虫川の大スギ ― 越後の里を見守る樹齢千二百年の御神木

新潟県上越市浦川原区の静かな田園地帯に、日本でも屈指の巨樹がそびえ立っています。「虫川の大スギ」と呼ばれるこの古木は、樹高およそ三十メートル、目通り(胸高周囲)約十.六メートルという堂々たる姿で、千二百年以上にわたって地域を見守ってきました。平安時代の創建と伝わる白山神社の御神木として、また「千年杉」の愛称で住民に親しまれる地域の宝として、昭和十二年(一九三七年)に国の天然記念物に指定されています。雪深い日本海側の気候に育まれた独特の樹形と、地域の人々が代々受け継いできた信仰の物語が、訪れる者を静かな感動に包み込みます。

千二百年の歳月を生き抜いた古木

地域の伝承によれば、この大スギは平安時代に白山神社が創建された当時にはすでに育っていたといわれています。樹齢千二百年以上という推定が正しければ、平安京遷都の頃に芽吹き、やがて源平の戦いも、戦国の世も、雪国を歩んだ越後の人々の営みも、すべてその傍らで静かに見つめてきたことになります。代々の村人にとってこの木は単なる大木ではなく、農事と祈りの中心、地域の精神的な拠りどころでした。

大スギは生命力の象徴であると同時に、幾多の試練を乗り越えてきた生き証人でもあります。江戸時代の大雪により大枝の一本が折損し、幹に大きな空洞が生じました。長年その傷口は銅板で覆われ、独特の姿を見せていましたが、近年は地元の「虫川の大スギを守る会」が樹木医に委託して樹勢回復治療を実施。平成二十九年(二〇一七年)には、銅板に代わって杉皮で覆い直され、より自然に近い姿で保護されています。

国の天然記念物に指定された理由

虫川の大スギは、昭和十二年四月十七日に文部省(現在の文部科学省)によって国の天然記念物に指定されました。指定文書には「目通幹圍約一〇.六メートル樹勢旺盛杉ノ巨樹トシテ有數ノモノナリ」と簡潔に記され、樹勢が衰えず、なお旺盛な生命力を保つ全国有数の巨樹であることが指定の理由として挙げられています。

この木の特筆すべき価値は、大きく三つの側面に集約されます。第一に、その圧倒的な大きさ。目通り約十.六メートル、樹高約三十メートルという数字は、日本海側のスギとしては最大級にあたります。第二に、特異な樹形。一本の幹がまっすぐ天に伸びるのではなく、東西約二十七メートル、南北約二十メートルにわたって太い枝を四方に伸ばし、境内地いっぱいに緑の天蓋を広げています。第三に、植物学的な価値。虫川の大スギは、日本海側に分布する「ウラスギ」の典型例とされます。豪雪と豊かな水分に育まれて枝が垂れ下がり、接地した枝が新たに根を下ろす特性をもつウラスギは、太平洋側の真っ直ぐ伸びる「オモテスギ」とは対照的な、彫刻のように複雑な姿を見せます。これら三点が相まって、本樹は文化財としても植物学的標本としても、極めて貴重な存在となっています。

見どころ

境内に足を踏み入れた瞬間、空間の尺度が一変するのを感じるはずです。白山神社の小さな社殿は大スギの根元にひっそりと寄り添うように建ち、その屋根が下枝にも届かないほど。多くの参拝者は「木」を見たというより「存在」と対面したと語ります。

幹の周囲には木道が整備され、根を傷めることなく間近で観察できます。木道を一周すると、角度ごとに異なる表情に出会えます。ある側からはL字に天へ屈曲する勇壮な枝が、別の側からは長い年月の試練を伝える幹の補修跡が、そして見上げれば、それぞれが普通の成木ほどの太さをもつ枝が空へ伸びていく圧巻の姿が広がります。地表には柔らかな苔が絨毯のように広がり、明るい日中でも境内は荘厳な静けさに包まれています。

古来「健康長寿」を祈願する人々が訪れるパワースポットとしても知られ、千二百年もの厳しい冬を生き抜いてきた巨樹の前で手を合わせる行為は、誰にとっても自然な所作と感じられるでしょう。撮影に最も適した季節は、苔の緑が最も鮮やかになる初夏と、白い雪原に黒々とそびえ立つ姿が見られる厳冬期です。

毎年四月二十九日には、白山神社の春祭りが行われます。地域住民が総出で編み上げる大しめ縄は、特徴的な飾り結びをもち、この日に大スギに巻き付けられます。千二百年の歳月をひと続きにする、地域と御神木の絆そのものといえる行事です。

参拝・拝観情報

大スギは白山神社の境内地に立っており、境内は通年無料で開放されています。木道のみを歩き、樹木に直接触れたり登ったりしないこと、そして神社にふさわしい静けさを保つことが、訪れる方への共通のお願いです。境内には十台ほどの無料駐車場と公衆トイレが整備されています。

公共交通機関でのアクセスは、文化財としては珍しいほど便利です。北越急行ほくほく線には、この大スギに因んで名付けられた「虫川大杉駅」があり、駅から田園と住宅地の間を抜けて徒歩約十分で境内に到着します。お車の場合は、北陸自動車道「上越IC」または「柿崎IC」から約三十分、関越自動車道「六日町IC」からは約七十分です。

