雪の堂内で、半裸の男たちが押し合う

三月第一土曜日の夜、二メートルを超える雪に囲まれた御堂のなかで、数百人の男たちが上半身裸のまま、深夜まで押し合いを続ける。目指すのは堂の最も高い場所に祀られた毘沙門天。その前へ少しでも近づこうとして、肌と肌がぶつかり合う。新潟県南魚沼市浦佐、真言宗普光寺の毘沙門堂で行われる「浦佐毘沙門堂の裸押合」である。

文化庁はこの行事を、平成30年(2018年)3月8日に重要無形民俗文化財に指定した。男たちが押し合うのは競技のためではない。寒さの底にある越後の冬に、あえて衣を脱ぎ、除災招福と五穀豊穣を毘沙門天に願う祈りの所作である。堂の外には深い雪、堂の内には人いきれと大ローソクの炎。この対比から、地元では雪と炎の祭りとも呼ばれてきた。

祭りの場となる毘沙門堂は、真言宗普光寺の境内に建つ。来訪者の多くは行事全体を「浦佐毘沙門堂裸押合大祭」と呼ぶが、文化財として指定されているのは押合いそのもの、すなわち地域が世代を越えて受け継いできた一連の習俗である。

辺境の御堂から、越後を代表する祭りへ

寺伝によれば、毘沙門堂の創建は大同2年(807年)。坂上田村麻呂がこの地に御堂を建て、守護仏として毘沙門天を祀ったと伝わる。どこまでが史実でどこからが伝承かを切り分けることはできないが、この年代が、約千二百年の歴史というしばしば語られる数字の根拠になっている。

押合いの行事そのものに、はっきりした起源の記録はない。かつては単に「堂押(どうおし)」と呼ばれた。江戸後期にはすでに越後の雪国を代表する大きな祭りとして知られ、鈴木牧之が天保年間に著した『北越雪譜』にも「浦佐の堂押」として取り上げられている。牧之は、人の熱気で堂内が燃えるように熱くなる活況を書き留めた。

暦は、この祭りの変化をそのまま映している。行事は長く正月3日に行われてきたが、明治5年(1872年)の改暦にともなって3月3日へと移った。さらに令和2年(2020年)からは3月第一土曜日に変更されている。訪れる際には、その年の日程を事前に確かめておきたい。

浦佐は、越後平野と内陸を結ぶ三国街道の宿場町として、また魚野川の河川交通の要として発達した。毘沙門堂の門前町でもあり、定期的に立った毘沙門市には日用品から各種の物資、近在の商人が集まった。昭和57年(1982年)に上越新幹線が開通して浦佐駅が置かれると、交通の便は大きく改善し、参詣者は増え、市外からの押合いへの参加もみられるようになった。

なぜ文化財に指定されたのか

国による評価は、二段階で進んだ。平成16年(2004年)にまず、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択された。その十四年後の平成30年(2018年)、より重い重要無形民俗文化財へと格上げされている。

指定の根拠となったのは、この習俗が日本人の基盤的な生活文化の特色を典型的に示すものだ、という判断である。いくつかの点がそれを支えている。祭りの核には農耕の祈願がある。豊作という共同体の安寧が、儀礼の積み重ねによって守られるという世界観である。さらに行事は、個人の熱意ではなく明確な社会組織によって担われ、長い年月にわたって認識できる形を保ちながら、暦の変更が示すように現実に合わせて柔軟に姿を変えてきた。

行事を支える組織は二つある。ひとつは浦佐多聞青年団。満30歳までの地元の若者で構成され、団長以下、庶務、内陣、ローソク、警備など各種の役が年齢階梯的に定められている。昭和27年(1952年)、団員が減って運営に支障をきたしかけた旧来の青年団を再編して生まれた。祭りへの参加と奉仕は、若者がこの地域で一人前と認められていく通過儀礼でもある。もうひとつは講中の存在である。新潟県内を中心に各地に組織された信仰の集まりで、大ローソクや餅といった奉納物を通じて祭りを経済的に支えている。

当夜の見どころ

大祭の一日は、静かに始まる。早朝から堂内で大護摩修行が行われ、稚児行列、講中による餅の奉納が続く。大護摩の火に当てられた餅は福餅となり、のちに講中へ配られ、参詣者にも撒かれる。

昼の行事が終わると、堂内は押合いに向けて整えられる。毘沙門天の前に一段高い内陣をしつらえ、ネコと呼ばれる分厚い藁の敷物を床に敷き、四本柱に据えた大ローソクに火を入れる。ローソク一本の重さはおよそ30から50キログラム。地元の一家が、家に伝わる製法で造り上げる。この灯りゆえに、行事は「大ローソク祭り」とも呼ばれる。

参加者の支度は堂の外で進む。ハンタコと呼ばれる下衣をつけ、腹に晒を巻き、白足袋を履く。上半身は裸である。男たちは列を組んで普光寺へ向かい、境内のうがい鉢と呼ばれる水場で、凍える闇のなか肩まで身を沈める。この水行は順番が決まっており、多聞青年団、ローソク講中、中学生、一般参加者と続く。青年団は水行のあと、稲の刈り取りの所作をかたどった豊年踊りを奉納する。

