旧小林古径邸:近代数寄屋建築の傑作を上越で訪ねる
新潟県上越市の高田城址公園内に佇む旧小林古径邸は、日本の近代建築史において重要な位置を占める住宅建築です。文化勲章を受章した建築家・吉田五十八が、近代日本画の巨匠・小林古径の依頼を受けて設計し、京都の宮大工棟梁・岡村仁三が施工にあたりました。1934年(昭和9年)に東京都大田区南馬込に建てられた邸宅は、古径の故郷である上越市に2001年(平成13年)に移築復原され、2005年(平成17年)に国の登録有形文化財に登録されました。現存する吉田五十八の初期の数寄屋建築として、また当時の高度な施工技術を今に伝える建物として、大変貴重な文化財です。
小林古径:近代日本画の巨匠
小林古径(1883年〜1957年)は、現在の新潟県上越市に生まれた日本画家です。16歳で上京し、梶田半古に師事しました。日本絵画協会や日本美術院の展覧会で次々と入選を重ね、1914年(大正3年)には再興日本美術院の第1回展に出品して同人に推挙されました。以後、日本美術院の中心的な画家として長年にわたり活躍しました。
大正から昭和にかけて、西洋から次々ともたらされる新しい美術思潮が日本画の世界を大きく揺さぶりました。その中にあって古径は、日本画が本来持っている特質に深く根ざしながら、近代にふさわしい新しい日本画を追い求め続けました。その作品は洗練された構図と繊細な線描、静謐な美しさで知られ、時代を超えた普遍的な魅力を持っています。文化勲章を受章するなど、近代日本画の発展に大きな足跡を残しました。
建築家・吉田五十八と近代数寄屋の誕生
旧小林古径邸を設計した吉田五十八(1894年〜1974年)は、近代数寄屋建築の創始者として知られる建築家です。東京美術学校を卒業後、ヨーロッパを歴訪しましたが、西洋のモダニズム建築をそのまま取り入れるのではなく、日本独自の建築を目指す道を選びました。伝統的な数寄屋造りの近代化に取り組み、日本建築の歴史に新たな一頁を刻みました。
吉田の手法は革新的でした。柱を壁の中に隠す大壁造りを採用し、吊束や欄間を省略し、長押をなくして木柄を極力細くするなど、従来の和風建築の「線」を整理して簡素化しました。見えない部分に補強鉄物を用いることで、華奢でありながら構造的に安定した建築を実現しました。1934年に完成した小林古径邸は、こうした新しい数寄屋建築の最初期の作品の一つです。
古径が吉田に住宅を依頼した際、寡黙な古径はただ一言「私が好きになるような家を建ててください」とだけ伝えたと言われています。吉田は古径の芸術を深く研究した上で設計に臨み、画家の美意識と呼応するような、清らかで端正な空間を生み出しました。
登録有形文化財に登録された理由
旧小林古径邸は2005年(平成17年)7月12日に国の登録有形文化財に登録されました。登録の理由は多岐にわたります。まず、現存する吉田五十八の数寄屋建築の中でも最初期の作品として、日本建築史上きわめて重要な位置を占めていることが挙げられます。見隠れに補強鉄物を用い、長押を省略し、努めて木柄を細くするなど、新しい和風意匠を目指した革新的な設計手法が高く評価されています。
また、京都の宮大工棟梁・岡村仁三による施工は、建築家の先進的な構想を見事に実現しており、昭和初期の高い施工技術を今に伝えるものとして文化的価値が認められています。当時の文化人が好んだ数寄屋住宅の代表例としても貴重であり、日本の住宅建築の近代化を知る上で欠かせない建造物です。
建築の見どころ
旧小林古径邸は木造2階建て、切妻造、桟瓦葺で、建築面積は約151平方メートルです。外観は控えめながらも品格があり、整った比率の開口部から自然光がやわらかく室内に差し込みます。
室内に入ると、吉田五十八のこだわりの数々を間近に感じることができます。大壁造りによる滑らかな壁面は空間に現代的な明快さをもたらしながらも、天然素材のぬくもりを失っていません。障子は吉田独特の荒組格子を用い、壁の中に隠された補強構造のおかげで、見える部分の木材は驚くほど繊細に仕上げられています。
