木造釈迦如来及両脇侍坐像(上堂安置)
奈良県斑鳩町、聖徳太子ゆかりの古刹・法隆寺。世界最古の木造建築群が立ち並ぶ西院伽藍の最奥、大講堂の裏手の小高い斜面に、ひっそりと佇むお堂があります。「上御堂(かみのみどう)」とも「上堂(じょうどう)」とも呼ばれるこのお堂は、一年のうちのほとんどを固く扉を閉ざして過ごし、毎年11月1日から3日までのわずか3日間だけ拝観者を迎え入れる、法隆寺でも特別な存在です。その堂内に祀られているのが、平安時代を代表する仏像彫刻のひとつ、木造釈迦如来及両脇侍坐像(もくぞうしゃかにょらいおよびりょうきょうじざぞう)です。
三躯からなるこの釈迦三尊像は、中尊に釈迦如来、向かって右に文殊菩薩、向かって左に普賢菩薩を配した堂々たる構成で、いずれも坐像として表されています。サクラ材を用いた一木造りという稀有な技法で造立され、平安時代中期の穏やかで気品ある作風を今に伝える名品として、1953年に国宝に指定されました。年に3日だけ開かれるその扉の向こうで、千年余の祈りが、静かに参拝者を待っています。
歴史的背景
上御堂の創建については、奈良時代に天武天皇の皇子である舎人親王(とねりしんのう)の発願によって建てられたとの寺伝があります。一方、文献資料からは、延長年間(923〜931年)に法隆寺の別当(べっとう)であった観理(かんり)僧都が、京都の普明寺(ふみょうじ)にあった堂を現在地に移して創始したとも伝えられています。本尊の釈迦三尊像は、上御堂が整えられたこの平安時代前期、10世紀前半頃に造立されたと考えられており、当初からこの堂の本尊として祀られていたとみられます。
しかし、永祚元年(989年)の暴風によって上御堂は倒壊してしまいます。三尊像は無事で、その後は真下に位置する大講堂に仮安置されたと伝えられます。約三世紀ののち、元享4年(1324年)、鎌倉時代末期になってようやく再建された上御堂へと戻されました。現在の建物はこの鎌倉時代再建の堂であり、桁行7間、梁行4間、入母屋造、本瓦葺の堂々たる仏堂として、それ自体が国の重要文化財に指定されています。
さらに、釈迦三尊像が上御堂に戻されてしばらく後の文和4年(1355年)、南北朝時代に入ってから、三尊像を護るかのように四天王像が新たに造立されました。これらの四天王像も重要文化財に指定されており、平安期の本尊と室町期の守護神が同じ堂内に並び立つ、時代の重なりが堂内の見どころの一つとなっています。
国宝に指定された理由
木造釈迦如来及両脇侍坐像(上堂安置)は、昭和28年(1953年)3月31日に国宝に指定されました。指定の背景には、平安時代の彫刻史において他に代えがたい価値を持つ三つの理由があります。
三尊揃って残る稀少な平安期本尊
平安時代に造立された本尊三尊像のうち、中尊と両脇侍が揃って当初の姿を伝える例は、決して多くありません。火災や盗難、戦乱によって失われた仏像が数多くあるなかで、この上御堂の三尊像は、創建当初の本尊として三躯すべてが現存していると考えられている貴重な作例です。三尊が一具の作品として残されていることは、平安期の図像表現や信仰のかたちを知る上で、極めて重要な手がかりとなっています。
類例の少ないサクラ材の一木造り
本三尊は、いずれもサクラ材を用いた一木造りで造立されています。サクラの木は太い幹を得ることが難しく、丈の高い仏像彫刻に用いられる例は極めて稀です。多くの平安仏がヒノキやカヤを用いるなかで、約2メートルにおよぶ中尊をサクラ材で彫り出したことは、技術的にも制作態度の面でも特筆すべきものであり、本像の独自性を際立たせる要素となっています。
10世紀前半の作風を伝える基準作
