大須戸能 ― 村の人びとが受け継ぐ、庄内黒川能の系譜

毎年4月3日、新潟県村上市大須戸の八坂神社で、能舞台に謡と笛と鼓の音が立ち上がる。舞台に立つのは職業の能楽師ではない。この山あいの集落に暮らす住民であり、彼らが世代を超えて演じ続けてきた能狂言が、大須戸能である。役の一部は同じ家に代々受け継がれ、その伝承は記録のうえだけでも150年を超える。

大須戸能は、山形県庄内地方の黒川能の流れを汲む。源流をたどればそこに行き着くが、見どころは黒川能の写しである点ではない。ひとつの芸能が村から村へと移り、土地と舞台の条件に合わせて姿を変えていく。その過程を今の舞台のうえで確かめられることに、この能の面白さがある。

弘化元年の冬、一人の能役者から

伝えによれば、始まりは弘化元年(1844年)の冬である。庄内黒川の能役者・蛸井甚助が大須戸を訪れ、庄屋の中山与惣右衛門の家に逗留した。その滞在中、甚助は村人に式三番と、黒川能の下座伝承曲15曲を教えたという。村の男たちは能の社中をつくり、数年にわたって稽古を重ねた。

八坂神社での演能記録は嘉永4年(1851年)以降のものが残る。「150年以上」という年数は、この記録に基づく。翌嘉永5年(1852年)の古文書には、長く使ってきた能装束が傷んで役に立たなくなったため、新たな奉納を願う旨が記される。この一文から、黒川能が伝わる以前にも何らかの形で能が行われていたのではないかと考える研究者もいるが、確認できる伝承は黒川能伝来以後のものに限られる。

明治期には、さらに能10番と狂言12番が加わった。現在の伝承曲は、式三番のほか脇能物・修羅物・雑能物・切能物を合わせた能26番と、狂言11番である。

二つの区分、二つのレベル

大須戸能には、性格の異なる二つの公的な位置づけがある。ひとつは昭和30年(1955年)の新潟県無形文化財の指定。もうひとつは、平成11年(1999年)12月3日に国が行った「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」への選択である。後者は指定ではなく選択であり、国が記録と保護に値すると認めた段階を指す。源流である黒川能が国の重要無形民俗文化財に指定されているのに対し、大須戸能は一段手前の選択という位置にある。

国が選択の理由として挙げたのは明快だ。大須戸能は黒川能の芸能的な要素を主に受け継いでおり、民俗芸能がどのように土地から土地へ広まり、その過程で変化していったかを示している。生きた芸能が移動し、根づき直す道筋を知るうえで貴重だという評価である。

舞台で見るべきところ

大須戸能には、黒川能との血縁を示す特徴がいくつもある。謡は一語一語にナビキと呼ばれる節回しがつき、笛方は他の囃子方に対して直角の位置に座る。黒川能を見たことがあれば、どちらもすぐに気づくはずだ。

最もはっきりした違いは、演じる場所から生まれた。黒川能は屋内、すなわち当屋の座敷や春日神社の拝殿のなかで演じられる。これに対し大須戸能は、当初から屋外の能舞台で伝承されてきた。声を遠くまで届かせる必要があったぶん、謡も囃子も所作も、源流の黒川能より大きく広やかになっている。実際に見ると、ひとまわり伸びやかに感じられる。

装束にも目を向けたい。近年は専門店から購入したものもあるが、晴れ着や帯地を仕立て直した手作りの装束も使われている。限られた条件のなかで舞台を整えようとした、村の人びとの工夫がうかがえる。儀式能である式三番には世襲制がとられ、翁は中山源左衛門家、千歳は中山栄作家、三番叟は中山一万家が伝えている。

舞台そのものにも短い来歴がある。古くは祭りのたびに組み立てる仮設の舞台だったが、現在の常設舞台は昭和63年(1988年)に新しく建てられたものである。

二つの鑑賞機会と、周辺の見どころ

見る機会は年に二度ある。4月3日に八坂神社の舞台で行われる春の定期能は、二つのうち古くから続く儀式的な公演だ。8月には、国道7号沿いの複合施設・朝日みどりの里の日本庭園特設会場で、夕刻から薪能が演じられる。かがり火の光のもとでは演目の印象が大きく変わり、旅の日程に組み込みやすいのも夏の薪能のほうである。どちらも観覧は無料だが、開催日や条件は年によって変わることがあるため、訪れる前に確認しておきたい。

