大の阪 — 七拍の太鼓に合わせ、ゆっくりと回る念仏の盆踊り
毎年八月の三晩、新潟県魚沼市堀之内の八幡宮境内に、丸木で組んだ高さ六メートルほどの踊り櫓が立つ。櫓の上には太鼓が一張据えられ、四隅には提灯、中央には盆踊歌の詞章を側面に記した二メートルほどの六角灯籠が吊り下げられる。その下で人びとが左回りにゆっくりと輪を描く。流れる節は、夏祭りでよく耳にする軽快な音頭とはまるで違い、御詠歌に近い哀調を帯びている。
これが大の阪。盂蘭盆の八月十四日から十六日、先祖の霊が帰ってくるとされる三日間に踊られる盆踊りである。平成十年(一九九八年)に国の重要無形民俗文化財に指定され、令和四年(二〇二二年)には「風流踊」の一つとしてユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載された。
縮商人が持ち帰ったと伝わる踊り
堀之内は魚沼の豪雪地帯にあり、越後と江戸を結んだ三国街道の宿場として栄えた。近世には小千谷や十日町とともに越後縮(えちごちぢみ)の集散地となり、街道と織物の市で人と物が行き交う町だった。
大の阪の起源を記した確かな資料は残っていない。地元では、商用で上方とのあいだを盛んに往復していた縮商人が、道中で覚えた歌や踊りを持ち帰ったものと言い伝えられている。近世には盆の十三日から十六日まで、各家に提灯を掲げ、本陣を中心に町じゅうを一晩中踊り流したという。裕福な家では酒や食事を供して踊りの輪を盛り上げた。
その伝承は一度ならず途絶えかけている。幕末の戊辰戦争の混乱や明治初年の禁令の影響を受け、明治末から大正にかけて衰えた。これを惜しんだ堀之内の青年たちが昭和初年に歌と踊りを再現して復興させたが、日中戦争から第二次世界大戦の終結までふたたび中絶する。戦後あらためて復活し、現在まで続いている。
歌と太鼓、そして七拍のリズム
大の阪を特徴づけているのは、その音である。盆踊歌は櫓上の太鼓の拍子(七拍)に合わせてゆったりと歌われ、五・五・七・五の歌詞が一五番残っている。音頭取りは二組に分かれ、双方が詞章を交互に歌い合う掛け合い式で、一番を二分以上かけて歌う。歌の合間に入る笛の間奏は古くからのものではなく、昭和初年に復興した際に加えられたものという。
名称は歌詞そのものから来ている。各番は「大の阪、七曲がり」という詞章で始まり、その冒頭の一句が踊りの名となった。一五番すべてに「南無西方(なむさいほう)」という文句が入り、阿弥陀仏の西方浄土を念じる言葉が繰り返される。御詠歌調のゆっくりとした曲調とあいまって、この踊りは別に「念仏踊」とも呼ばれ、地元では今も祖先供養のための踊りであることが明確に意識されている。
踊りの所作も音に寄り添う。足の運びと手振りは太鼓の七拍に合わせた素朴なもので、輪は左へと回る。昔はハスの葉を頭に載せて踊ったといわれるほど緩やかな動きで、都市の祭りのような華やかさはない。古風で、ひそやかな優美さと、節に流れる哀しみの調子がこの踊りの輪郭を形づくっている。
指定の理由
大の阪が評価されたのは、多くの地域の盆踊りが娯楽の色を強めるなかで、死者の供養と直接結びついた古い盆踊りの性格を保っている点にある。禁令や戦争、二度の長い中絶を経ながら、そのつど地元の手で復活させてきた歩みも価値の一部であり、他地域の盆踊りと区別される地域的特色も顕著とされる。
令和四年のユネスコ登録では、大の阪は二四都府県の四一件の風流踊の一つに数えられた。いずれも国の重要無形民俗文化財に指定されている。風流踊は、室町末期から近世にかけて流行した集団舞踊で、太鼓・笛・鉦などの囃子に合わせて踊られ、除災や豊作祈願、雨乞い、死者供養といった人びとの祈りが込められている。今回の登録は、平成二十一年(二〇〇九年)に記載されていた神奈川県の「チャッキラコ」に追加する形で行われた。
見るだけでなく、輪に入る