作風の上では、延喜13年(913年)造立の上醍醐薬師堂の薬師三尊像と共通する特徴がみられ、上御堂創始期の10世紀前半に制作されたとする見方が定説となっています。ふくよかな面相、穏やかな衣文の流れ、内に向かう静かなまなざしは、平安時代前期から中期へと至る彫刻様式の推移を考えるうえで、重要な基準作のひとつに数えられています。
魅力と見どころ
中尊・釈迦如来坐像
中尊の釈迦如来坐像は像高約230センチに及ぶ堂々たる像で、右手は施無畏印(せむいいん)、左手は与願印(よがんいん)を結びます。施無畏印は信ずる者の畏れを取り除く印、与願印は願いを聞き届けるしるしであり、釈尊の慈悲をあらわす伝統的な印相です。豊かな頬と伏し目がちのまなざしは、平安中期の仏師たちが理想とした静謐な美しさを宿しており、法隆寺・大講堂の本尊である薬師如来坐像と通じる、ふくよかで温かみのある体躯が印象的です。
文殊菩薩坐像と普賢菩薩坐像
中尊の左右に侍するのは、釈迦如来の脇侍として古来知られる二尊です。向かって右の文殊菩薩坐像(像高約155センチ)は、智慧の象徴として右手に剣、左手に経典を持ちます。剣は迷いを断ち切る智慧を、経典は仏の教えそのものを示します。向かって左の普賢菩薩坐像(像高約154センチ)は、行(ぎょう)と慈悲の徳を象徴する菩薩で、両手で一輪の蓮華を捧げ持つ姿に表されています。いずれも宣字型の台座に坐し、上下二重の円光光背を背負う点でも統一感ある三尊構成となっています。
光背と台座、そして木の魂
三尊それぞれが背負う上下二重の円光光背は、頭光と身光を表す優美な意匠で、平安期本尊像の格式を伝えます。中尊の台座には裳が垂れ下がる宣字型台座が用いられており、平安期本尊の典型的な構成を残しています。脇侍像の両腕や各像の台座は後補とされていますが、像の中核をなす造形そのものは10世紀の構想を保ち続けており、サクラ材ならではの密で美しい木目が、堂内の薄明かりの中で深く沈んだ存在感を放っています。
南北朝時代の四天王像
須弥壇の四隅には、文和4年(1355年)造立の四天王像(重要文化財)が配されています。ヒノキ材の寄木造で、内刳(うちぐり)を施し、玉眼を用いた躍動感あふれる表現で、彩色と截金(きりかね)によって装飾されています。柔和な平安仏と、力感あふれる南北朝期の四天王が同じ堂内に並ぶさまは、日本仏教彫刻史の二つの時代を一度に体感できる、得難い空間となっています。
拝観のご案内
上御堂が一般に開扉されるのは、毎年11月1日から3日までの3日間のみです。文化の日を含むこの期間以外は堂内に入ることができず、三尊像を拝観することはできません。開扉期間中は、法隆寺の伽藍拝観料に含まれる形で参拝でき、西院伽藍を進んだ後、大講堂の裏側にある通路を抜け、石段を上った先の上御堂に到達します。
拝観日数が極めて限られているため、3日間は連休と重なる年を中心に多くの参拝者で賑わいます。落ち着いて拝観されたい方は、開門直後の早い時間帯の訪問がおすすめです。御堂内は神聖な空間ですので、撮影はご遠慮ください。
法隆寺へのアクセスは、JR大和路線・法隆寺駅から徒歩約20分、または法隆寺駅前から奈良交通バスで「法隆寺参道」下車すぐが便利です。奈良市街からは、近鉄奈良駅・JR奈良駅から奈良交通の「法隆寺前」行バスでも訪れることができます。
周辺の見どころ
法隆寺は、聖徳太子ゆかりの法起寺とともに「法隆寺地域の仏教建造物」として、1993年に日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録された地域の中心です。法隆寺境内では、上御堂の三尊像のほかにも、飛鳥時代の銅造釈迦三尊像(623年)を本尊とする金堂、現存する世界最古の木造塔である五重塔、東院の八角円堂・夢殿に祀られる救世観音像など、各時代の至宝を巡ることができます。
