に重ねた選択でもあった。同じ鳥は漆器や染織、金工にも繰り返し現れるが、僧が日々打ち鳴らす磬の上では、別段の意味あいを帯びる。

裏面に目を移すと、用途がいっそう明らかになる。後から彫った陰刻ではなく鋳出された銘文には、法眼の位にある秀清という僧のために、苦を離れて楽を得、浄土に往生せんことを願う旨が記される。続いて承元二年戊辰十月の日付が添えられる。一般的な堂内の備品としてではなく、特定の一人の僧の追善のためにつくられ、その願いを金属そのものに込めた磬は、立ち止まって眺めるに足る一面である。

指定の理由と価値

現存する磬の多くは無銘で、おおよその世紀をしぼる以上のことは難しい。本品は製作の年を青銅に鋳込んでおり、その一点で無名の作例の群れから抜け出している。年代と帰属が定まった在銘の作は、無銘の品を測るための物差しとなる。研究や保存の現場で、こうした基準作はとりわけ重んじられる。本品は昭和五十三年(一九七八年)六月十五日に重要文化財に指定された。

価値はもう一つある。文化庁の調べでは、本品は翌承元三年(一二〇九年)の銘をもつ国宝・孔雀文磬と同工、あるいは同一工房の作と見られている。その国宝は法印祐清が手がけ、宇佐神宮の境内にかつてあった神宮寺、弥勒寺の金堂に施入された磬である。二つを並べると、ひとりの工人が一年をおいて手がけた仕事の連なりが追える。同じ撞座、同じ向かい合う孔雀、同じく確かな鋳上がりである。承元二年の本品は、いわば日本でも名高い仏具の青銅の、わずかに早い兄にあたる。

どこで見られるか

実物の前に立ちたい向きには、率直に記しておきたい。承元二年の本品は個人の所有で、国の記録にも公開施設の記載がなく、常時の展示はされていない。奈良を訪れても、堂内や常設展示室で出会えるわけではなく、この記事が多くの人にとって最も近づける場となる。

ただ、近しい一面は見ることができる。同工と見られる承元三年の国宝は、大分県の宇佐神宮宝物館で、磬架に吊るした状態で展示されており、孔雀のある表も銘文のある裏も見渡せる。宝物館の開館日は近年変動しているため、訪れる前に最新の予定を確かめておきたい。奈良では、奈良国立博物館が銅製の孔雀文磬を収蔵し、東京国立博物館も別の一面を所蔵していて、いずれも仏具の特集展示などで折にふれて公開される。どれか一つでも目にすれば、青銅のひんやりとした重み、吊るされた山形、そして静かな展示室でも鳴りそうな澄んだ音色という、磬という器物の手ざわりがつかめる。

Q&A

Q磬とは何で、どう使うのですか。
A磬は山形をした平たい仏具で、本品は青銅の鋳造品です。磬架という台に吊るして導師のかたわらに置き、法要の節目で撞木を当てて打ち鳴らします。旋律を奏でる楽器ではなく、儀礼の合図や区切りの役を果たします。
Qこの磬は国宝ですか。
Aいいえ。国宝の一段下にあたる重要文化財で、一九七八年の指定です。ただし、翌一二〇九年につくられ、同工と見られる国宝・孔雀文磬と深く結びついた作例です。
Qなぜ孔雀が表されているのですか。
A孔雀は仏教で毒蛇や毒虫を食らう鳥とされ、毒や災厄を除く孔雀明王に結びつきます。仏具に孔雀を配することは、装飾であると同時に、その除災の役割を込めた選択でもありました。
Q裏面の銘文には何と記されていますか。
A法眼の位にある秀清という僧のために、苦を離れ楽を得て浄土に往生せんことを願う趣旨の文と、承元二年(一二〇八年)十月の日付が記されます。後から彫ったのではなく、製作時に鋳出された銘です。
Q奈良を旅すれば実物を見られますか。
A実物は見られません。個人蔵で非公開です。近い作例を見るには、関連する一二〇九年の国宝を展示する大分の宇佐神宮宝物館を訪ねるか、奈良国立博物館や東京国立博物館の仏教美術の展示で銅磬が出る機会を待つとよいでしょう。

基本データ

名称孔雀文磬(くじゃくもんけい)
種別工芸品(金工・仏具の磬)
指定区分重要文化財(一九七八年六月十五日指定)
時代・年代鎌倉時代/承元二年(一二〇八年)の鋳出銘
品質鋳銅
員数一面
所在地奈良県
所有者個人
公開状況常時の公開なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 孔雀文磬
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7191
文化遺産オンライン ― 銅孔雀文磬(関連作例)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/540321
国宝・孔雀文磬(弥勒寺・承元三年)― 宇佐神宮蔵
https://wanderkokuho.com/201-00406/
奈良国立博物館 ― 銅孔雀文磬(収蔵品)
https://www.narahaku.go.jp/collection/1396-0.html
宇佐神宮 公式サイト
https://www.usajinguu.com/

最終更新日: 2026.06.14