松屋寺のソテツ ― 江戸時代から「日本一」と呼ばれた大蘇鉄

大分県速見郡日出町、別府湾を望む城下町の一角に、康徳山松屋寺(しょうおくじ)はある。その本堂前庭に、一株のソテツが大きく枝を広げている。高さはおよそ6メートル、株元から十数本の支幹が四方へ分かれ、それぞれの先に硬く濃い緑の葉を茂らせる。南北に約9.7メートル、東西に約8.5メートルというその広がりは、前に立つと自然に数歩下がって全体を見たくなる大きさである。江戸時代から「日本一の大蘇鉄」として名高く、大正13年(1924年)には国の天然記念物に指定された。

ソテツはソテツ科ソテツ属の常緑樹で、本来は九州南部から沖縄にかけて自生する。姿はヤシに似ているが、分類はまったく異なる。イチョウと同じ裸子植物の仲間で、花ではなく球果をつけ、雌雄は別の株に分かれる。松屋寺の株は雌株で、夏になると成長点が丸くふくらみ、種子をつける構造があらわれる。弱った株に鉄分を与えると元気を取り戻すという言い伝えから、「蘇鉄」の字が当てられたとされる。

府内城から運ばれた一株

このソテツは、もとから日出にあったわけではない。はじめは豊後府内城(現在の大分市)に植えられていた。明暦2年(1656年)、府内城主・日根野吉明が世継ぎのないまま没すると、城は一時近隣の藩が預かることになる。このとき府内城の城番を命じられたのが、日出藩2代藩主・木下俊治であった。翌明暦3年(1657年)、交代で帰城する際にこのソテツを持ち帰り、菩提寺である松屋寺の庭に植えたと伝えられている。

松屋寺そのものにも来歴がある。前身は西明寺といい、慶長12年(1607年)、日出藩初代藩主・木下延俊によって改められた。延俊は、祖母である朝日の方(豊臣秀吉の正室・高台院の母)と、妻・加賀、二人の法名から字を取って「康徳山松屋寺」と名づけたという。以後この寺は日出木下家の菩提寺となった。豊臣家ゆかりの大名の墓所に、隣国の城から運ばれた大蘇鉄が根を下ろしたことになる。

移植された時点ですでに大きく育っていたため、正確な樹齢はわかりにくい。地元の調査では600年から700年ほどと見積もられており、日出に来るずっと前から相当な大きさだったとみられる。

天然記念物に指定された理由

ソテツが日本で自生するのは温暖な南部に限られ、九州南部や沖縄の島々がその北限に近い。生長は遅く、これほどの大きさに達するには、何百年もの台風や寒波、庭木としての日々の危うさをくぐり抜けてこなければならない。大正13年の指定は、名木・巨樹・老樹などを対象とする基準によるもので、各地の老杉や大楠と同じ枠組みで保護されることになった。

計測値は調査によって多少ばらつく。一本の主幹をもたない株立ちのため、これは珍しいことではない。県の詳しい記録では、高さ約6.1メートル、地上から少し上で測った株元の周囲が約6.4メートル、葉張りは南北約9.7メートル・東西約8.5メートルとされる。どの数字を採るにしても、本来の生育域から大きく北に離れた土地で、この規模に育った点が際立っている。

訪れたときに見たいところ

本堂の正面に立ったら、まず株元を見てほしい。これほどの古株になると、一本の幹がまっすぐ伸びるのではなく、何度も分かれて低い茂みのような姿になる。ほとんど横に倒れてから光のほうへ立ち上がる幹もあり、表面には長い年月のあいだに落ちた葉の跡が、菱形の模様となって残っている。

夏に訪ねるなら、いちばん大きな株の中心に注目したい。若いうちは綿毛におおわれた、丸い雌花の構造が見える。葉そのものも近くで眺める価値がある。一枚の葉は長い中軸に細く光沢のある小葉が並び、縁がわずかに巻く。この巻く性質が、学名 revoluta の由来でもある。厳しい冬には保護のため藁で巻かれることもあり、その姿もまた、寺が長く手をかけてきた証である。