大宝蔵院(だいほうぞういん)には、優美で知られる百済観音像、玉虫厨子、夢違観音像など、飛鳥・白鳳時代の名宝が収められています。境内から徒歩圏内には、日本最古の三重塔を擁する法起寺、聖徳太子が母君のために建てたと伝わる中宮寺(弥勒菩薩半跏思惟像で名高い)など、ゆかりの古寺が点在しています。あわせて巡れば、丸一日をかけて斑鳩の里をじっくりと味わうことができるでしょう。
Q&A
- 上御堂の釈迦三尊像はいつ拝観できますか。
- 毎年11月1日から3日までの3日間のみ特別開扉が行われ、拝観することができます。それ以外の時期は堂内に入ることはできません。
- なぜサクラ材の一木造りが特別なのですか。
- サクラの木は太く育ちにくく、約2メートルにもおよぶ大きな仏像を一木造りで彫り出すことは技術的に非常に困難です。多くの平安仏がヒノキやカヤを用いるなかで、サクラ材を選んで造立された本三尊は、極めて稀な作例として高く評価されています。
- 脇侍はどなたですか。
- 向かって右に智慧の徳を象徴する文殊菩薩坐像、向かって左に行(ぎょう)と慈悲の徳を象徴する普賢菩薩坐像が配されており、中尊・釈迦如来とあわせて伝統的な釈迦三尊の構成となっています。
- 堂内で写真撮影はできますか。
- 上御堂内では撮影は禁じられています。仏像の保存環境を守り、信仰の場としての静謐さを保つためのご配慮として、参拝の心持ちで拝観いただくのがおすすめです。
- 特別開扉のために別料金が必要ですか。
- 通常、11月1日〜3日の特別開扉は法隆寺の伽藍拝観料に含まれる形で実施されます。最新の開扉時間や条件は変更されることがあるため、お出かけの前に法隆寺の公式情報をご確認いただくと安心です。
基本情報
| 指定名称 | 木造釈迦如来及両脇侍坐像(上堂安置) |
|---|---|
| 種別・指定 | 国宝(彫刻) |
| 指定年月日 | 昭和28年(1953年)3月31日 |
| 員数 | 3躯(釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩) |
| 時代 | 平安時代(10世紀) |
| 材質・技法 | 木造漆箔、サクラ材、一木造り |
| 像高 | 中尊・釈迦如来坐像:約230cm/文殊菩薩坐像:約155cm/普賢菩薩坐像:約154cm |
| 所有者・所在 | 法隆寺 上御堂(じょうどう/かみのみどう) |
| 所在地 | 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1 |
| 特別開扉 | 毎年11月1日〜3日 |
| 世界遺産 | 「法隆寺地域の仏教建造物」(1993年登録)の構成資産・法隆寺境内に所在 |
参考文献
- 三経院・西室 上御堂|聖徳宗総本山 法隆寺
- https://horyuji.or.jp/garan/sangyoin/
- 国宝-彫刻|釈迦如来・両脇侍坐像[法隆寺上御堂/奈良]|WANDER 国宝
- https://wanderkokuho.com/201-00237/
- 法隆寺の仏像|ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/法隆寺の仏像
- 国宝|釈迦三尊像|画像データベース|奈良国立博物館
- https://imagedb.narahaku.go.jp/010129-000-000.html
- 上御堂(法隆寺)|奈良寺社ガイド
- https://nara-jisya.info/2018/10/15/上御堂/
- 上御堂(釈迦三尊像[国宝])特別開扉|法隆寺|あをによし なら旅ネット
- http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/02west_area/horyuji/event/0000000024/
最終更新日: 2026.04.25