木造〈天燈鬼/竜燈鬼〉立像——興福寺国宝館に立つ、燈籠を捧げる鎌倉の鬼

奈良・興福寺の国宝館には、日本彫刻史上きわめて個性的な姿をした一対の木像が安置されています。仏でも天部でもなく、本来は四天王に踏みつけられる役どころであるはずの「邪鬼」——それが堂々と直立し、仏前を照らす燈籠(とうろう)を捧げ持っているのです。建保3年(1215)、運慶の三男・康弁(こうべん)によって造立されたと伝えられる「木造〈天燈鬼/竜燈鬼〉立像」は、慶派彫刻の精華として国宝に指定され、鎌倉彫刻のなかでも屈指の人気を誇る名品です。

歴史的背景

この一対の像は、治承4年(1180)の兵火で大半を焼失した興福寺の、鎌倉時代の大規模な再興事業のなかで生み出されました。12世紀末から13世紀前半にかけて、興福寺では運慶一門をはじめとする慶派仏師たちが総力を挙げて諸堂の造像を進めており、再建された西金堂(さいこんどう)の須弥壇(しゅみだん)にも、多くの優れた仏像とともに、この天燈鬼・龍燈鬼が配されました。

龍燈鬼像の像内から発見された紙片には、「建保三年卯月廿六日法橋康弁作」と記されていたと伝えられています。すなわち、1215年4月26日に法橋位の仏師・康弁が造像したことが明確に文書で示された、きわめて貴重な紀年銘像です。天燈鬼像には同様の銘記は見つかっていませんが、両像は造形・寸法・技法のいずれにおいても対になる作品として計画されており、天燈鬼についても康弁あるいはその周辺の仏師の手になるものと考えられています。西金堂そのものは享保2年(1717)の大火で失われたのち現在にいたるまで再建されていませんが、この二体の鬼像は、阿修羅像などとともに難を逃れ、現在は興福寺国宝館に伝えられています。

国宝指定の理由

天燈鬼・龍燈鬼立像は、明治33年(1900)4月7日に重要文化財(旧国宝)に指定され、昭和29年(1954)3月20日に改めて国宝に指定されました。その価値は、図像・造形・史料の三つの側面から語ることができます。

第一は、図像上の独創性です。日本の仏教彫刻において邪鬼は、四天王などの足下に踏みしだかれる従属的な存在として描かれるのが通例でした。しかし康弁はこの邪鬼を独立させ、立ち姿で仏前に燈籠を奉じるという新しい役柄を与えました。仏法に害をなす存在が、罪を償うかのように仏の前に明かりを灯す——その図像的な転換には、仏の慈悲が一切の存在に及ぶことを視覚的に説く深い意味が込められています。

第二は、造形の圧倒的な完成度です。両像は桧(ひのき)材を用いた寄木造で、彩色と玉眼(ぎょくがん=水晶をはめ込む技法)によって仕上げられています。筋肉や血管、姿勢の緊張は写実的に描写されながら、表情にはどこかユーモアと人間味が漂い、鎌倉彫刻を代表する慶派の作風を余すところなく伝えています。

第三は、史料的な価値です。龍燈鬼像の銘記によって、制作年と作者名が特定できる紀年銘像であることから、運慶一門の作風展開を論じる際の基準作として、美術史研究に欠かせない位置を占めています。

魅力と見どころ

天燈鬼——左肩に燈籠を担う「阿」の鬼

像高78.2センチメートル。2本の角と額の第三の目を持ち、口を大きく開いてやや横目で前方をにらみます。左肩に重そうな燈籠を載せ、左手でその底を支える姿は、薄暗い堂内に明かりをもたらす使命に全身を傾けているかのようです。全身は朱で彩色されており、開いた口は梵語の最初の字音「阿(あ)」を表しています。小柄ながら引き締まった筋肉描写と、玉眼が放つ鋭い視線に、慶派ならではの緊張感が宿ります。

龍燈鬼——頭上の燈籠を見上げる「吽」の鬼

像高77.8センチメートル。天燈鬼とは対照的に口を閉じ、梵語最後の字音「吽(うん)」を示します。全身は青(緑)で彩色され、上半身には一匹の龍が巻きつき、右肩からその顔をのぞかせています。龍燈鬼はこの燈籠を肩ではなく頭上に乗せ、首をわずかに傾けて上目づかいに見上げる——いまにも落としそうな絶妙な均衡を保ちます。右手は腹前に回して龍の尻尾をつかみ、左手はその右手首を握り、どっしりと重心を保っています。

一対として仕組まれた意匠

二体の像は、開口と閉口、朱と青、動と静、左肩と頭上——いくつもの対比によって計算されつくした一対の彫像です。仁王像や狛犬にみられる阿吽の対比を、邪鬼に応用した例はきわめて珍しく、慶派の造形家としての遊び心と高い知性をうかがわせます。技術的にも工夫が凝らされており、深く傾いた姿勢でもバランスを失わないよう、上半身と下半身は別々に彫刻されたうえで腰帯の下で接合されています。像内は刳(く)り抜かれて軽量化が図られ、干割れを防ぐ効果もあります。さらに龍燈鬼の眉毛には鉄板が、龍の背びれには動物の皮が用いられているとされ、木彫に異素材を組み合わせる工芸的な技法も、他の仏像にはあまりみられない本像の大きな見どころです。

