2棟が登録された、軽便鉄道の跡

旧頸城鉄道は、新潟県上越市頸城区百間町字二番割257-17にある鉄道施設で、2棟が2023年(令和5年)8月7日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。古いほうの機関庫は1914年に建てられている。

2棟は、機関庫と旧本社である。所有は頸城自動車株式会社である。

文化庁は旧本社を、頸城平野の東西を結んだ軽便鉄道会社の本社社屋、と記す。軽便鉄道は線路の幅が狭い小規模な鉄道をいう。

名称そのものに、いまの用途が入る

文化財の名前が、二つの呼び名を括弧で併せている。

機関庫の名称は、旧頸城鉄道機関庫(くびき野レールパーク車両展示資料館)である。

旧本社の名称は、旧頸城鉄道旧本社(軽便鉄道資料館)である。

括弧の前が建てられたときの用途、括弧の中がいまの用途になる。機関庫は車両を展示する資料館に、本社は鉄道の資料館に変わっている。

旧学習院初等科正堂や旧集成館機械工場では、旧の一字が付くだけだった。観音正寺札堂では、もとは三十三観音を祀ると解説文に書かれていた。

本件は名称の欄そのものが、前の用途と今の用途を並べる。鉄道の施設が博物館になったことが、名前に残る。

登録が2023年で、ここまでで最も新しい

登録された年が、これまで扱ったどの物件よりあとになる。

2棟の登録年月日は、いずれも2023年8月7日である。

観音正寺の7棟は2021年、城崎温泉ロープウェイの3棟は2017年、古川家住宅の4棟は2007年である。

樟徳館の6棟は2000年、三菱電機高輪荘の3棟も2000年だった。

本件はそれらより新しい。廃止された鉄道の施設が、近年になって文化財として扱われるようになったことになる。

文化庁は機関庫を、軽便鉄道の歴史を地域に留める、と結ぶ。路線そのものは残らないが、建物が残る。

洋式の技法が、二棟それぞれに入る

木造でありながら、西洋から来た作りが用いられている。

機関庫について文化庁は、小屋組キングポスト・トラス、と記す。キングポスト・トラスは中央に一本の束を立てる三角形の骨組で、洋式の小屋組にあたる。

旧本社については、持送りにセセッションを取り入れた、地域のシンボル的洋風建築、とされる。

セセッションは19世紀末のウィーンに起こった様式をいう。持送りは軒を支える部材である。

樟徳館主屋では和洋折衷の室内意匠、三菱電機高輪荘では和館洋館併存型とされた。あちらは和と洋が棟や室で分かれる。

本件は骨組と装飾という、別々の部分にそれぞれ洋式が入る。外壁は下見板張、軒廻りはペンキ塗である。

二棟で、規模も階数も違う

同じ敷地にありながら、建物の性格が分かれる。

機関庫は木造平屋建、瓦葺、建築面積306平方メートルである。東西全長約40メートル、とされる。

旧本社は木造2階建、瓦葺、建築面積91平方メートルである。

機関庫は本社の3倍を超える。車両を納めるため、長く低い建物になる。

年代も、機関庫が大正の1914年、旧本社が昭和前の1942年で、28年離れる。

路線が先に敷かれ、会社の社屋があとから建ったことになる。機関庫は路線のほぼ中間地点にある、とされる。

見学

所在は新潟県上越市頸城区百間町字二番割257-17で、所有は頸城自動車株式会社である。

機関庫は南面に横長窓を連ね、高窓も設けて採光する、とされる。東面の車両出入口は元は扉を吊り、アーチ形の枠が残る。

旧本社は風除室と階段を角屋に収め、内部の大壁腰板張は昭和戦前の雰囲気を留める、とされる。

いずれも資料館として使われており、名称にもその旨が入る。

公開の有無や時間は運営者の定めによる。訪問前に確認したい。

参考文献

文化遺産オンライン 旧頸城鉄道機関庫
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/598870
文化遺産オンライン 旧頸城鉄道旧本社
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/605139
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/
上越市
https://www.city.joetsu.niigata.jp/

最終更新日: 2026.09.16

基本情報

名称旧頸城鉄道
所在地新潟県上越市頸城区百間町字二番割257-17
所有者頸城自動車株式会社
指定登録有形文化財 2件
座標37.18364, 138.32850