陶肌に描かれた一条の滝

口径はおよそ十センチ、高さは八センチに満たない。胴がまっすぐに立ち上がり、筒を半分にしたような姿をしている。その一面には、樹木と楼閣のあいだを落ちる滝が、温かみのある銹色の太い筆でひといきに描かれている。器を回すと、絵に代わって賛の文字が現れる。風景を描いたのと同じ筆勢で、ゆったりと、しかし迷いなく書きつけられた詩である。作者は尾形乾山(一六六三〜一七四三)。江戸時代前期に京で焼かれたこの茶碗は、乾山の名を負う銹絵茶碗のなかでも代表作のひとつに数えられる。

乾山は、京の有力な呉服商であった雁金屋尾形家の三男に生まれた。五歳年長の兄が、琳派の装飾画で知られる尾形光琳である。性格は対照的であったと伝わる。派手好みで世間の目を引いた兄に対し、弟の乾山は和漢の学問を好む読書人で、若い頃には黄檗禅に傾倒し、一時は仁和寺の近くに静かな庵を構えて隠棲したという。野々村仁清に作陶を学んだのち、元禄十二年(一六九九)、京の北西の山あいにある鳴滝に窯を開いた。北西を指す「乾(いぬい)」の方角が、そのまま「乾山」という号の由来になっている。

画も賛も、ひとつの筆から

本作が重要文化財に指定されたのは、昭和五十八年(一九八三)六月六日のことである。国の登録には、この茶碗を際立たせる点がはっきりと記されている。すなわち、絵も賛もともに乾山自身の筆と考えられる、という点だ。これは乾山の作陶を考えるうえで小さくない意味をもつ。乾山はしばしば工房として窯を営み、成形や施釉、焼成を専門の職人に委ね、絵付では兄の光琳が筆をとった合作も数多く残されている。それに対し、この茶碗は構想から仕上げまでが一人の手に帰す。滝の景も詩句も、同じ一本の筆から生まれている。

用いられた技法は銹絵と呼ばれる。鉄分を含んだ絵具で文様を描き、透明釉をかけて焼き上げると、温かな茶褐色に発色する。素地のままの陶土は筆が引っ掛かり、絵具を瞬時に吸い込んでしまうため、乾山はまず器面に白泥を塗って白化粧地をつくった。この白い下地があることで、紙の上に描くのに近い自在さで陶器に筆を走らせることができた。日本では古くから詩と画をひとつの表現とみなす詩画一致の考えが尊ばれてきたが、手にとり、回し、読むことのできる茶碗ほど、その理念をかたちにしたものは少ない。

細部を見る

器を据えて眺めると、景色はひと目で読みとれる。落下する水、樹木の暗いかたまり、片隅に寄せられた楼閣の屋根。筆致は太く速く、丹念な描写というより書に近い。滝のまわりは白地のまま残され、その余白が画面の半ばを担っている。裏面の賛もまた、同じ滝を主題とする。盛夏の最も暑い時季にあってなお雪のように残る飛沫として滝をうたい、その水が万年にわたって流れつづけるさまを詠む。署名は乾山の文人としての号のひとつ深省、そして小さな印が添えられている。

半筒形という器形は、美しさのためであると同時に実用にも適っている。深く胴の立った碗は湯の熱を長くたもち、茶人が両手で側面を包む冬の茶事にふさわしい。実際に手にとれば、その寸法の理由はすぐに納得できる。包み込み、ゆっくりと喫し、茶の冷めるあいだ眺めるためにつくられた器である。

乾山の作品を見るには

この茶碗は個人の所蔵であり、常設で公開されているわけではない。そのため、ふらりと訪れた美術館の棚で出会えるものではない。乾山や琳派をテーマとした特別展に貸し出されることがあり、実物に対面する機会としてはそうした展覧会が最も有力である。

比較できる作品であれば、もう少し容易に近づける。この茶碗が登録されている奈良には大和文華館があり、夕顔を描いた乾山の名碗を所蔵している。東京では根津美術館とサントリー美術館がいずれも重要な乾山陶を収め、根津美術館は時おり兄・光琳の絵画とあわせて展示する。京都国立博物館、滋賀の山中に立つMIHO MUSEUM、大阪の藤田美術館も、兄弟合作を含む乾山窯の皿や碗を収蔵している。

Q&A

Qこの茶碗を実際に見ることはできますか。
A常時の鑑賞はむずかしいのが実情です。本作は個人の所蔵で、常設展示はされていません。尾形乾山や琳派を主題とする特別展では、こうした個人蔵の作品が貸し出されることがあるため、そうした機会に注目してください。
Q「銹絵」とはどのような技法ですか。
A鉄分を多く含む絵具で文様を描き、透明釉をかけて焼くと茶褐色に発色する装飾技法です。本作では、滝の景色も裏面の賛も、この銹絵で描かれています。
Q尾形乾山とはどのような人物ですか。
A京に生まれた陶工であり絵師でもある人物(一六六三〜一七四三)で、琳派の画家・尾形光琳の弟にあたります。野々村仁清に学び、元禄十二年に鳴滝で開窯し、器面を絵画と詩の場としてあつかう作風で知られます。
Qなぜ半筒形をしているのですか。
A胴の立った深い碗は湯の熱が逃げにくく、両手で包んで温まる冬の茶事に好まれます。あわせて、縦に長く均一な画面が得られるため、絵と賛を書きつける場としても適しています。
Q賛にはどのようなことが書かれているのですか。
A盛夏の暑い盛りにも雪のように残る飛沫として滝を詠み、その水が果てしなく流れつづけるさまをうたっています。乾山自身の大胆な筆で書かれ、文人としての号である深省が記されています。

基本データ

名称銹絵滝山水図茶碗〈尾形乾山作〉(さびえたきさんすいずちゃわん)
指定区分重要文化財(昭和五十八年〔一九八三〕六月六日指定)
種別工芸品(陶磁)
作者尾形乾山(一六六三〜一七四三)
時代江戸時代
員数一口
寸法口径10.3〜10.4cm、高7.8cm、高台径5.4〜5.5cm、高台高0.7cm
技法陶胎・轆轤成形、円形高台を削り出した半筒形。白化粧地にマンガン質絵具で図様と賛を描き、透明釉をかける
伝来京都小松原福井家伝来
所在地奈良県
所有者個人(常設公開なし)

参考文献

文化遺産オンライン(国立文化財機構)銹絵滝山水図茶碗〈尾形乾山作〉
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/204250
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/7241
根津美術館 特別展「光琳と乾山 芸術家兄弟・響き合う美意識」
https://www.nezu-muse.or.jp/sp/exhibition/past2018_n03.html
MIHO MUSEUM 尾形乾山 作品解説
https://www.miho.jp/booth/html/artcon/00000713.htm
藤田美術館 尾形光琳・乾山兄弟合作の陶器
https://fujita-museum.or.jp/topics/2021/01/08/1305/

最終更新日: 2026.06.14