冬季の訪問には準備が必要です。浦川原区は十二月下旬から三月にかけて多量の積雪があり、木道が雪に覆われる時期もあります。防水性の高い靴と十分な防寒対策が欠かせませんが、雪に黒く浮かび上がる大スギの姿は、その手間に十分応える絶景です。

周辺の見どころ

虫川の大スギは、まだ国際的には知られざる上越内陸部の自然と文化を巡る旅の起点としてもおすすめです。半日から一日かけて、ゆったりとした時間の流れを味わうことができます。

ほくほく線で隣のうらがわら駅まで足を延ばせば、旧浦川原村の中心地で、地元産の蕎麦や山菜を使った小さな食堂や直売所に出会えます。さらに南へ車を走らせると安塚区に至り、雪質のよさで知られるスキー場や、茅葺き屋根の集落、味噌漬けや粕漬け、もちもちのおやき、地酒、どぶろく、ジェラートなど、雪国ならではの食文化が広がっています。山あいへ向かえば、複雑な地形を生かした中世山城・大間城跡が、当地の戦国期を静かに語りかけてきます。

近代以降の建築に関心のある方には、明治十六年(一八八三年)に建てられた林富永邸がおすすめです。杉苔の枯山水庭園と借景の山並みが調和した名庭は、大スギの境内とはまた違った静謐の美を伝えます。海側へ抜けて直江津・高田方面まで足を延ばせば、高田城址公園、上越市立歴史博物館、そして冬の歩行者を雪から守る雁木造りの町並みなど、上越市ならではの文化資源にも出会えます。

Q&A

Q虫川の大スギの樹齢はどのように推定されているのですか。
A一般に樹齢千二百年以上と伝えられています。これは幹周りの大きさ、近縁の巨樹の成長速度、そして平安時代創建と伝わる白山神社にすでにあったとされる地域の伝承に基づく推定値です。古木の健康を守るため、幹を傷つける年輪測定は行わないのが通例で、正確な年代は特定されていません。
Q拝観料はかかりますか。また、おすすめの季節はいつですか。
A拝観料は無料で、境内は通年開放されています。最も見応えがあるのは、新緑と苔が美しく、四月二十九日に春祭りが行われる四月下旬から六月上旬にかけてと、雪化粧した姿が幻想的な厳冬期です。
Q公共交通機関で訪れることはできますか。
Aはい、十分可能です。東京方面からは上越新幹線で越後湯沢駅まで、そこから北越急行ほくほく線に乗り換え、その名も「虫川大杉駅」で下車。駅から境内まで徒歩約十分で到着します。駅名そのものが大スギに由来している、文化財としては珍しい立地です。
Q幹の補修跡や、かつて見られた銅板はどのような経緯のものですか。
A江戸時代の大雪で大枝が折損し、幹に空洞が生じました。長らく銅板で覆って保護していましたが、平成二十九年(二〇一七年)に「虫川の大スギを守る会」が樹木医に依頼して樹勢回復治療を実施し、銅板を杉皮に張り替えました。現在は、より自然に近い形で大切に守られています。
Q大スギに触れたり、神社にお参りしたりしてもよいのですか。
A幹や根を保護するため、樹木に触れたり登ったりすることはご遠慮ください。一方、根元の白山神社へのお参りは歓迎されています。一礼、二拍手、心静かに祈り、最後に一礼という、神社参拝の一般的な作法でお参りください。

基本情報

名称 虫川の大スギ(むしかわのおおすぎ)
指定区分 国指定天然記念物(昭和十二年〔一九三七年〕四月十七日指定)
所在地 〒942-0305 新潟県上越市浦川原区虫川一四九二(白山神社境内)
推定樹齢 千二百年以上
樹高 約三十メートル
目通り(胸高周囲) 約十.六メートル
枝張り 東西約二十七メートル/南北約二十メートル
樹種 スギ(Cryptomeria japonica)― ウラスギ
アクセス 北越急行ほくほく線「虫川大杉駅」から徒歩約十分/北陸自動車道「上越IC」または「柿崎IC」から車で約三十分
駐車場 約十台(無料)/トイレあり
拝観料 無料/通年開放
問い合わせ 上越市浦川原区総合事務所 産業グループ(TEL:025-599-2302)

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁・国立情報学研究所)「虫川の大スギ」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138124
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/851
上越市公式ホームページ「虫川の大スギ(国指定天然記念物)」
https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/uragawara-ku/mushigawa-oosugi.html
上越市公式ホームページ「地域の宝 虫川の大スギ」
https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/bunkagyousei/chikinotakara-r2-no11.html
上越観光Navi(上越市公式観光情報サイト)「虫川の大スギ」
https://joetsukankonavi.jp/spot/detail.php?id=48
にいがた観光ナビ「虫川の大スギ」
https://niigata-kankou.or.jp/spot/14455
日本樹木医会「虫川の大スギ」
https://jumokui.jp/tree-data/虫川の大スギ/

最終更新日: 2026.04.30