栃ヶ原地すべり集水井とは

栃ヶ原地すべり集水井は、新潟県柏崎市高柳町栃ケ原にある地すべり対策の井戸群で、昭和30年(1955年)と昭和40年(1965年)に造られた第一号・第二号・第三号の3基が、令和元年(2019年)12月5日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されている(文化庁)。登録番号は15-0506から15-0508の連番で、3基とも新潟県が所有する。

集水井(しゅうすいせい)は、地すべりの原因になる地下水を井戸に集め、井戸の中から掘ったボーリングで抜いて川などへ流す施設である(新潟県)。第一号集水井は日本で最初に建設された集水井で、令和2年(2020年)には土木学会の選奨土木遺産にも認定された。

栃ヶ原の地すべりと集水井の誕生

新潟県によれば、栃ヶ原では安政7年(1860年)の地震でできた亀裂に雪解け水が流れ込み、大きな地すべりが起きたと伝わる。その後も地すべりは繰り返し、昭和26年(1951年)の県の調査では1年間に1メートルほどの動きが確かめられた。不規則にゆっくり動く地すべりで、多くの家が移転を余儀なくされた。

それまでの対策は竹製の暗渠や杭柵の排水路だった。県の技師、湊元光春が集水井工を考案し、昭和30年(1955年)に第一号集水井が完成する。栃ヶ原は昭和34年(1959年)に地すべり防止区域に指定され、昭和40年(1965年)に第二号・第三号が加わった。対策工事はその後も続き、いまでは12基の集水井が栃ヶ原の地すべりを抑えている(新潟県)。

3基の位置と働き

3基はいずれも外径4.0メートルの鉄筋コンクリート造の井筒で、深さは第一号が18メートル、第二号と第三号が15メートルである(文化庁)。第二号は第一号の北北西300メートル、第三号は第一号の南西100メートルに位置する。

働き方は少しずつ違う。第一号は岩盤まで沈めた井筒そのものを地すべりへの抵抗体とし、第二号は集めた水をポンプで揚げて周りの水田に使い、第三号は集めた水を地中の管で第一号へ送っている(文化庁、新潟県)。各基の構造や工事のようすは、それぞれのページで扱っている。

見学について

栃ヶ原地すべり集水井の3基は、新潟県のパンフレットの地図で、県道219号に近い栃ヶ原集落の中に示されている。同じパンフレットは、JR柏崎駅から栃ヶ原まで車で約40分(28キロメートル)としている。公共交通での行き方について公的な案内は確認できなかった。

3基とも県が所有する現役の地すべり防止施設で、内部の一般公開や撮影について公的な案内は確認できなかった。県の柏崎地域振興局地域整備部は、地元の小学校などと連携した見学会や、集水井の地下水を使ったテントサウナの体験会(令和3年(2021年)11月)を開いており、栃ヶ原地すべりの歴史を記したパンフレットもウェブで公開している。

参考文献

栃ヶ原地すべり第一号集水井(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013065
栃ヶ原地すべり第二号集水井(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013066
栃ヶ原地すべり第三号集水井(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013067
登録有形文化財・選奨土木遺産 栃ヶ原地すべり集水井について(新潟県 柏崎地域振興局地域整備部)
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/kashiwazaki_seibi/tochigaharayukei.html
栃ヶ原地すべり集水井 パンフレット(新潟県 柏崎地域振興局地域整備部、令和2年3月)
https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/228546.pdf
令和二年度 土木学会選奨土木遺産(土木学会)
https://next.committees.jsce.or.jp/doboku_isan/system/files/2020_tablept.pdf

最終更新日: 2026.11.05

基本情報

名称栃ヶ原地すべり集水井
所在地新潟県柏崎市高柳町栃ケ原
所有者新潟県
指定登録有形文化財 3件
座標37.19470, 138.64538