邸宅に隣接する画室(アトリエ)も見逃せません。古径は朝から日暮れまでこの広い画室で絵を描いたと伝えられています。画室には大きな窓が設けられ、障子の上げ下げによって微妙な採光の調整が可能です。画家にとって光の加減は極めて重要であり、この画室はその要求に応える巧みな設計となっています。なお、古径の死後に画室は取り壊されたため、現在の建物は当時の写真と図面に基づいて2001年に再建されたものです。
邸宅を取り囲む庭園には、古径が絵に描いた草花や樹木が植えられており、四季折々の風情を楽しむことができます。作品と暮らしの場が一体となった空間は、古径の芸術世界をより深く味わう格好の場です。
移築復原の歩み
小林古径邸はもともと東京都大田区南馬込にありました。1920年(大正9年)に古径が農家を改造して画室を設け、1934年(昭和9年)にその隣に住宅を新築したのが始まりです。築後約60年を経た1993年(平成5年)、早稲田大学の調査を経て惜しまれながら解体されました。
上越市は1995年(平成7年)にこの解体部材を購入し、古径のふるさとでの復原を目指しました。復原工事は吉田五十八の薫陶を受けた建築家・今里隆の監修のもと、1998年(平成10年)9月に高田城二の丸跡地において着工し、2001年(平成13年)春に完成、一般公開が開始されました。
東京の温暖な気候に合わせて設計された繊細な数寄屋建築を、豪雪地帯である上越に移築するにあたっては、構造的な工夫が求められました。復原チームは元の意匠を損なうことなく、雪の重みに耐えられるような補強を施しています。
小林古径記念美術館
旧小林古径邸は、2020年(令和2年)10月に新たにオープンした小林古径記念美術館と一体的に運営されています。美術館は古径の作品や資料を約1,300点収蔵しており、初期の写生や画稿、模写など、古径芸術の源泉ともいえる資料群が含まれています。常設の「古径記念室」では古径作品を展示し、「企画展示室」では上越ゆかりの作家を中心とした多彩な展覧会が開催されます。
美術館の廊下からはガラス越しに旧小林古径邸を眺めることができ、作品と建築をあわせて古径の芸術世界を堪能できる構成となっています。二ノ丸ホールでは講座やワークショップなどの教育普及事業も行われています。
来館のご案内
旧小林古径邸は、小林古径記念美術館への入館により見学が可能です。開館時間は通常期(4月〜11月)が午前9時から午後5時まで、冬期(12月〜3月)が午前10時から午後4時までです。毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、祝日の翌日、年末年始(12月29日〜1月3日)、展示替期間は休館となります。
入館料は一般510円、小中高生260円(20名以上の団体は一般410円、小中高生210円)です。幼児および上越市内の小中学生は無料です。
電車でお越しの場合は、北陸新幹線「上越妙高駅」からえちごトキめき鉄道妙高はねうまラインに乗り換え、「高田駅」で下車、徒歩約15分です。お車でお越しの場合は、上信越自動車道「上越高田インターチェンジ」から約10分、北陸自動車道「上越インターチェンジ」から約15分です。
周辺の見どころ
旧小林古径邸が位置する高田城址公園は、上越市を代表する観光スポットです。徳川家康の六男・松平忠輝の居城として築かれた高田城の跡地に整備された約50ヘクタールの広大な公園で、新潟県の史跡に指定されています。
春には約4,000本の桜が咲き誇り、約3,000個のぼんぼりに照らされる夜桜は「日本三大夜桜」の一つに数えられる絶景です。「さくら名所100選の地」にも選ばれています。夏には外堀一面を埋め尽くす蓮が見事で、その規模は「東洋一」とも称えられています。
公園内には復元された高田城三重櫓、上越市立歴史博物館、小川未明文学館(高田図書館内)などの文化施設があります。少し足を延ばせば、戦国の名将・上杉謙信ゆかりの春日山城跡や、明治期の和洋折衷建築である旧師団長官舎なども訪れることができます。
Q&A
- 旧小林古径邸の建築としての価値はどのような点にありますか?
