3棟が登録された、大鹿の庄屋

吉田家住宅は、新潟県新潟市秋葉区大鹿624にある住宅で、3棟が2003年(平成15年)1月31日に登録有形文化財(建造物)となった。指定された文化財ではなく、登録された文化財である。最も古い主屋は1883年に建てられている。

3棟は、主屋、座敷棟、土蔵である。

文化庁は主屋を、吉田東伍を婿養子として迎えるに当たって新築と伝える、と記す。ふりがなは、よしだけじゅうたく、である。

二棟が、人の出入りにあわせて建てられる

建てられた理由が、家族の出来事に結びついている。

主屋は、吉田東伍を婿養子として迎えるに当たって新築と伝える、とされる。1883年である。

座敷棟は、東伍の没後、妻の帰郷に際しての改築と伝える、とされる。1924年頃である。

人が迎えられるときに主屋が建ち、人が戻るときに座敷棟が改築される。二つの出来事が、二つの棟に対応することになる。

原家住宅では、分類の時代と年代欄が食い違っていた。あちらは記録の側の問題である。

本件は、建てられた事情が記録に残る。いずれも伝えるという言い方で、伝承として記されることになる。

土蔵が、水倉と呼ばれる

蔵に、この土地の事情による名が付いている。

文化庁は、信濃川と阿賀野川に挟まれた地に位置するため、1メートル程の土盛の上に建ち、水倉と呼ばれている、と記す。

二つの川にはさまれた土地で、水に浸かることを避けるために土を盛る。その上に建つ蔵が水倉と呼ばれる。

狹間ハウスでは、傾斜に合わせて地下を鉄筋コンクリート造としていた。あちらは斜面に建てるための工夫である。

本件は、平らな土地を高くして建てる。水を避けるための土盛になる。

当地方の土蔵に見られる外部に柱を表した造りになる、ともされる。名も造りも、その地方のものであることになる。

座敷棟に、神壇が張り出す

部屋の一角が、外へ張り出して設けられている。

座敷棟は、東面の縁側に沿って8畳2室の座敷を並べ、その南北に5畳大の小間を配する、とされる。

続けて、南小間の西端に4畳大を張出して神壇を設けているところに特徴がある、とある。

神壇は神をまつる場所をいう。それが部屋の一部としてではなく、張り出した部分に置かれる。

萬福寺では、鎮守堂が建築面積1.0平方メートルと独立した棟だった。あちらは棟として分かれる。

本件は、棟のなかの張出として設けられる。まつる場所の置き方が分かれることになる。

見学

所在は新潟県新潟市秋葉区大鹿624である。3棟とも同じ地番で記される。

主屋は木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積306平方メートルである。街道に北妻面を見せたアズマダチ風民家で、東北部に切妻屋根を架けて平側に玄関を設けている点に特徴、とされる。

たちの高い15畳広間の北に土間、南に座敷と土縁を配す、と記される。土縁は土間の縁側をいう。

棟札から工匠若木善次郎が判明する、とある。建てた大工の名が分かることになる。

所有者の記録がなく、公開の有無や条件は所有者の定めによる。訪問前に確認したい。

参考文献

文化遺産オンライン 吉田家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/149685
文化遺産オンライン 吉田家住宅座敷棟
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/179296
文化遺産オンライン 吉田家住宅土蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116157
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.19

基本情報

名称吉田家住宅
所在地新潟県新潟市秋葉区大鹿624
指定登録有形文化財 3件
座標37.79494, 139.09779