木造愛染明王坐像(妙高寺)― 川井の里に守られた鎌倉の明王

新潟県小千谷市川井、信濃川の対岸に開ける小さな集落に、駒形山妙高寺がある。その本尊が、毎月26日にのみ厨子の扉を開く木造愛染明王坐像である。像高はおよそ119センチ。獅子の冠を頂き、髪を逆立て、三つの眼をかっと見開いて、口を開いた憤怒相を見せる。六本の腕をもつこの像は、鎌倉時代の作と考えられ、七百年を超えて川井の地に祀られてきた。

愛染明王は、煩悩や愛欲を否定して断ち切るのではなく、それをそのまま悟りへの力へと向けかえる尊格とされる。赤く塗られた身体の色は、その燃えるような情念を示すものと解されてきた。手にする弓と矢は、愛欲との関わりを示し、古くから縁結びの仏として信仰を集めてきた所以でもある。

像は檜材を用い、複数の材を組み合わせて造る寄木造の技法による。表面には今も彩色が残る。制作時期について、国指定文化財等データベースは「鎌倉時代」とのみ記すが、地元の解説では鎌倉時代後期の作と説明されている。確実な作者名は伝わっていない。

指定の理由と価値

本像が重要文化財に指定されたのは、昭和10年(1935)4月30日である。重要文化財は、国宝に次ぐ国の指定区分であり、歴史的・芸術的に高い価値を認められた品に与えられる。憤怒相の張り詰めた表情、六臂の構成の均衡、そして火災や湿気で多くの古像が失われてきた雪深い地で、彩色を残した鎌倉期の木彫が今日まで保たれてきたこと。これらが評価の核にある。

現在この像を荘厳する光背と台座は、像そのものより新しい。指定と同じ昭和10年に、数多くの仏像修理を手がけた新納忠之介の手で制作されたものである。鎌倉期の本体と、近代に整えられた周囲の造作とが組み合わさって、現在の姿が成り立っている。

六臂の持物にも注目したい。五鈷杵とそれに対応する五鈷鈴、金剛弓と金剛矢、そして蓮華を執り、残る一手は拳を握る。これらの法具は密教において固有の意味をもち、愛染明王が穏やかな慈悲の尊ではなく、力を凝集した尊格であることを示している。

見どころと拝観

訪れる際は日取りがすべてを左右する。堂は平素は閉じられており、像が公開されるのは毎月26日の縁日のみである。この日を外すと、堂は見られても、なかの明王には会えない。

扉が開くと、まず目を引くのは顔である。眉をひそめ、口を開き、乱れた髪の上に獅子冠がそびえる。彩色は所々で褪せており、その下の檜の木肌や、組み合わされた材の継ぎ目をたどることができる。この像は一度ならず災厄をくぐり抜けてきた。大正13年(1924)の火災で妙高寺の堂宇は焼失し、平成16年(2004)の中越地震もこの地を強く揺らしたが、像は両者を生き延びた。

地元では「あいぜんさま」と呼ばれ、その信仰には独特の色合いがある。染物や織物にたずさわる人々が古くから愛染明王を守り本尊としてきたのは、その名が藍染めの語感と響き合うことにもよる。縁結び、家内安全、商売繁盛の仏としても祈願され、26日の堂前には、参拝の人と物見の人と願掛けの人とが入り混じる。

妙高寺と周辺

妙高寺は、小千谷市南部、信濃川の対岸にあたる川井に位置する。現在は曹洞宗の寺院だが、寺伝によれば創建は文永2年(1265)、近在の内ヶ巻城主で新田氏の一族であった田中義房が、愛染明王像を奉じてこの地に移り住んだことに始まるという。さらに像はそれ以前、伊豆国田中荘(現在の静岡県)に安置され、配流の身にあった源頼朝が源氏の再興を願って信仰したと伝わる。曹洞宗への改宗は後年、16世紀末のことである。

小千谷の町は、ゆっくり歩くだけの値打ちがある。古くから小千谷縮(おぢやちぢみ)という麻織物の産地として知られ、染織にたずさわる人々が愛染明王を慕ってきたことと、この土地の生業はつながっている。丘陵と信濃川が景観を形づくり、一帯は雪国の奥にあたるため、冬の景色は夏とまったく異なる。

寺へは車での参拝がもっとも便利で、関越自動車道の越後川口インターチェンジからおよそ5分。上越線の小千谷駅からはタクシーで約10分である。越後交通の「長岡駅前〜小千谷〜十日町線」のバスを利用する場合は、綱島で下車し、山門まで徒歩約20分となる。

Q&A

Qいつ行けば像を拝観できますか。
A公開は毎月26日の縁日に限られ、この日に厨子が開かれて像が御開帳されます。それ以外の日は堂が閉じられています。寺の拝観時間はおおむね4〜10月が8時から17時、11〜3月が9時から16時です。26日にこの時間帯を目安に訪ねてください。
Qこの像は国宝ですか。
A国宝ではなく、昭和10年(1935)指定の重要文化財です。重要文化財は国宝のすぐ下に位置づけられる国の指定区分で、歴史的・芸術的に高い価値をもつ品に与えられます。
Q愛染明王にはどのような御利益がありますか。
A愛欲を司る尊格として縁結びの仏に数えられますが、当地での信仰はそれにとどまりません。家内安全、厄除開運、商売繁盛が祈願され、とりわけ染物・織物にたずさわる人々の信仰が厚いのが特徴です。
Q像はいつ頃、誰が造ったものですか。
A鎌倉時代の作とされ、地元の解説では後期に位置づけられています。作者は明らかではありません。なお光背と台座は像よりはるかに新しく、昭和10年(1935)に修理家の新納忠之介によって造られたものです。
Q妙高寺へのアクセスを教えてください。
A車では関越自動車道の越後川口インターチェンジから約5分です。小千谷駅からはタクシーで約10分。越後交通の「長岡駅前〜小千谷〜十日町線」のバスでは綱島下車、山門まで徒歩約20分です。

基本情報

名称木造愛染明王坐像(もくぞうあいぜんみょうおうざぞう)
指定区分重要文化財(昭和10年〔1935〕4月30日指定)
種別彫刻
員数1躯
時代鎌倉時代(地元解説では鎌倉時代後期)
品質・形状檜材・寄木造・彩色、像高約119センチ
所有者妙高寺(駒形山妙高寺・曹洞宗)
所在地新潟県小千谷市川井114
公開状況毎月26日に御開帳。それ以外は非公開。拝観時間はおおむね4〜10月 8:00〜17:00、11〜3月 9:00〜16:00
アクセス関越自動車道 越後川口ICから車で約5分、小千谷駅からタクシーで約10分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/2884
木造愛染明王坐像(小千谷市ホームページ)
https://www.city.ojiya.niigata.jp/soshiki/nigiwai/mokuzoaizenmyoozazo.html
木造愛染明王坐像(にいがた観光ナビ)
https://niigata-kankou.or.jp/spot/6090
妙高寺(曹洞禅ナビ 寺院検索)
https://sotozen-navi.com/detail/index_150442.html

最終更新日: 2026.06.18