寺が焼けても残った、平安の薬師如来
享禄2年(1529年)、佐渡国分寺の堂宇が炎に包まれたとき、伽藍が崩れる前に運び出された一躯の仏像がある。木造薬師如来坐像、すでに造立から五百年余りを経ていた像である。かつてこの像を本尊として据えていた古い寺は、今では礎石を残すばかりとなった。それでも像そのものは焼亡を免れ、現在は新潟県佐渡市国分寺の収蔵庫で拝することができる。
薬師如来は、現世での病の平癒や苦からの救済を願って祀られてきた仏である。国家鎮護のために諸国へ置かれた国分寺の本尊として選ばれることも多く、この像も、八世紀に全国へ設けられた地方寺院の一つ、佐渡国分寺の旧本尊であった。
佐渡に残る平安前期の彫刻
像高はおよそ1.36メートル。制作年代は平安時代前期、九世紀から十世紀ごろと推定されている。この時期の仏師は、後世の軽やかな作風とは異なり、量感のある重厚な造形を得意とした。広く張った肩、厚みのある胸と膝、深く彫り込まれた衣文の襞。その一つひとつに平安前期の特色がよく残り、見る者に堂々とした落ち着きを感じさせる。
構造は一木造。頭部と体の幹を一材から彫り出し、膝・両手首・衣文の折返しなどは別に造ってから矧ぎ付けている。寄木造が主流となる平安後期以前の代表的な技法であり、これだけ北方の地に平安前期の遺品が良好な状態で残ること自体、めずらしい。
本像が初めて国の指定を受けたのは明治39年(1906年)、当時の制度のもとで国宝とされた。昭和25年(1950年)に文化財保護法が施行されると、旧来の国宝はそのまま重要文化財へと引き継がれ、現在の区分に至っている。
近づいて見たいところ
平安前期の彫刻は、時間をかけて眺めるほど見どころが立ち上がってくる。斜めに立って、膝の上を流れ落ちる衣文を目で追ってみたい。襞の稜線は力強く彫り出され、その縁に光が差すと、後世のなだらかで浅い彫り口とは明らかに異なる手応えが見えてくる。顔立ちには、この時代の優品に共通する大らかで気品ある趣がある。
この像が経てきた歴史も忘れたくない。本尊としていた寺は、正安3年(1301年)の落雷で七重塔を焼失し、享禄2年(1529年)の火災で本堂を失った。今ある像は、その二度目の火を免れて運び出され、寛文6年(1666年)建立の茅葺きの瑠璃堂に長く守られたのち、現在の収蔵庫へ移された。これほど長く、これほど波乱に満ちた来歴をもつ仏像は、北国にそう多くない。
佐渡国分寺のまわり
現在の佐渡国分寺は、江戸初期に再建された真言宗の寺で、古代の前身寺院の跡地のすぐ隣にある。その旧境内が国指定史跡「佐渡国分寺跡」である。松林に囲まれた静かな一画で、奈良の東大寺にならった伽藍配置を礎石が今もたどっている。古い礎石と現役の寺院を続けて歩けば、この寺が千二百年のあいだに歩んできた道のりが体感できる。
佐渡は日本最大の離島で、新潟港から両津港へのフェリーで渡る。令和6年(2024年)7月には島の金銀山が「佐渡島の金山」としてユネスコの世界文化遺産に登録され、もともと風光やトキ、民俗芸能で知られたこの島に新たな注目が集まっている。国分寺は島内の国中平野に位置し、海沿いの景観や西側の鉱山遺跡とあわせて訪ねやすい。
Q&A
- 薬師如来坐像は実際に拝観できますか。
- 像は境内の収蔵庫に安置されており、常時公開されているとは限りません。拝観の可否や時期は季節によって異なるため、訪問前に佐渡国分寺または佐渡市の観光窓口へ確認することをおすすめします。
- 薬師如来とはどのような仏ですか。
- 病の平癒や現世での苦の救済を願って祀られる仏です。八世紀に諸国へ置かれた国分寺の本尊として据えられることが多く、本像もその一例にあたります。
- 佐渡国分寺へのアクセスは。
- 新潟港から両津港へフェリーで渡り、車または路線バスで国中平野方面へ向かいます。寺は島内の内陸部、佐渡国分寺跡の近くにあります。
- 周辺の見どころは。
- 隣接する「佐渡国分寺跡」には古代寺院の礎石が残ります。西側には2024年に世界遺産へ登録された「佐渡島の金山」があり、海岸線やトキの保護施設とあわせて巡ることができます。
基本情報
| 名称 | 木造薬師如来坐像(もくぞうやくしにょらいざぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県佐渡市国分寺 佐渡国分寺 |
| 所有者 | 佐渡国分寺(真言宗) |
| 種別 | 彫刻・重要文化財 |
| 指定 | 明治39年(1906年)旧制度下で指定、昭和25年(1950年)に重要文化財へ移行 |
| 時代 | 平安時代前期(国の文化財データベースでは「平安」と記載) |
| 員数 | 1躯 |
| 像高 | 約1.36メートル |
| 構造 | 一木造。膝・両手首・衣文の折返しを別材で矧ぎ付け |
| 公開 | 境内の収蔵庫に安置。拝観は季節により異なる |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/2892
- 佐渡市 国指定重要文化財:木造薬師如来坐像
- https://www.city.sado.niigata.jp/site/bunkazai/4986.html
- にいがた観光ナビ 佐渡国分寺
- https://niigata-kankou.or.jp/spot/8904
- 新潟県 佐渡島(さど)の金山(世界遺産)
- https://www.pref.niigata.lg.jp/site/sado-goldmine/
最終更新日: 2026.06.20