大須戸は村上市の旧朝日地区にあり、田畑と低い山々に囲まれている。すぐ近くの朝日みどりの里には温泉や農産物直売所があり、縄文時代の出土品を展示する「縄文の里・朝日」も足を延ばせる距離だ。海寄りに出れば、城下町・村上が半日の散策に応えてくれる。お城山に残る村上城跡、町なかに連なる町屋、そして村上木彫堆朱の工房。町を流れる三面川は鮭の川として知られ、イヨボヤ会館では地域の鮭漁の文化を詳しく学べる。宿をとるなら、日本海に面した瀬波温泉がよい。粟島を望む西向きの湯は、県内でも指折りの夕景で知られている。

Q&A

Q大須戸能はいつ、どこで見られますか。
A年に二度の定例の機会があります。春の公演は4月3日、大須戸・八坂神社の能舞台で行われます。夏には8月中旬、朝日みどりの里の日本庭園で薪能が演じられます。いずれも観覧は無料です。日程が変わる場合もあるので、特定の日に合わせて計画するときは、事前に村上市へ確認してください。
Q大須戸の八坂神社へはどう行けばよいですか。
A車では、日本海東北自動車道の朝日まほろばICから国道7号を経由して約12分です。公共交通の場合は、JR羽越本線の村上駅から村上市コミュニティバスの大須戸線に乗り、「大須戸」で下車して徒歩約5分です。駐車場もあります。
Q都市の能楽堂で見る能と、どこが違うのですか。
A都市の能は観世流などの流派に属する職業の能楽師が演じます。大須戸能は地域の住民が受け継ぐ郷土の能で、源流もそれらの流派ではなく山形の黒川能です。謡の節回し、囃子方の座る位置、舞台での所作の大きさなど、随所に違いがあります。
Q国の重要無形民俗文化財に指定されているのですか。
A厳密には異なります。大須戸能は昭和30年(1955年)に新潟県の無形文化財に指定され、平成11年(1999年)には国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択されました。これは記録と保護のための選択であり、指定ではありません。源流の黒川能は国の重要無形民俗文化財に指定されています。
Q周辺にはほかにどんな見どころがありますか。
A城下町の村上は、村上城跡や町屋、堆朱の工房があり、半日の散策に向いています。宿泊と夕景なら海沿いの瀬波温泉が便利です。地域の鮭文化に興味があれば、三面川のほとりのイヨボヤ会館も訪ねる価値があります。

基本情報

名称大須戸能(おおすどのう)
所在地新潟県村上市大須戸・八坂神社
国の区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(1999年12月3日選択)
県の区分新潟県無形文化財(1955年指定)
保護団体大須戸能保存会
伝承曲能26番、狂言11番
由来1844年に庄内黒川能から伝来。1851年以降の演能記録が残る
公演4月3日の定期能(八坂神社)/8月中旬の薪能(朝日みどりの里)
観覧料無料
アクセス朝日まほろばICから国道7号経由で車約12分/JR村上駅からコミュニティバス大須戸線「大須戸」下車
問い合わせ村上市生涯学習課 文化行政推進室(電話 0254-53-7511)

参考文献

大須戸能 ― 文化遺産オンライン(国立情報学研究所/文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189462/7
大須戸能 ― 国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/709
大須戸能 ― 村上市観光協会
https://www.sake3.com/spot/6516
大須戸能定期能 ― 村上市
https://www.city.murakami.lg.jp/site/kanko/oosunonou-teikinou.html
黒川能の心 王祇祭 ― 鶴岡市(源流の黒川能について)
https://www.city.tsuruoka.lg.jp/shisei/shiyakusyo/infomation/kushibiki/kanko/ougisai.html

最終更新日: 2026.06.03