柱の墨書が示した享保三年四月朔日
旧五十嵐家住宅(きゅういがらしけじゅうたく)は、福島県南会津郡只見町大字叶津字居平にある江戸時代中期の農家住宅で、享保3年(1718年)の建立、昭和47年(1972年)5月15日に国の重要文化財に指定された。福島県内に現存する農家住宅としては最も古い建物である。
民家の年代は、ふつう推定でしか語れない。棟札が残る寺社建築と違い、農家に建築の記録が残ることはまずないからだ。この家が例外なのは、昭和48年(1973年)の解体移築の際、柱に書かれた墨書が読める状態で見つかったことによる。
そこにはこうあった。「享保三年四月朔日 大工 酒井孝左衛門立 ゆきみなきえし」。別の柱には「瀧口大作」の名があり、こちらが施主とみられている。
末尾の一句に目が留まる。雪がみな消えた、と読める。
只見町は日本有数の豪雪地帯で、冬のあいだ地面は雪の下に隠れる。旧暦四月一日に建て方を始めるということは、雪が退いてから田仕事が村じゅうの手を奪うまでの、ごく短い期間に工事を差し込んだということだ。日付の記録であると同時に、作業条件の記録でもある。
なお、家名になっている五十嵐家は当初の所有者ではない。酒井家の所有が大正3年(1914年)まで続き、その後五十嵐家に移った。両家とも本百姓であったこと以外、由緒や所有権が動いた経緯は記録に残っていない。
重要文化財に指定された二つの理由
指定の根拠は大きく二点ある。
一つは木割の太さである。この規模の家に必要な断面より、柱も梁も明らかに大きい。日本海側に多く見られる系統で、屋根が長期間にわたって湿った雪を載せることを前提に構造材を決めている。文化庁の解説文は、この家が見る人に力強い印象を与えると記す。梁の下に立つと、その表現が誇張でないことがわかる。
もう一つは年代が確定していることだ。民家史の研究では、年代の判明した建物が基準点になる。仕口や柱間の寸法、間取りの型を比較して、年代不明の民家を前後に位置づけていく作業の足場になるからである。三間取りの農家が寺院や城郭と並んで国の指定を受けているのは、この基準点としての価値が大きい。
公的資料を確認する際に一点だけ注意がいる。国指定文化財等データベースは、年代欄に「享保3」と記しながら、西暦欄には「1743」と記載している。文化遺産オンラインも1743年を踏襲している。享保3年は1718年であり、両者は一致しない。只見町が墨書に基づいて公表している建立年は享保3年(1718年)であり、県内の各種資料もこれに従っている。本記事も1718年を採る。
同データベースの「構造及び形式等」欄にも補足がいる。北面に葺きおろしの下屋、南面に突出部が附属すると記され、解説文は「現在中型の中門造になっているが最初は直屋であった」とする。これは指定時点、すなわち昭和47年の姿を記述したものだ。突出部にあたる中門は、翌年の移築工事で撤去されている。現地の建物と台帳の記述が食い違って見えるのは、そのためである。
復原された「最初の姿」をどう見るか
建物は桁行7間(約13.3メートル)、梁間4間(約7.6メートル)、寄棟造の茅葺で、間取りは直屋の三間取りである。
入ってすぐが「にわ」と呼ぶ広い土間で、脱穀や道具の手入れ、雨天時の作業がここで行われた。続いて「うまや」。馬は家族と同じ屋根の下で飼われている。板の間に上がると、囲炉裏のある「いま」、寝所の「へや」、客を通す「ざしき」、水回りの「みずや」が並び、「とおり」がそれらをつなぐ。
この家を見るうえで重要なのは、目の前にあるのが最終形ではなく初期形の復原だという点だ。
改造の履歴は町の資料に年表として整理されている。江戸末期に「いま」「へや」隣りの土間や「にわ」へ目板を打ち、明治期には「へや」を改造して天井を張った。大正期には建物の古材を使って西寄北面に二階造りの中門を増築し、「にわ」と「みずや」に床板を入れている。昭和に入ると「みずや」は風呂場になり、紙張りの連子窓に硝子が嵌め込まれた。二百五十年のあいだ、住み手は建物を暮らしに合わせて作り替え続けてきた。
昭和48年、只見町は只見字上町にあったこの建物を解体し、叶津字居平に移した。その際の判断が、増築部分を外して当初形式に戻すことだった。中門は撤去され、後から入れた床板も取り払われた。
結果として、享保三年の大工が建てた姿に近いものが見られるようになった。同時に、二百年分の改造の痕跡は建物から消えた。この判断の是非は民家保存の分野で議論の分かれるところで、館内を歩きながら考えてみる価値がある論点だと思う。
屋根は平成3年(1991年)と平成19年(2007年)に全面葺替が行われ、後者では小屋組の破損箇所も補修された。土壁の補修は昭和58年(1983年)である。
拝観と周辺
内部の見学ができ、入館料は無料である。只見町が発行するパンフレットは開館時間を9時から17時、開館期間を4月最終土曜から11月第4週日曜までとしている。一方で、10時から16時、あるいは9時30分から16時とする案内もあり、月曜休館(祝日の場合は翌平日)を掲げる資料もある。数字が資料によって異なるため、特に開館期間の前後に訪れる場合は只見町教育委員会(0241-82-5320)に確認してから向かうのが確実だ。冬季は閉館する。
