柞原八幡宮のクス:樹齢三千年を超える生ける天然の記念碑
大分市の西、緑深い八幡の森の中に、訪れる者を息のむような畏敬の念で立ち止まらせる巨木があります。国指定天然記念物「柞原八幡宮のクス」、樹齢三千年を超えると伝えられる、この国でも屈指のクスノキの巨樹です。地上二メートルの幹回りはおよそ十九メートル、根回りは三十四メートルにも達し、幹の内部にぽっかりと開いた空洞は大人十数人を呑み込むほどの大きさを持ちます。豊後国一宮として千二百年の歴史を刻む柞原八幡宮の参道脇に、この古木はまるで森そのものの守り神のように静かに、そして堂々と聳え立っています。日本の原始の森に出会いたいと願う旅人にとって、写真ではけっして伝えきれない感動が、この一本の木のもとには確かに宿っています。
日本の歴史よりも古い、生きた巨樹
この大楠(学名 Cinnamomum camphora)は、柞原八幡宮の長い石段を上った先、名高い南大門のすぐ手前、参道の西側にそびえています。樹高は約三十メートル、根回り約三十四メートル、地上二メートルの幹回りはおよそ十九メートルにおよびます。幹の下部には自然にできた巨大な空洞があり、その内部は約八・五メートル×十一メートルにもおよび、古くから「大人十数人が入れる」と伝えられてきました。
地元に伝わる「樹齢三千年」が事実であれば、この木は奈良に平城京が築かれるはるか昔、日本に文字記録が残るよりも前から、すでにこの地に根を張っていたことになります。日本全国を測量した伊能忠敬は、文化八年一月三日(西暦一八一一年一月二十七日)にこの地を訪れ、日記に「由原八幡宮境内に大楠あり周十四間」と記しています。約二百年前の時点で、既に常人を驚かせるほどの巨樹であったことが分かります。
なぜ国の天然記念物に指定されたのか
このクスノキは、大正十一年(一九二二年)三月八日、国の天然記念物に指定されました。指定にあたって作成された天然紀念物調査報告書では、本樹を「クスノキ(Cinnamomum camphora Nees et Eberm.)の代表的巨樹」と評価し、傾斜地に立ち、南側の地面から約一丈二尺(およそ三・六メートル)の高さで枝を分かつ、その威容を詳細に記録しています。
この木が特別なのは、単にその大きさのためだけではありません。千年以上にわたり「入らずの森」として守られてきた神域の中で、ほとんど人の手を加えられずに生き延びてきた、という事実そのものに価値があります。平成元年(一九八九年)の環境庁による全国巨樹調査では、本樹は全国第七位の巨樹と認定されました。日本各地のクスノキの巨樹が伐採や開発により失われていくなかで、この一本が今日まで姿を保ち続けていること自体が、神社と地域の人々が紡いできた信仰と保全の歴史の結晶と言えます。
魅力・見どころ
大楠との対面
初めてこの大楠と対面する瞬間は、忘れがたい体験となります。長い石段を二葉山の中腹まで登ると、南大門の左手にこの巨樹が突如として姿を現します。幹の表面はゴツゴツとした無数の瘤に覆われ、まるで風雪に削られた古い岩壁のような重厚な質感を放っています。地上十数メートルの位置から幹は数本に分かれて天へとまっすぐに伸び、そのうちの一本は過去に折れたらしく、大きな切り口がドラマチックな趣を添えています。
大楠を取り巻く原始の森
この大楠の魅力は、それ自体だけにとどまりません。大楠は、より広大な「柞原の森」という生きた奇跡の中心にあります。イスノキやイチイガシなどの常緑広葉樹が高さ二十メートルにも達するこの照葉樹林は、人の手が入る前の西南日本の原風景を今に伝えています。昭和四十九年(一九七四年)には特別保護樹林にも指定され、九州にわずかに残る原生林の貴重な一片として保全されています。
日暮門と社殿群
大楠のすぐそばには、別名「日暮門」と呼ばれる南大門が建っています。「一日中眺めていても飽きない」という意味のこの愛称が示すとおり、龍、花、鳥、古今の聖人など精緻な彫刻に覆われた門の意匠は驚くほど豊かです。さらに奥に進むと、本殿・申殿・拝殿・楼門など十棟の社殿群が現れます。これらは平成二十三年(二〇一一年)に国の重要文化財に指定された貴重な建造物群で、宇佐神宮を範とした稀少な八幡造りの様式を伝えています。
ホルトの木と幸運の扇石
