来迎寺宝塔:奈良・都祁の高原に佇む鎌倉時代の石造美

奈良市の東部、標高400メートルを超える大和高原の都祁地域。田園風景と丘陵が広がるこの静かな山里に、来迎寺という古刹がひっそりと佇んでいます。その本堂裏の小高い台地に立つ石造宝塔は、延慶3年(1310年)に建立された鎌倉時代後期の傑作です。昭和29年(1954年)に国の重要文化財に指定されたこの宝塔は、花崗岩に精緻な意匠を刻み込んだ中世石造美術の優品であり、周囲に約100基もの五輪塔が林立する独特の景観は、訪れる者に中世の信仰世界を鮮やかに伝えてくれます。

来迎寺の歴史

来迎寺は、正式には涅槃山多田来迎寺と称する浄土宗西山派の寺院です。寺伝によれば、永久2年(1114年)頃に顕鏡という僧によって開創されたと伝えられています。ただし近年の研究では、「永久」ではなく「承久」2年(1200年)とする説も提示されています。顕鏡の一族は、平安時代中期の清和源氏の武将・源満仲(多田満仲)の子孫とされ、やがて寺の東方を本拠として多田氏を名乗りました。寺が「多田来迎寺」とも呼ばれるのはこのためです。

中世には、多田氏をはじめとする東山内衆と呼ばれる地方豪族たちの菩提寺として大いに栄えました。建武4年(1337年)に住持の了尊が記した創立縁起には、この石造宝塔が「如法安置のための多宝之石塔」であると記されており、宗教的実践と結びついた石塔であったことが窺えます。

重要文化財に指定された理由

来迎寺宝塔が重要文化財に指定されたのは、いくつかの重要な価値が認められたためです。まず、鎌倉時代後期の石造技術の高さを如実に示す優品であること。屋根の力強い軒反り、塔身に刻まれた精密な建築意匠、全体の均整のとれたプロポーションは、当時の石工の卓越した技量を物語っています。次に、大和地方(奈良県)では石造宝塔の遺例がきわめて少なく、本例は地域の石造文化を知るうえで貴重な存在です。さらに、基礎正面に「延慶三年庚戌四月」という明確な紀年銘が刻まれており、制作年代を確定できる点も美術史的に大きな意義を持っています。加えて、建武4年(1337年)の古文書がこの宝塔の目的を裏付けており、石塔と文献資料が揃う稀有な事例として高く評価されています。

建築的な見どころ

来迎寺宝塔は高さ約224センチメートル、花崗岩から彫り出された堂々たる石造塔です。その意匠は木造建築の技法を石に翻訳したもので、細部にわたって見応えがあります。

屋根と露盤は一石から彫り出されており、四隅に降棟(くだりむね)を刻出し、その先端に稚児棟を作り出しています。軒の反りは力強く、鎌倉時代特有の豪壮な美を感じさせます。露盤の側面は二区に分かれ、各面に格狭間(こざま)の装飾が施されています。

塔身の軸部は、四隅に柱を彫り出し、上下に長押(なげし)を一周させています。四方には竪連子入りの桟唐戸(さんからど)が浮彫りで表現されており、木造建築の扉を石に忠実に再現した、宝塔形式ならではの見どころです。

基礎は四面とも素面で装飾がなく、簡素な佇まいです。正面に延慶3年の建立年を記す刻銘が残されています。相輪部はかつて宝珠・請花を含む完全な姿でしたが、近年になって頂部の宝珠と請花が欠失しています。20世紀半ばの学術出版物に掲載された写真では完全な相輪が確認でき、比較的近年の損傷であることが分かります。

五輪塔群と中世の景観

来迎寺の本堂裏に広がる小高い台地には、宝塔を取り囲むように約100基もの五輪塔が林立しています。五輪塔は仏教の宇宙観における五大(地・水・火・風・空)を象徴する石塔で、多田氏や東山内衆の武将たちの供養塔・墓標として建立されたものです。この五輪塔群は昭和45年(1970年)に旧都祁村指定文化財となっています。苔に覆われた石塔が古木の木漏れ日のなかに佇む風景は、中世の信仰と武家文化の面影を今に伝える貴重な景観です。

