大河津分水洗堰とは

大河津分水洗堰は、新潟県燕市の信濃川と大河津分水の分岐点に大正11年(1922年)に築かれた鉄筋コンクリート造の堰で、平成14年(2002年)2月14日に国の登録有形文化財(建造物)となった(文化庁)。文化庁の登録名のふりがなは「おおこうづぶんすいせんせき」、燕市は「おおこうづぶんすいあらいぜき」と読みを示している。

文化庁の記録では、鉄筋コンクリート造、27門、延長146メートルで、管理橋1基と門扉27枚が付く。登録番号は15-0116、所有者は国(国土交通省)である。

越後平野を水害から守る堰

文化庁によれば、大河津分水洗堰は越後平野を水害から守るため、放水路とともに信濃川の河口から約60キロメートルの地点に築かれ、信濃川本川へ流す水量を調節した。

燕市によれば、洗堰は「横田切れ」の水害を受けて明治42年(1909年)に始まった国直轄の信濃川改修工事のひとつで、大河津分水が通水した年に完成した。平成12年(2000年)に上流側に新しい洗堰ができ、約80年働いた旧洗堰は現在公園として整備されている。

登録有形文化財としての価値

大河津分水洗堰は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は、内務省直轄の信濃川改修工事の代表的な遺構のひとつで、日本で最初の本格的な鉄筋コンクリート造の堰であるとしている。

見どころ

26基の堰柱が連なる延長約146メートルの大規模な鉄筋コンクリート造の構造物で、管理橋と27枚の門扉が付く(文化庁)。

国土交通省信濃川河川事務所は、旧洗堰では大正時代の土木技術に間近で触れることができると紹介している。

見学について

燕市と国土交通省によれば、役目を終えた旧洗堰の一帯は公園として整備されている。開園時間などの公式の案内は見当たらないため、訪問前に確認したい。

所在地は燕市大川津字井戸下地先(文化庁)。文化財については燕市社会教育課文化振興係(電話0256-63-7002)が窓口である(燕市)。

Q&A

Q大河津分水洗堰はいつ築かれましたか?
A大正11年(1922年)です(文化庁)。
Q大河津分水洗堰はなんと読みますか?
A文化庁は「おおこうづぶんすいせんせき」、燕市は「おおこうづぶんすいあらいぜき」としています。
Q何のための堰ですか?
A越後平野を水害から守るため、信濃川本川へ流す水量を調節しました(文化庁)。
Qなぜ重要なのですか?
A日本で最初の本格的な鉄筋コンクリート造の堰とされています(文化庁)。
Q大河津分水洗堰が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成14年(2002年)2月14日です。

基本情報

名称大河津分水洗堰(おおこうづぶんすいせんせき)
所在地新潟県燕市大川津字井戸下地先
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成14年(2002年)2月14日登録
員数1基
寸法鉄筋コンクリート造、27門、延長146メートル、管理橋1基及び門扉27枚付
所有者国(国土交通省)
公開状況公園として整備

参考文献

大河津分水洗堰(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002624
燕市文化財だより 第11号(燕市)
https://www.city.tsubame.niigata.jp/material/files/group/29/bunnkazaidayori11.pdf
信濃川とともに暮らすカタチ まわりにとけこむかたち(国土交通省 信濃川河川事務所)
https://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/shinanogawa_info/naruhodo/pdf/design35.pdf

最終更新日: 2026.10.14