寛文九年の本堂、九州最古の真宗寺院建築
長福寺本堂は、大分県日田市豆田町にある真宗大谷派寺院(山号は照雲山)の本堂で、寛文9年(1669年)の建立、平成18年(2006年)7月5日に国の重要文化財に指定された。上町通りに向かって西を正面とし、桁行18.2メートル、梁間16.1メートル。屋根は入母屋造の本瓦葺で、正面に向拝一間、北側面と背面には下屋がつく。
豆田の町家は二階建てでも軒が低い。その通りに面して、この本堂だけが桁行九間の規模で立ち上がる。山門をくぐると川石を割った敷石の参道が続き、正面に本堂、その背後に庫裏、北の水路を挟んで経蔵と常燈明堂が並ぶ。境内は東西に細長く、西・南・東の三方を街路に区切られている。豆田町の北東部で、江戸初期に引かれた町割の線がそのまま境内の輪郭になっている。
建築年代は寺の記録から寛文9年とされてきたが、平成の保存修理で物証が出た。外陣中央の間仕切りに立つ蓑束の上、実肘木の裏面に「寛文八年酉之六月朔日/□州豊後之国日田郡友田村ノ住人/後藤作之丞作之」の墨書があった。寛文8年は1668年にあたるが、併記された干支の「酉」は寛文9年のものである。文化庁の解説はこの年号を書き誤りの可能性があるとみている。なお後藤作之丞の名は、日田市内の重要文化財・大野老松天満社旧本殿の寛文13年修理でも、棟梁として棟札と部材墨書に残る。
筑前から豆田へ
長福寺の草創は天正12年(1584年)頃、宗榮による庵にさかのぼると伝わる。慶長12年(1607年)に長福寺の寺号を受け、筑前国下座郡三奈木(現在の福岡県朝倉市)に堂を建てた。豆田町の現在地に境内を構えたのは寛永14年(1637年)である。
移転の事由を直接記した史料はない。『長福寺年譜』などは、門徒であった三松氏の関与を示唆する。三松氏は和泉の出身で、寛永年間に豆田町へ移り住んだと伝わる有力な商家であり、幕末まで町年寄を務めた。幕府直轄地として町が整備されていく段階で、真宗の一寺が町の北東角に細長い一画を確保できた背景には、この家の力があったとみてよいのだろう。
豆田町は明和9年(1772年)、明治13年(1880年)、明治20年(1887年)と大火に見舞われている。茅葺の町家が居蔵造へ変わっていったのはその都度の教訓によるもので、現在の町並みの多くは江戸後期以降の姿である。町の成立期にまでさかのぼる建物は少ない。長福寺本堂はその数少ない一棟にあたる。
指定の理由と、六度の改変
17世紀にさかのぼる本格的な浄土真宗本堂は、京都府とその周辺の滋賀県などを除けば、残っている府県がごく限られる。長福寺本堂は九州で最も古い真宗本堂であり、重要文化財の指定基準としては「流派的又は地方的特色において顕著なもの」(第五号)が挙げられている。古風な建立当初の形式を保つ点と、豆田町重要伝統的建造物群保存地区のなかで町の形成期にさかのぼる唯一の寺院である点、この二つが評価の柱である。
ただし、建立後の本堂は一度も手を入れられなかったわけではない。保存修理中の調査は、親鸞聖人や蓮如上人の御遠忌に合わせるかたちで六期にわたる改変があったことを明らかにした。元禄15年(1702年)に余間壇を設置。享保7年(1722年)に三つ並び仏壇形式から後門形式へ改める。文化6年(1809年)に矢来の間を位置付け、弘化3年(1846年)に屋根を拡大して右鞘の間の西側を増築。明治17年(1884年)に広縁の外へ建具を入れ、大正15年(1926年)に左鞘の間を大屋根に納めて右鞘の間の南側を増築した。真宗寺院の宗教作法が変われば、間取りもそれに従って動く。
平成14年度(2002年度)から4年度をかけた保存修理は、柱の傾斜、瓦の破損、小屋組の緩みと腐朽が急速に進んだことを受けたものだった。大分県、日田市、文化財保護・芸術研究助成財団の助成を受け、専門委員会が修理方針を検討した結果、寛文当初の形式を基本としつつ、堂内の荘厳が整った享保期の姿に復原する方針が採られた。工事完了は平成18年3月。その直後の4月21日に文化審議会が重要文化財指定を答申し、7月に指定された。
堂内を見る
平面は正面から広縁、外陣、内陣、内陣左右の余間、両側面後半の鞘ノ間、背面の後堂という構成をとる。正面から両側面の前半にかけては擬宝珠高欄付の切目縁がまわり、正面中央に木階四級、両側面に石階六級を設ける。
外陣は桁行七間、梁間四間。内部に四本の柱を立て、無目の敷居と鴨居、内法長押を入れて桁行三列に区切り、内法上の小壁は開放とする。全面を棹縁天井とし、視線を遮るものが少ない。後方で框を入れて床を一段高めた先が内陣で、中央後寄りに来迎壁を立て、その前に須弥壇を置く。壁の後ろは後門形式として左右に祖師壇を設け、中央を通路とする。
欄間の彫刻に目を向けたい。内外陣境には波に雲龍、余間と外陣の境には桐に鳳凰。南余間の余間壇上には波に龍と竹林に虎、北余間の余間壇上には牡丹に唐獅子が入る。余間壇そのものには寛文当初の蓮池図が描かれている。
柱は内外とも面取角柱を基本とし、円柱は内陣の来迎柱二本のみ。内外陣境の四本だけが唐戸面をとる。軒は一軒疎垂木で、東面の全面と南面の東半、北面の東端は軒廻りを漆喰で塗り固め、妻飾も漆喰塗とする。防火への配慮が造形として表に出ている部分である。