大楠の存在感は圧倒的ですが、境内には他にも見逃せない名木があります。樹齢約四百年と伝えられる「ホルトの木」は、大友氏の時代にポルトガル人が持ち寄ったとも伝えられ、根回り約六・四メートルの大枝を広げています。また、参道に埋め込まれた扇形の石「幸運の扇石」を踏みながら願掛けすると願いが叶うと、古くから言い伝えられています。
周辺情報
柞原八幡宮は大分市の西部、二葉山(八幡柞原山)の麓に鎮座し、保護林の中を歩く散策路にも恵まれています。時間に余裕があれば、府内城跡をはじめ大友宗麟ゆかりの史跡が点在する大分市中心部の散策もおすすめです。世界的に有名な温泉地・別府は北へ電車で短時間の距離にあり、「地獄めぐり」を含む観光と組み合わせて宿泊地に選ぶ旅人も多くいます。
自然を愛する方には、柞原の森そのものをゆっくりと歩く時間こそが最良の体験になるでしょう。苔むした石、シダ、野生のラン、季節の花々が足元を彩り、ノウサギ、タヌキ、多様な野鳥が森に息づいています。秋には森の落葉樹がほのかに色づき、神域全体がやわらかな紅葉に包まれます。
Q&A
- 柞原八幡宮の大楠は、どれくらいの樹齢ですか?
- 伝承では樹齢三千年以上といわれています。これほど古い生木の樹齢を正確に測定することは困難ですが、その圧倒的な大きさと、千年以上にわたり神社の境内に存在してきた歴史的記録からも、極めて古い樹であることは間違いありません。
- 大楠を見るのに拝観料はかかりますか?
- いいえ、無料です。大楠は柞原八幡宮の境内にあり、参拝可能な時間帯であれば自由に見学いただけます。境内入場にも料金はかかりません。
- 幹の空洞の中に入ることはできますか?
- かけがえのない天然記念物を保護するため、幹の空洞内へ立ち入ることは控え、参道側からご覧ください。少し離れた場所から眺めるだけでも、幹の圧倒的な大きさと、力強い表情を十分に味わうことができます。
- 柞原八幡宮へのアクセスは?
- JR日豊本線・西大分駅から大分交通バス「柞原行き」に乗車し、終点「柞原」で下車(約十分)、そこから徒歩約五分です。お車の場合は大分市中心部から西へ約十五分、境内入口付近に無料駐車場があります。
- いつ訪れるのがよいでしょうか?
- 境内は四季を通じて美しく、新緑の春、紅葉の秋、深い森に守られた涼しい夏、それぞれに魅力があります。特に九月十四日から二十日にかけて行われる仲秋祭・浜の市は、柞原八幡宮を代表する盛大な祭礼で、訪問の良い機会となります。
基本情報
| 名称 | 柞原八幡宮のクス(ゆすはらはちまんぐうのくす) |
|---|---|
| 種類 | クスノキ(Cinnamomum camphora) |
| 指定区分 | 国指定天然記念物(大正十一年〔一九二二年〕三月八日指定) |
| 推定樹齢 | 三千年以上(伝承) |
| 樹高 | 約三十メートル |
| 幹回り | 約十九メートル(地上二メートル位置) |
| 根回り | 約三十四メートル |
| 所在地 | 大分県大分市大字八幡 柞原八幡宮境内 |
| アクセス | JR西大分駅から大分交通バス「柞原行き」終点下車(約十分)、徒歩約五分 |
| 拝観料 | 無料 |
参考文献
- 文化遺産オンライン「柞原八幡宮のクス」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/211550
- 大分市公式サイト「柞原八幡宮のクス」
- https://www.city.oita.oita.jp/o204/bunkasports/rekishi/yusuharakusu.html
- 柞原八幡宮 公式ホームページ「境内案内」
- https://oita-yusuhara.com/map/
- おおいた市観光ナビ「柞原八幡宮」
- https://www.oishiimati-oita.jp/spot/3306
- おおいた遺産「柞原の森」
- https://oitaisan.com/heritage/柞原の森/
- Wikipedia「柞原八幡宮」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/柞原八幡宮
最終更新日: 2026.05.07