斑鳩に残る室町の多宝塔

塔の心柱には、寛正4年(1463年)と記した墨書銘が残る。建立の年をこれほど明確に示す塔は珍しく、吉田寺多宝塔は室町時代中期、奈良県内では最も古い多宝塔とされる。建つのは法隆寺の南西およそ2キロ、生駒郡斑鳩町小吉田の静かな一画である。

多宝塔は、下層を方形、上層を円形とする二重の塔で、宝形造の屋根に相輪を載せる。吉田寺のものは三間多宝塔、屋根は本瓦葺で、高さは12メートルあまり。小ぶりながら、均整のとれた姿が目を引く。

所有する吉田寺は浄土宗の寺で、山号を清水山という。地元では「ぽっくり寺」の名で親しまれてきた。長く患わず、安らかに往生できるようにと願う参拝者が、今も各地から訪れる。

重要文化財としての価値

多宝塔が国の保護を受けたのは明治36年(1903年)4月15日のこと。現在は重要文化財に指定されている。古い案内書では「国宝」と紹介されることもあるが、これは昭和25年の文化財保護法以前の旧制度による呼称で、その指定がそのまま現在の区分へ引き継がれた。

価値の一つは、建立年がはっきりしている点にある。多くの古塔は数十年の幅でしか年代を推定できないが、この塔は心柱の墨書銘によって寛正4年と特定でき、組物や細部の手法も室町中期の特徴とよく合う。15世紀の多宝塔がどう造られたかを知るうえで、確かな基準となる建物である。

浄土宗の寺に多宝塔が建つこと自体、少し意外に映るかもしれない。多宝塔という形式も、塔内に祀る大日如来も、本来は天台・真言の密教に属するものだ。吉田寺は天台僧の恵心僧都源信(942〜1017)が開いたとされ、塔はその古い性格を今に残している。

見どころ

まず塔の足もとをゆっくり一周してみたい。下層には高欄のない縁がめぐり、中央間に板唐戸、両脇間に連子窓を構える。中備えは中央間だけに蟇股を置き、脇間は簡素にとどめる。控えめなつくりが、下層に落ち着いた表情を与えている。

上層に目を移すと、軒下に四手先の組物が大きく張り出し、広い屋根を受け止めている。円い胴まわりには高欄がめぐり、上層屋根の四隅には鬼瓦が据えられる。頂部の相輪は型どおりの整った姿をとる。

塔の内部には、金剛界の大日如来坐像が安置されている。来迎柱と来迎壁を背に、須弥壇の上に坐す姿で、密教の本尊にあたる仏である。源信が父・卜部正親の追善のために造立したと伝えられる。

この大日如来は秘仏で、普段は扉が閉じられている。拝観できるのは年に数日に限られるため、訪ねる時期には少し工夫がいる。

周辺とアクセス

塔からほど近い本堂には、寺の本尊である阿弥陀如来坐像が祀られている。像高は約2.26メートル、平安時代後期の作で、こちらも重要文化財に指定されている。県内でも有数の大きさで、「大和のおおぼとけ」とも呼ばれる。この阿弥陀像を彫り出した栗の大木の切り株の跡に多宝塔が建てられた、という言い伝えもある。

塔の内部が開かれるのは、例年9月1日〜2日と11月1日〜3日のごく限られた日だけで、年によって日程は前後する。9月1日には、生き物を放つ仏事「放生会」が営まれ、境内で白い鳩が一斉に放たれる。「鳩逃がし」とも呼ばれる行事だ。訪問の前に最新の予定を確かめておきたい。

吉田寺は斑鳩めぐりの足を伸ばしやすい場所にある。世界遺産の法隆寺はすぐ近く、三重塔で知られる法起寺や法輪寺といった古寺も遠くない。多くの参拝者が利用するバス停のそばには、風の神を祀る古社・竜田神社が鎮座する。

拝観時間は9時から16時まで。JR大和路線の法隆寺駅から徒歩約20分、あるいは王寺駅から奈良交通のバスで竜田神社前へ向かい、数分歩けば着く。

よくある質問

Q「ぽっくり寺」とはどういう意味ですか。
A長く患うことなく、安らかにこの世を去れるようにと祈る寺、という意味です。吉田寺は古くからその信仰を集め、「ぽっくり往生の寺」として親しまれてきました。
Q多宝塔の中は拝観できますか。
A扉が開くのは年に数日だけで、例年9月初めと11月初めに特別開扉されます。塔内の大日如来は秘仏ですので、拝観を目的とする場合は事前に寺の予定をご確認ください。
Qなぜ浄土宗の寺に多宝塔があるのですか。
A多宝塔の形式も塔内の大日如来も、もとは密教のものです。天台僧・源信に連なる吉田寺の古い性格が、いまの浄土宗の寺に残っていると考えられます。
Q建立年はどうしてわかるのですか。
A心柱に寛正4年(1463年)と記した墨書銘が残るためです。組物や細部の手法も室町中期の特徴と合い、この年代が裏づけられています。
Q行き方を教えてください。
AJR大和路線の法隆寺駅から徒歩約20分です。バスの場合は王寺駅から奈良交通のバスに乗り、竜田神社前で降りて数分歩きます。

基本データ

名称吉田寺多宝塔(きちでんじたほうとう)
指定区分重要文化財(建造物) 指定番号 00257
指定年月日明治36年(1903年)4月15日
時代・年代室町時代中期 寛正4年(1463年)
構造形式三間多宝塔、本瓦葺 高さ約12メートル
員数1基
安置仏金剛界大日如来坐像(秘仏)
所在地奈良県生駒郡斑鳩町大字小吉田
所有者吉田寺(浄土宗・山号 清水山)
拝観時間9時〜16時(塔内部は特別開扉日のみ)
アクセスJR法隆寺駅から徒歩約20分、または王寺駅からバスで竜田神社前下車

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2737
奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」
https://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/bunkashigen/main00225.html
奈良県観光公式サイト「あをによし なら旅ネット」
https://yamatoji.nara-kankou.or.jp/01shaji/02tera/02west_area/kichidenji/event/yzk1rkcy8a/

最終更新日: 2026.06.04