アクセスと訪問情報

来迎寺は奈良市東部の都祁地域に位置し、標高400メートル以上の大和高原の一角にあります。境内は自由に参拝できます。公共交通機関では、近鉄大阪線「榛原駅」より奈良交通バス針インター行きに乗車し、「来迎寺」バス停で下車、南へ約100メートルです。車の場合は、名阪国道の針インターチェンジから南へ約2.5キロメートルです。周辺の道路は狭い農道が多いため、運転にはご注意ください。駐車場は限られています。

周辺の見どころ

都祁地域には、来迎寺周辺にいくつかの歴史的名所があります。北へ約800メートルの場所には、大和国水分四社のひとつである都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)が鎮座しています。明応8年(1499年)建造の朱塗りの本殿は重要文化財に指定されており、本殿前にある鎌倉時代末期の石造狛犬一対も国指定の文化財です。また、都祁水分神社と対をなす都祁山口神社も古い歴史を持ち、裏山の山頂には古代から磐座として崇敬されてきた巨岩「御社尾(ごしゃお)」が残されています。都祁盆地全体が棚田と丘陵の美しい田園風景で、のどかな日本の原風景に出会える散策エリアです。

Q&A

Q宝塔(ほうとう)とはどのような石塔ですか?
A宝塔は、仏教建築の多宝塔(たほうとう)の形式を石造に翻訳したもので、方形の基礎の上に柱や扉などの建築意匠を彫り込んだ塔身を載せ、屋根と相輪を頂く一重の石塔です。五輪塔や層塔とは異なり、木造建築の細部を忠実に再現している点が特徴で、供養塔や礼拝対象として用いられました。大和地方では遺例が少なく、来迎寺宝塔はその中でも特に優れた作例とされています。
Q宝塔と五輪塔群は自由に見学できますか?
Aはい、来迎寺の境内は自由に参拝・見学できます。宝塔と五輪塔群は本堂裏の小高い台地にあります。拝観料は不要ですが、寺院ですので静かにお参りください。
Q公共交通機関でのアクセスは?
A近鉄大阪線「榛原駅」から奈良交通バスの針インター行きに乗車し、「来迎寺」バス停で下車してください。バス停から南へ約100メートルです。ただし、山間部のためバスの本数は限られていますので、事前に時刻表をご確認のうえお出かけください。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A都祁地域は標高が高いため、一年を通じて比較的涼しく過ごしやすいです。春は周辺の桜、秋は紅葉が美しく、苔むした石塔群との調和が特に見事です。夏は奈良市街より涼しく、冬は静寂の中で中世の石造美術をじっくり鑑賞できます。
Q周辺に他の重要文化財はありますか?
Aはい、来迎寺から北へ約800メートルにある都祁水分神社の本殿(明応8年・1499年建造)が重要文化財に指定されています。また、同神社の鎌倉時代末期の石造狛犬一対も重要文化財です。都祁地域は小さな集落ながら文化財の宝庫です。

基本情報

名称 来迎寺宝塔(らいこうじほうとう)
指定 国指定重要文化財(昭和29年〈1954年〉指定)
時代 鎌倉時代後期・延慶3年(1310年)
材質 花崗岩
高さ 約224cm
所有 涅槃山多田来迎寺(浄土宗西山派)
所在地 奈良県奈良市来迎寺町
アクセス 近鉄大阪線「榛原駅」より奈良交通バス針インター行き「来迎寺」バス停下車、南へ約100m
拝観料 無料(境内自由)

参考文献

来迎寺本堂 | 奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」
https://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/bunkashigen/main10595.html
来迎寺(らいこうじ)石造宝塔 – 石仏と石塔
https://kawai24.sakura.ne.jp/nara-tuge-raigouji.htm
奈良県にある建造物の重要文化財一覧 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/奈良県にある建造物の重要文化財一覧
都祁水分神社|奈良県観光 あをによし なら旅ネット
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/01jinja/01north_area/tsugemikumarijinja/
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index

最終更新日: 2026.04.01