越後・佐渡のいらくさ紡織習俗

昭和48年(1973年)11月5日、文化庁は新潟県の越後・佐渡に残る一つの手仕事を、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択した。華やかな製品名も、有名な保護団体もない。記録されたのは、山野に生えるイラクサ科の草から繊維を採り、糸に績んで布へ織るという、木綿が広まるよりずっと古い暮らしの技術である。

原料となるのは、あおそ・あかそ・からむしと呼ばれるイラクサ科の植物。昭和40年代の時点で、この習俗は魚沼地方の一部と佐渡の限られた地区に、わずかな家でのみ続いていた。重要無形民俗文化財としての指定ではなく、消える前に詳細を書き残すための「記録選択」という扱いがとられたのは、それだけ伝承が細っていたためである。

木綿が広まる前の衣

江戸時代に木綿が農村へ行き渡る以前、また麻が広く栽培される以前、人々は身近な植物から衣料の繊維を得ていた。イラクサ科の草はその代表格である。茎の内側には靭皮繊維と呼ばれる長く丈夫な繊維があり、専用の畑も大がかりな道具もなしに、剥いで裂いて糸にできる。越後・佐渡の習俗は、栽培作物ではなく野生の草から布を起こす、その古い衣生活の数少ない生き残りだった。

選択にあたっては、特定の保護団体を定めず記録を残す方針がとられた。その成果が、昭和50年(1975年)刊行の『紡織習俗1(新潟県・徳島県)』である。無形の民俗資料記録の第20集にあたり、新潟のいらくさ紡織と、徳島・阿波の太布づくりという、野生植物から布を得る二つの地方の知恵が並べて収められた。

三つの草を見分ける

三種のうち最もよく知られるのがからむしである。植物学でいう苧麻(ちょま、Boehmeria nivea)にあたり、精製した繊維を青苧(あおそ)と呼ぶ。後で触れる越後の高級麻織物の原料そのもので、条件がよければ細く、艶があり、驚くほど強い糸になる。

あかそは、その野生の近縁種である。学名はBoehmeria silvestrii。茎や葉柄が赤みを帯びることからこの名がついた。山道のへりや林縁に人手をかけずとも育ち、干した茎皮からは茶色のやや粗い繊維がとれる。からむしが手をかけて育てる草だとすれば、あかそは採りに行く草だった。

記録に挙がる三つ目の「あおそ」は、独立した植物というより、からむしから採れた繊維そのものを指すことが多い。草と、そこから生まれる糸との境目があいまいなまま呼び分けられてきた、古い手仕事の言葉づかいがうかがえる。

作業は草の都合に従って進む。茎を刈り、皮を剥ぎ、内側の繊維を手で取り分ける。績み手はその繊維を髪のように細く裂き、端と端をより合わせてつないでいく。糸車ではなく指先で績むこの作業は時間がかかり、織りもまた、体で経糸を張る簡素な機で行われた。

習俗から、名高い布へ

いらくさ紡織習俗を育てた魚沼の山々は、日本を代表する麻織物も生んでいる。手績みの苧麻糸で織る小千谷縮・越後上布は、昭和30年(1955年)に染織として初めて国の重要無形文化財に指定され、平成21年(2009年)にはユネスコ無形文化遺産に登録された。平織のものが越後上布、表面に細かなしぼを出したものが小千谷縮である。

素朴な習俗と最高級の反物は、同じ繊維でつながっている。どちらも苧麻を手で績む点は変わらない。ただし上布・縮は、糸を極限まで細く裂き、染める前に絣をくくり、冬の終わりに雪の上で布を白く晒すという、はるかに精緻な技へ磨かれていった。原料の青苧は現在、本州で唯一の産地である福島県昭和村のものが多く使われている。素朴な習俗を知りたい旅行者にとって、見学しやすいのはこの洗練された後裔のほうだろう。

訪ねるなら

いらくさ紡織習俗は、建物でも場所でもなく、人の手と頭に宿る知識である。選択の説明にあるとおり伝承はごくわずかで、ふらりと訪ねて野草の糸績みを見られる村があるわけではない。今も触れられるのは、同じ地域に息づく織物文化のほうだ。

小千谷市総合産業会館サンプラザには、反物を集めた匠之座と、機織りを試せる織之座がある。小千谷へは上越新幹線で越後湯沢または長岡まで行き、上越線に乗り換えるのが便利で、新潟駅からは鉄道でおよそ90分。冬の終わりに塩沢・南魚沼のあたりを訪れれば、雪原に反物を広げて白く晒す光景に出会えることがある。雪深いこの地で麻織物が根づいた理由が、目の前で腑に落ちる。

もう一つの伝承地である佐渡へは、新潟港からフェリーで渡る。金山や佐渡おけさで知られる島だが、野の繊維を布にする暮らしもまた、自給的な島文化の一筋であった。その面影は島内の資料館でたどることができる。

Q&A

Q越後上布や小千谷縮と同じものですか。
A別のものです。いらくさ紡織習俗は、野生のイラクサ科植物から布を作る広い民俗で、昭和48年(1973年)に記録選択されました。越後上布・小千谷縮は栽培した苧麻を使う、より精緻な工芸で、昭和30年(1955年)に重要無形文化財に指定されています。繊維と地域は共通しますが、位置づけが異なります。
Q習俗そのものを見学できますか。
A実際には難しいといえます。伝承はごくわずかで、保護団体も公開施設も定まっていません。関連する手仕事を見たい場合は、機織り体験のできる小千谷市総合産業会館サンプラザがおすすめです。
Qあおそ・あかそ・からむしとは何ですか。
Aいずれもイラクサ科の植物です。からむしは苧麻(Boehmeria nivea)で良質な繊維をとる栽培植物、あかそ(Boehmeria silvestrii)は茎の赤い野生の近縁種、あおそは独立した種というより、からむしから採った繊維を指すことが多い呼び名です。
Q訪れるのに良い季節はいつですか。
A2月から3月ごろの冬の終わりが見どころです。塩沢・南魚沼の一帯で、織り上げた布の雪さらしを見られることがあります。麻織物は蒸し暑い夏の着物でもあり、夏に産地を歩くのも理にかなっています。
Q小千谷へのアクセスは。
A上越新幹線で越後湯沢か長岡へ向かい、上越線に乗り換えます。新潟駅からは鉄道でおよそ90分です。

基本情報

名称越後・佐渡のいらくさ紡織習俗(えちご・さどのいらくさぼうしょくしゅうぞく)
区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(記録選択)
選定年月日昭和48年(1973年)11月5日
伝承地新潟県 魚沼地方および佐渡
保護団体特定せず
原料イラクサ科の植物(あおそ・あかそ・からむし=苧麻)
記録『紡織習俗1(新潟県・徳島県)』無形の民俗資料記録 第20集(昭和50年/1975年)
公開状況無形の習俗のため専用の公開施設はなし。関連する織物工芸は小千谷市・南魚沼市で見学・体験できる。

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/136644
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/309
小千谷市 小千谷縮・越後上布
https://www.city.ojiya.niigata.jp/soshiki/nigiwai/ojiyachijimi-bunkaisan.html
にいがた観光ナビ 小千谷縮・越後上布
https://niigata-kankou.or.jp/spot/6093
昭和村 からむし織
https://www.vill.showa.fukushima.jp/introduction/365/

最終更新日: 2026.06.03