撮影については明文化された規定が見当たらない。個人利用の範囲であれば内部撮影は妨げられないことが多いが、係員がいる場合は一声かけたい。
アクセスは、JR只見線只見駅から約3キロ、車でおよそ10分。駐車場がある。車の場合、磐越自動車道会津坂下インターチェンジから約1時間30分、関越自動車道小出インターチェンジからも約1時間30分だが、小出側の経路は冬期通行止めとなる区間がある。
現地で迷いやすい点を一つ。道路から見えるのは旧長谷部家住宅、通称「叶津番所」である。会津藩と越後長岡藩の藩境に置かれた番所を兼ねた名主の家で、福島県指定重要文化財となっている。旧五十嵐家住宅はその奥に建つ。二棟は数十歩の距離にあり、まとめて見学するのが普通だ。役人の家と百姓の家が並ぶ配置そのものが見どころになっている。
名称についての注意も添えておく。福島県内には「旧五十嵐家住宅」という名の国指定重要文化財が二件ある。もう一件は河沼郡会津坂下町大字塔寺にあり、享保14年(1729年)の建立で昭和46年(1971年)指定。只見町のこの家とは別個の建物で、両者に系譜上のつながりはない。車で1時間30分ほど離れており、検索結果や旅行案内では取り違えが起きやすい。行き先を決める際は町名まで確認したい。
Q&A
- 只見町の旧五十嵐家住宅は内部を見学できますか。料金と開館時間は。
- 内部見学が可能で、入館料は無料です。只見町のパンフレットは9時から17時、開館期間を4月最終土曜から11月第4週日曜としています。ただし10時から16時、9時30分から16時とする案内もあり、月曜休館とする資料もあります。冬季は閉館するため、只見町教育委員会(0241-82-5320)で確認してから訪ねるのが確実です。
- 只見町の旧五十嵐家住宅へは公共交通でどう行きますか。
- JR只見線只見駅が最寄りで、そこから約3キロ、車で10分ほどです。この区間に高頻度の路線バスはないため、タクシーか自家用車が現実的です。駐車場は現地にあります。只見線は区間によって代行バス運行となる場合があるため、鉄道利用の際は運行状況を事前に確認してください。
- 只見町の旧五十嵐家住宅はなぜ福島県最古の農家住宅とされるのですか。
- 建立年が推定ではなく文字資料で確定しているためです。昭和48年の解体時、柱から「享保三年四月朔日」と大工名を記した墨書が見つかりました。県内の農家住宅で、これより古い年代が確実に裏づけられた例は知られていません。
- 只見町の旧五十嵐家住宅は建てられた場所に今も建っていますか。
- いいえ。もとは只見字上町にありました。指定と同じ昭和47年に只見町が買い上げ、翌48年に叶津字居平へ移築しています。この工事で大正期に増築された中門を撤去し、後補の床板も取り払って、建築当初に近い形に復原しました。
- 只見町の旧五十嵐家住宅と会津坂下町の旧五十嵐家住宅は同じ建物ですか。
- 別の建物です。名称が同じだけで、それぞれ独立した国指定重要文化財です。只見町のものは享保3年(1718年)建立、昭和47年指定。会津坂下町大字塔寺のものは享保14年(1729年)建立、昭和46年指定です。両者は車で1時間30分ほど離れています。
基本情報
| 名称 | 旧五十嵐家住宅(福島県南会津郡只見町) |
|---|---|
| 所在地 | 〒968-0415 福島県南会津郡只見町大字叶津字居平437番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 指定番号 01852 |
| 指定年 | 昭和47年(1972年)5月15日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行13.3メートル、梁間7.6メートル(7間×4間)、寄棟造、茅葺 |
| 所有者 | 只見町 |
| 公開状況 | 公開(内部見学可・入館無料)。町パンフレットは9時から17時、4月最終土曜から11月第4週日曜。冬季閉館。問い合わせは只見町教育委員会 0241-82-5320 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧五十嵐家住宅(福島県南会津郡只見町)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/213
- 文化遺産オンライン(文化庁)旧五十嵐家住宅(福島県南会津郡只見町)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188053
- 只見町「重要文化財 旧五十嵐家住宅」パンフレット(PDF)
- https://www.town.tadami.lg.jp/pamphlet/90cbd0cbf34696e46f5255cacb9222b6.pdf
- 只見町インフォメーションセンター 旧五十嵐家住宅
- https://www.tadami-net.com/meguru/323/
- ふくしまの旅(福島県観光物産交流協会)旧五十嵐家住宅
- https://www.tif.ne.jp/jp/entry/article.html?spot=825
最終更新日: 2026.08.25