拝観情報

両像はともに、興福寺境内にある国宝館において常時公開されています。国宝館は昭和34年に旧食堂の跡地に建てられた鉄筋コンクリート造の宝物収蔵庫で、平成22年(2010)のリニューアルを経て展示環境が大きく改善されました。文化財への影響が少ないLED照明を採用し、多くの仏像がガラスケースなしで展示されているため、天燈鬼・龍燈鬼の精緻な造形を間近で堪能することができます。

開館時間は午前9時から午後5時まで(受付終了は午後4時45分)、年中無休です。拝観料は令和7年4月より改定され、国宝館単独で大人・大学生900円、中高生800円、小学生500円となっています。国宝館・東金堂・中金堂の3か所共通券は大人1,600円です。アクセスは近鉄奈良駅の東改札2番出口から徒歩約5分、JR奈良駅からは市内循環バスで「県庁前」下車すぐと、奈良観光の中心部にあって非常に便利です。境内には46台分の有料駐車場も用意されています。

周辺の見どころ

興福寺は奈良公園の中央に位置しており、奈良を代表する文化財・観光地へ徒歩で回ることができます。境内には国宝の五重塔や三重塔、中金堂、東金堂、北円堂などが点在し、いずれも拝観の価値があります。東へ少し歩けば、奈良の大仏で名高い東大寺、石燈籠が並ぶ春日大社が控えており、その間には奈良国立博物館があって、仏教美術の特別展がたびたび開かれています。奈良公園のシカたちと戯れながら、興福寺を起点に東大寺・春日大社・奈良国立博物館をめぐる一日コースは、古都の魅力を存分に味わえる定番の行程です。

Q&A

Q天燈鬼・龍燈鬼とはどのような存在ですか。
A仏教美術で四天王の足下に踏まれる「邪鬼(じゃき)」の一種です。本来は仏法に害をなす存在ですが、康弁はこの邪鬼を独立した像として立ち上がらせ、仏前を照らす燈籠を捧げる役割を与えました。邪鬼を主役に据えた珍しい彫刻です。
Q誰が、いつ造ったのですか。
A龍燈鬼像の像内に納められていた紙片の記載から、建保3年(1215)4月26日に法橋康弁が造ったことがわかっています。康弁は運慶の三男で、慶派を代表する仏師の一人です。天燈鬼像に銘記は残っていませんが、作風や寸法から康弁の作と考えられています。
Qどこで拝観できますか。
A興福寺国宝館で常時公開されています。阿修羅像や千手観音菩薩像、木造金剛力士立像などの名品とあわせて拝観することができます。
Q「阿吽」とは何を表しているのですか。
A梵語(サンスクリット)の最初の字音「阿(あ)」と、最後の字音「吽(うん)」を組み合わせた言葉で、万物の始まりと終わりを象徴します。口を開ける天燈鬼が「阿」、口を閉じる龍燈鬼が「吽」を表現しており、仁王像や狛犬にはよく見られますが、邪鬼で阿吽を表した例は非常に珍しいものです。
Qどのような技法で造られているのですか。
A桧(ひのき)材を用いた寄木造で、表面は彩色され、眼には水晶をはめ込む玉眼が用いられています。傾いた姿勢を支えるため、上半身と下半身を別々に彫刻し、腰帯の下で接合するという独自の工夫がなされており、像内を刳り抜くことで軽量化と干割れ防止を図っています。龍燈鬼の眉には鉄板、龍の背びれには動物の皮が用いられるなど、異素材の併用も特徴です。

基本情報

名称 木造〈天燈鬼/竜燈鬼〉立像(もくぞう てんとうき/りゅうとうき りゅうぞう)
作者 法橋康弁(運慶三男)/龍燈鬼像に紀年銘。天燈鬼像も康弁またはその周辺仏師の作と推定
制作年 建保3年(1215)、鎌倉時代
技法・材質 桧材・寄木造・彩色・玉眼
像高 天燈鬼像 78.2cm/龍燈鬼像 77.8cm
員数 2躯
当初安置場所 興福寺 西金堂(さいこんどう)須弥壇
現所在 興福寺 国宝館(奈良県奈良市登大路町48)
所有者 興福寺
指定区分 国宝(昭和29年3月20日指定/旧国宝・重要文化財指定は明治33年4月7日)
公開情報 常時公開(9:00〜17:00、受付終了16:45、年中無休)

参考文献

木造天燈鬼・龍燈鬼立像 — 法相宗大本山 興福寺 公式サイト
https://www.kohfukuji.com/property/b-0032/
木造〈天燈鬼/竜燈鬼〉立像 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148338
興福寺 龍燈鬼立像:六田知弘の古仏巡礼 — nippon.com
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/b10919/
興福寺 天燈鬼立像:六田知弘の古仏巡礼 — nippon.com
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/b10918/
天燈鬼・龍燈鬼・金剛峯寺〜ニッポンの国宝100 FILE 79,80〜 — 和樂web
https://intojapanwaraku.com/art/2065/
康弁 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%B7%E5%BC%81
興福寺 — 奈良市観光協会公式サイト
https://narashikanko.or.jp/spot/detail_10029.html

最終更新日: 2026.04.24