そして押合いが始まる。男たちは堂内へ流れ込み、内陣へと押し寄せる。群衆を押し分けて内陣にたどり着き、内陣係に引き上げられた者だけが、毘沙門天への参拝を許される。夜のあいだに三度、内陣の中央から福物が撒かれる。餅、穀種、金盃や銀盃。奉納物の名を記した木札が群衆に投げ込まれ、男たちは「サンヨ、サンヨ」の掛け声とともにこれを奪い合う。木札は祭りの後、記された品物と引き換えられる。同じころ、隣に建つ別行殿の屋根からは弓張提灯が撒かれる。奪い合いで提灯は壊れるが、その骨組を一本でも田の水口にさせば豊作になるといわれている。

佳境は深夜に訪れる。年男が、青年団の肩に担がれて入堂する。年男は、堂守をつとめてきた地元の一家の当主が世襲で担う役で、烏帽子を被り狩衣と袴をまとった正装で本尊と向かい合う。音頭取の歌に合わせてササラを擦り、豊作の唱え事をする。それを合図に、押し合っていた男たちは年男の周りに二重、三重の輪をつくり、足を踏み鳴らしながら左回りにまわりはじめる。最後に年男は胴上げされ、ササラは本尊の厨子に納められる。住職が、大護摩の灰を型にとった12体の毘沙門天の御灰像と2組の大鏡餅を堂内に撒いて、行事は幕を閉じる。

浦佐の周辺へ

祭りの舞台である浦佐は、コシヒカリと、雪解け水で醸す酒で全国に知られる南魚沼の一角にある。祭りを取り囲む豪雪は、男たちが豊作を願うその田を潤す水でもある。この土地で押合いを見ると、祈りの対象が抽象ではないことが実感として伝わってくる。

浦佐駅は上越新幹線の停車駅で、東京や新潟からの日帰りも難しくない。ただし押合いが深夜に及ぶことを考えれば、宿泊を組み込むほうが無理がない。南には越後湯沢の温泉地が列車で短時間の距離にあり、周囲の山々には祭りの季節も営業するスキー場が点在する。雪国そのものに関心のある旅人なら、鈴木牧之が『北越雪譜』に記した風景が、今もこの一帯に広がっている。

Q&A

Qいつ行われますか。見学に予約は必要ですか。
A大祭は3月第一土曜日で、前日に前夜祭の行事があります。境内からの見学に予約は不要です。ただし開催日や詳しい時程は年によって変わるため、普光寺の告知で事前に確認してから出かけてください。
Q見学者も押合いに参加できますか。
A一般参加は男性に開かれており、地域外からの参加も可能です。必要な晒は会場でも販売されています。ただし参加すれば冷水での水行と、凍える堂内で数時間を過ごすことになります。見学だけなら、境内から落ち着いて眺めることができます。
Qなぜ押し合うのですか。なぜ裸なのですか。
A押合いは、御開帳の際に毘沙門天へ我先に参拝しようとする参詣者のもみ合いから生まれたと伝わります。そこに、参前の前に冷水で身を清める水行の習慣が重なり、上半身裸で本尊に額づく習俗が定着して、現在の押合い祭りへと受け継がれました。
Qどのくらい寒いですか。見学の服装は。
A行事は深い雪のなかで行われ、境内には二メートルを超える雪が積もることも珍しくありません。押合いは深夜まで続きます。見学する場合は、本格的な冬の寒さに備えた服装と、踏み固められた雪や氷に対応できる暖かく滑りにくい靴を用意してください。
Qどうやって行けばよいですか。
A上越新幹線の浦佐駅から普光寺まで徒歩約7分です。車の場合は関越自動車道の小出インターチェンジまたは六日町インターチェンジから約15分。一般車両用の駐車場はありますが、祭り当夜は交通規制が敷かれるため、公共交通機関の利用が無難です。

基本情報

名称浦佐毘沙門堂の裸押合(うらさびしゃもんどうのはだかおしあい)
所在地新潟県南魚沼市浦佐 普光寺 毘沙門堂
指定区分重要無形民俗文化財(平成30年〔2018年〕3月8日指定/平成16年に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択)
種別風俗慣習・祭礼(信仰)
開催時期3月第一土曜日(前日に前夜祭。令和2年に3月3日から変更)
保護団体浦佐毘沙門堂裸押合大祭委員会
アクセスJR上越新幹線 浦佐駅から徒歩約7分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 浦佐毘沙門堂の裸押合
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/00000951
越後浦佐 普光寺 公式サイト 裸押し合い大祭
https://www.bisyamonnosato.com/taisai/
新潟県 南魚沼・湯沢の魅力 浦佐毘沙門堂裸押合大祭
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/minamiuonuma-miryoku/1356888425464.html
南魚沼市観光協会 浦佐毘沙門堂裸押合大祭
https://m-uonuma.jp/events/event/浦佐毘沙門堂裸押合大祭/

最終更新日: 2026.05.25