両余間側面の襖絵は、いずれも日田市出身の日本画家の筆による近代の仕事である。左余間に岩澤重夫の「大心海」、右余間に木下章の「白木蓮富貴花図」、両余間の内外陣境には建造物彩色の選定保存技術保持者である馬場良治の「杉林図」が入る。本尊は14世紀後半の作といわれる木造阿弥陀如来立像。ほかに寛永元年(1624年)の親鸞聖人御影、寛永8年(1631年)の蓮如・七高僧・聖徳太子御影を奉安する。本堂前の燈籠は元禄13年(1700年)に中村氏が寄進したものである。
咸宜園がはじまった部屋
長福寺には宝暦9年(1759年)に学寮が開かれた。ここで学んだ僧が東本願寺の高倉学寮の講師になるなど、日田における学問の中心となっていく。通元、宝月(普明)、法幢、法海といった学僧の名が知られる。
広瀬淡窓も幼少期にこの寺で学んだ。12世法幢は、8歳の淡窓に詩経の句読を授けている。文化2年(1805年)、24歳の淡窓は長福寺学寮の一室を借りて教授を始めた。これが咸宜園の前身である。近世日本で最大規模の私塾は、寺の一室から始まった。
平成27年(2015年)4月、長福寺本堂は日本遺産「近世日本の教育遺産群-学ぶ心・礼節の本源-」の構成文化財に認定された。咸宜園跡は豆田町から歩いて行ける距離にある。
拝観と行き方
豆田町へはJR日田駅から北へ徒歩約15分、または路線バスで豆田町バス停下車すぐ。保存地区の周縁に無料の市営駐車場が複数あり、地区内の路地は狭く、大型車での進入には向かない。長福寺の住所は日田市豆田町5-13、保存地区の北寄り、上町通りの西側である。
境内は日中自由に参拝でき、参道からの外観の見学に料金はかからない。堂内の拝観については定まった公開日程が示されていないため、内部を見たい場合や堂内での撮影を希望する場合は、事前に寺(電話0973-22-3036)へ確認するのが確実である。本堂は法要や納骨、文化サークルなどで日常的に使われている建物であり、公開施設として運営されているわけではない。
保存地区は歩いて一時間ほどで一巡できる。豆田町でもう一件の重要文化財である草野家住宅は、地区南部の大規模商家建築で、年4回の祭事期間のみ公開される。
Q&A
- 長福寺本堂はいつ建てられ、いつ重要文化財に指定されましたか?
- 建立は寛文9年(1669年)です。平成7年(1995年)3月10日に大分県指定有形文化財となり、保存修理工事の完了後、平成18年(2006年)7月5日に国の重要文化財(建造物)に指定されました。
- 長福寺本堂は拝観できますか。拝観料や撮影の可否は?
- 境内は日中自由に参拝でき、参道から外観を見る分に料金はかかりません。堂内拝観の公開日程は示されていないため、内部の見学や堂内撮影を希望する場合は事前に寺(0973-22-3036)へお問い合わせください。
- 長福寺本堂へのアクセスと駐車場は?
- JR日田駅から北へ徒歩約15分、または路線バス豆田町バス停下車すぐです。住所は日田市豆田町5-13。保存地区の周縁に無料の市営駐車場があります。地区内の路地は狭いため、車はそちらに停めて歩くのが現実的です。
- 長福寺本堂と広瀬淡窓にはどのような関係がありますか?
- 淡窓は幼少期に長福寺で学び、8歳のときに12世法幢から詩経の句読を授かりました。文化2年(1805年)、24歳の淡窓が長福寺学寮の一室を借りて開いた塾が咸宜園の前身です。この経緯から、本堂は日本遺産の構成文化財に認定されています。
- 長福寺本堂の見どころはどこですか?
- 外からは入母屋造・本瓦葺の深い屋根と、東面や南面東半を漆喰で塗り固めた軒廻りです。堂内では、波に雲龍・桐に鳳凰・竹林に虎・牡丹に唐獅子の彫刻欄間と、余間壇に描かれた寛文当初の蓮池図が見どころになります。
基本情報
| 名称 | 長福寺本堂(ちょうふくじほんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 大分県日田市豆田町5-13 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) 指定番号02491 |
| 指定年 | 平成18年(2006年)7月5日(大分県指定有形文化財は平成7年3月10日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行18.2メートル、梁間16.1メートル。入母屋造、向拝一間、背面後堂附属、本瓦葺 |
| 所有者 | 長福寺(真宗大谷派・照雲山) |
| 公開状況 | 境内は日中自由(無料)。堂内拝観は事前に寺へ要確認 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「長福寺本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00004078
- 文化遺産オンライン「長福寺本堂」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/147758
- 真宗大谷派 照雲山長福寺 公式サイト
- https://www.shounzan-chofukuji.com/
- 日田市「日田市豆田町伝統的建造物群保存地区」
- https://www.city.hita.oita.jp/soshiki/29/2428.html
- 文化庁 日本遺産ポータルサイト「長福寺本堂」
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/98/
最終更新日: 2026.08.20