未完成と見られていた三躯の観音
佐渡・長谷寺(ちょうこくじ)の観音堂に並ぶ三躯の十一面観音立像は、長らく彫りかけの像と見なされてきた。表面には丸鑿のあとが全体に残り、頭上に一列に並ぶ化仏には目も鼻も刻まれていない。仕上げは、寺院本尊に求められるなめらかさに達していない。だが研究が進むにつれて評価は逆転した。これらは未完成ではなく、その簡素さこそが一つの様式だったのである。
三躯はいずれも十一面観音の立像で、本面の上に十の小面、頂に一面を戴く。あらゆる方角を見渡して衆生の苦しみを察するという、観音菩薩の働きをかたちにした像容である。三躯とも榧(かや)の一材から彫り出された一木造で、平安時代の中・後期、おおむね十世紀から十二世紀の作とされる。新潟県沖の日本海に浮かぶ佐渡島、その畑野の地に立つ長谷寺に、三躯は揃って安置されている。
指定の経緯と価値
本像が国の記録に登ったのは明治39年(1906年)、現行制度に先立つ古社寺保存法のもとでのことであった。昭和25年(1950年)に文化財保護法が施行されると、三躯は重要文化財として登録され、現在に至っている。
この百年余りで変わったのは、彫りの読み方である。簡素な表面と露わな鑿あとは、かつて中断された造像の跡と受け取られた。今日では、平安時代に関東地方を中心として東北・中部にまで広がった地方様式の完成形と位置づけられている。鈍い仕上げは未熟ゆえではなく、地方に根ざした一つの手法だったのである。
三躯のうち二躯は像高約115センチ、一躯は約106センチと、決して大作ではない。重みを宿すのは、都の工房から遠く隔たった地という距離であり、平安彫刻が中央を離れた場でいかに理解され、つくられたかを示す確かさである。
長谷寺を訪ねる
拝観にあたって押さえておきたい点が一つある。三躯の十一面観音は秘仏であり、開帳は三十三年に一度に限られる。通常の参拝で像を目にすることはできない。目にできるのは、像を守り継いできた場そのものである。
寺号の長谷は、この地の地形が大和の長谷寺(はせでら)に似ていたことに由来し、二寺は名の文字を分かち合う。山号は北豊山、真言宗豊山派に属し、開基は大同2年(807年)と伝わる。室町期に佐渡へ配流された世阿弥は、著した『金島書』のなかでこの寺に触れている。
境内はゆっくり歩くだけの値打ちがある。五月初旬には約一千株の牡丹が咲き、寺は古くから牡丹寺の名で親しまれてきた。2018年に据えられた、うずくまる兎の背から立ち上がる高さ六メートルの観音像は、それ自体が新たな参拝者を呼んでいる。境内では実際に兎も飼われている。多宝塔や、登録有形文化財に登録された堂宇が、石段を登る道筋に点在する。
周辺の見どころ
佐渡は古くから本土と隔たった島であった。順徳上皇、日蓮、そして世阿弥をはじめ、高い身分の配流者を幾人も迎え、その足跡は島の文化に長く残った。2024年には佐渡島の金銀山がユネスコの世界文化遺産に登録され、採掘の歴史とそれが育んだ集落に、改めて光が当たっている。
長谷寺は佐渡中央部、畑野の地にあり、玄関口の両津港から車でおよそ三十分の道のりにある。佐渡八十八ヶ所霊場の第五十五番札所でもある。周囲は田畑と静かな道が続き、参拝のあとに近隣の鮨屋へ立ち寄るのもよい。
Q&A
- 三躯の観音像は拝観できますか。
- 通常は拝観できません。三躯は秘仏で、開帳は三十三年に一度に限られます。それ以外の時期は厨子に納められているため、像そのものではなく境内や堂宇を目当てに訪ねるのがよいでしょう。
- 訪れるのに最もよい時期はいつですか。
- 牡丹の咲く五月初旬です。寺では五月二日・三日ごろに牡丹まつりが催され、境内が最も華やぐ頃合いにあたります。
- 寺へのアクセスはどうなっていますか。
- 両津港から車でおよそ三十分です。乗用車やバス向けの駐車場が複数あります。到着後は石段を登る場面が多くあります。
- なぜ「長谷寺」を「ちょうこくじ」と読むのですか。
- 同じ字を、奈良の名刹では「はせでら」と読みます。佐渡の寺はその長谷寺にならって開かれ、地元では「ちょうこくじ」と読み習わしてきました。字を同じくし、読みを違える二寺です。
- うさぎ観音とは何ですか。
- 駐車場の近くに2018年に建立された、兎の背から観音像が立ち上がる高さ六メートルの像です。境内の除草のために飼われていた兎にちなむもので、近年は寺の名物として知られています。
基本データ
| 名称 | 木造十一面観音立像〈(三尊共観音堂安置)〉 |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県佐渡市長谷 |
| 指定区分 | 重要文化財(彫刻) |
| 指定年 | 明治39年(1906年)指定。昭和25年(1950年)の文化財保護法施行により重要文化財 |
| 員数・寸法 | 3躯。1躯 像高約106cm、2躯 像高約115cm |
| 品質・技法 | 榧(かや)材、一木造 |
| 時代 | 平安時代中・後期 |
| 所有 | 長谷寺(北豊山、真言宗豊山派) |
| 公開状況 | 秘仏。33年に一度開帳。境内は通年参拝可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/2891
- 佐渡市公式ホームページ:国指定 重要文化財 木造十一面観音立像
- https://www.city.sado.niigata.jp/site/bunkazai/4987.html
- さど観光ナビ:長谷寺ぼたんまつり
- https://www.visitsado.com/event/3349/
- 北豊山 長谷寺 公式サイト
- https://sado-choukokuji.jp/
最終更新日: 2026.06.20