大の阪は開かれた踊りである。見物人も輪の外から眺めるだけでなく、飛び入りで踊りに加わってよい。服装の決まりもなく、浴衣に草履が本来の装いではあるものの、普段着での参加も認められている。所作は緩やかで繰り返しが多いため、慣れた踊り手の後ろについて一、二番も踊れば、自然と動きをつかめるだろう。
堀之内へは鉄道で行きやすい。会場の八幡宮境内は、JR上越線の越後堀之内駅から徒歩約五分。車なら関越自動車道の堀之内インターチェンジから約七分だが、会場周辺は駐車場が少ないため、魚沼市役所堀之内庁舎の駐車場を利用して歩くよう案内されている。踊りは夕方から行われるので、町で早めに食事をすませてから向かうとよい。
周辺には足を延ばす価値がある。魚沼は雪解け水を引いた田で育つコシヒカリの産地として知られ、堀之内を囲む山々は秋に深く色づく。八月の日程に合わない旅行者には、同じ町で九月に行われる屋台囃子の「十五夜まつり」もある。
Q&A
- 大の阪はいつ、どこで行われますか。
- 毎年八月十四日・十五日・十六日の夕方、新潟県魚沼市堀之内の八幡宮境内で行われます。盂蘭盆にあたる日付で、年によって変わることはありません。
- 見物客も踊りに参加できますか。
- できます。飛び入り参加が認められており、服装の決まりもありません。所作はゆっくりとして素朴なので、輪のなかで周りに合わせて踊れば覚えられます。浴衣は本来の装いですが必須ではありません。
- なぜ「念仏踊」とも呼ばれるのですか。
- 歌の一五番すべてに、阿弥陀仏の西方浄土を念じる「南無西方」という文句が入り、節も御詠歌調のゆっくりとしたものだからです。祖先供養の踊りとして意識されてきたため、念仏の語が添えられています。
- 「大の阪」という名前の由来は何ですか。
- 盆踊歌の歌い出しに由来します。各番が「大の阪、七曲がり」という詞章で始まり、その冒頭の一句がそのまま踊りの名称になりました。地名や人名から来た名ではありません。
- 堀之内へのアクセスを教えてください。
- 会場はJR上越線の越後堀之内駅から徒歩約五分です。車では関越自動車道の堀之内インターチェンジから約七分ですが、周辺は駐車場が少ないため、魚沼市役所堀之内庁舎の駐車場の利用が案内されています。
基本データ
| 名称 | 大の阪(盆踊り) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県魚沼市堀之内 八幡宮境内(〒949-7413) |
| 指定区分 | 重要無形民俗文化財(平成十年〈一九九八年〉十二月十六日指定) |
| ユネスコ登録 | 令和四年(二〇二二年)十一月三十日、「風流踊」の一つとして人類の無形文化遺産の代表的な一覧表に記載 |
| 開催 | 毎年八月十四日・十五日・十六日の夕方 |
| 保護団体 | 大の阪の会 |
| 歌 | 五・五・七・五の歌詞が一五番現存。七拍の太鼓に合わせて歌う |
| アクセス | JR上越線・越後堀之内駅から徒歩約五分。関越自動車道・堀之内ICから車で約七分。駐車は魚沼市役所堀之内庁舎の駐車場を利用 |
| 参加 | 見物客の飛び入り参加可。服装の決まりなし |
参考文献
- 大の阪 — 文化遺産オンライン(文化庁・国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189402
- 国指定重要無形民俗文化財 盆踊り「大の阪」 — 魚沼市
- https://www.city.uonuma.lg.jp/page/2582.html
- 盆踊り「大の阪」 — 魚沼市観光協会
- https://www.iine-uonuma.jp/activity/traditional_events/dainosaka/
- 「風流踊」のユネスコ無形文化遺産代表一覧表への登録 — 外務省
- https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press3_001008.html
最終更新日: 2026.06.03