- 旧小林古径邸は、近代数寄屋建築の創始者である吉田五十八の現存する最初期の作品の一つです。見隠れに補強鉄物を用い、長押を省略して木柄を細くするなど、伝統的な日本建築を近代化する革新的な手法が随所に見られます。京都の宮大工棟梁・岡村仁三による高い施工技術も特筆すべき点であり、建築史と施工技術史の両面で価値のある建造物です。
- なぜ東京から上越市に移築されたのですか?
- 小林古径は現在の上越市出身であり、上越市は郷土が生んだ偉大な画家を顕彰するために邸宅の保存を決断しました。1993年に東京で解体された後、上越市が解体部材を購入し、吉田五十八の薫陶を受けた建築家・今里隆の監修により高田城址公園内で移築復原工事を行い、2001年に完成・一般公開されました。
- 邸宅の中に入ることはできますか?
- はい、小林古径記念美術館の入館券で旧小林古径邸の内部を見学できます。洗練された数寄屋造りの意匠を間近で鑑賞できるほか、隣接する画室(アトリエ)や庭園もあわせてご覧いただけます。
- 訪問におすすめの季節はいつですか?
- 四季を通じてそれぞれの魅力があります。特に春(3月下旬〜4月中旬)は高田城址公園の桜が見事で、日本三大夜桜としても知られています。夏は外堀の蓮、秋は紅葉が庭園を彩り、冬は豪雪に包まれた数寄屋建築の風情も格別です。
- 小林古径記念美術館ではどのような作品が見られますか?
- 美術館では古径の初期の写生や画稿、模写を含む約1,300点を収蔵しており、常設の「古径記念室」で作品が展示されています。また「企画展示室」では上越ゆかりの美術作家の作品を中心とした多彩な展覧会が開催されています。邸宅と美術館を一体的に楽しむことで、古径の芸術世界をより深く理解できます。
基本情報
| 名称 | 旧小林古径邸(きゅうこばやしこけいてい) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(2005年〈平成17年〉7月12日登録) |
| 設計 | 吉田五十八(よしだいそや) |
| 施工 | 岡村仁三(おかむらじんぞう) |
| 竣工 | 1934年(昭和9年)/2001年(平成13年)移築復原 |
| 構造 | 木造2階建、切妻造、桟瓦葺、建築面積約151㎡ |
| 所在地 | 〒943-0835 新潟県上越市本城町字越後44-1(高田城址公園内) |
| 所有者 | 上越市 |
| 開館時間 | 9:00〜17:00(4月〜11月)/10:00〜16:00(12月〜3月) |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、12月29日〜1月3日、展示替期間 |
| 入館料 | 一般510円(団体410円)、小中高生260円(団体210円) |
| 電話 | 025-523-8680(小林古径記念美術館) |
| アクセス | えちごトキめき鉄道「高田駅」より徒歩約15分/上信越自動車道「上越高田IC」より約10分 |
参考文献
- 旧小林古径邸 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/142011
- 小林古径記念美術館 - 上越市ホームページ
- https://www.city.joetsu.niigata.jp/site/kokei/kokei-info.html
- 小林古径邸 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E5%8F%A4%E5%BE%84%E9%82%B8
- 吉田五十八 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AB
- 小林古径記念美術館 | 上越観光Navi
- https://joetsukankonavi.jp/spot/detail.php?id=8
- 高田城址公園 - 上越市ホームページ
- https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/toshiseibi/takada-castle-site-park.html
最終更新日: 2026.03.28