境内と城下町・日出

松屋寺はソテツだけの寺ではない。境内には、室町時代の水墨画家・雪舟が作庭したと伝わる庭園がある。雪舟は近くの大分・万寿寺で修行していたころ、この寺に滞在したという。秘宝殿には涅槃図などの寺宝が納められ、なかには加藤清正が朝鮮出兵の際に討ったと伝わる虎の頭骨もある。本堂の北西には木下家墓所があり、歴代藩主や親族、家臣の墓52基が並ぶ。これだけの大名墓が一か所に集まる例は県内でも数少ない。

寺は日出城址からも歩いてすぐである。日出城(別名・暘谷城)は、松屋寺を再興したのと同じ初代藩主・木下延俊が慶長7年(1602年)に築いた。今は石垣と堀、復元された隅櫓(鬼門櫓)が残り、城内には日出小学校が建つ。海に面した石垣の上からは別府湾が見渡せる。城の真下の海では、淡水が湧き出すあたりに育つマコガレイが「城下かれい」として知られている。日出はまた、「荒城の月」で知られる作曲家・滝廉太郎の一族の地でもあり、その墓は町内の別の寺にある。

交通の便もよい。JR日豊本線・暘谷駅から徒歩約5分、車で訪れる人のための駐車場もある。別府の温泉地までは車ですぐで、日出はこの地域をめぐる旅の半日の立ち寄り先として組み込みやすい。

Q&A

Q本当に日本一のソテツなのですか。
A江戸時代から日本一の大蘇鉄として知られ、現存するソテツのなかでも有数の大きさです。何をもって「日本一」とするかは正式に定められていませんが、古い樹齢、高さ、分かれた支幹の数のいずれをとっても、本来の生育域から大きく北にあるソテツとして際立っています。
Q寺の名前は何と読みますか。
A松屋寺は「しょうおくじ」と読みます。「まつやでら」ではありません。正式には康徳山松屋寺といいます。
Q拝観料はかかりますか。
A執筆時点で、大人300円、中学・高校生200円、小学生以下は無料です。拝観時間はおおむね9時から17時ですが、遠方から訪ねる場合は事前に確認しておくと安心です。
Q見頃はいつですか。
A常緑のため一年を通じて見ごたえがあります。夏は株の中心にできる雌花の構造を見られる時期です。冬には保護のため藁で巻かれることがあり、姿は変わりますが、寺が手をかけてきた様子がうかがえます。
Q境内では他に何が見られますか。
A雪舟の作と伝わる庭園、涅槃図などの寺宝を納めた秘宝殿、52基の大名墓が並ぶ木下家墓所があります。すぐ近くには日出城址もあり、あわせて歩けます。

基本情報

名称松屋寺のソテツ(しょうおくじのそてつ)
所在地大分県速見郡日出町
種類ソテツ科ソテツ属(ソテツ)、雌株
指定区分国指定天然記念物(大正13年〔1924年〕12月9日指定)
おおよその大きさ高さ約6.1メートル、株元周囲約6.4メートル、葉張り南北約9.7メートル・東西約8.5メートル(調査により数値に幅あり)
推定樹齢約600〜700年
場所日出藩木下家の菩提寺・松屋寺の本堂前庭
アクセスJR日豊本線・暘谷駅から徒歩約5分
拝観料大人300円、中学・高校生200円、小学生以下無料(最新の料金は要確認)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2854
文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/206733
おおいた文化財ずかん(松屋寺のソテツ)
https://oita-digitalzukan.jp/cultural_property/松屋寺のソテツ/
ひじまち観光情報公式サイト(松屋寺)
https://hijinavi.com/spots/detail/9
大分県観光情報公式サイト(松屋寺)
https://www.visit-oita.jp/spots/detail/4477

最終更新日: 2026.05.28