大杵社の大スギ — 由布院に立つ千年の杉の巨樹

日本でも屈指の温泉郷として知られる由布院。その賑やかな町並みから少し離れた山あいに、千年以上もこの盆地を見守り続けてきた一本の杉がそびえ立っています。「大杵社の大スギ(おおごしゃのおおすぎ)」と呼ばれるこの巨樹は、苔むした幹を青空に向かって伸ばし、まるで森に立つ緑の柱のような威容を見せます。昭和9年(1934年)に国の天然記念物に指定されたこの杉は、観光地化された湯の坪界隈とは一線を画す、由布院のもうひとつの顔——静謐で神秘的な森の世界——を訪れる人に伝えてくれます。

千年の時を生きる杉の巨樹

大杵社の大スギは、スギ科の常緑針葉樹である日本特産種・スギ(Cryptomeria japonica)の代表的な巨樹のひとつです。樹齢は1000年以上と推定され、樹高は約38メートル、根元の周囲はおよそ14メートルにも達します。地上およそ3メートルの高さで幹が二本に分かれているのが大きな特徴で、この独特の樹形は天然記念物指定時の解説文にも明記されています。

大杉が立つのは、由布院盆地の東側、山ふところに鎮座する小さな神社「大杵社」の境内です。大杵社は由布院の代表的な神社である宇奈岐日女神社の境外末社にあたり、若いスギの木立に囲まれた静かな空間に小さな社殿がたたずんでいます。地元の人々は、この大杉を神霊が宿るご神木として古くから崇めてきました。

なぜ国の天然記念物に指定されたのか

大杵社の大スギは、昭和9年(1934年)8月9日に国の天然記念物に指定されました。文化庁が管理する指定情報には、「目通幹囲約一〇メートル、地上約三メートルノ高サニ於テ二支幹ニ分ル、樹勢旺盛、杉ノ巨樹トシテ有数ノモノナリ」と記され、樹勢の旺盛さと圧倒的なスケール、そして地上約3メートルで二本に分かれる独特の樹形が高く評価されています。

日本における天然記念物の指定は、学術的・文化的・歴史的に重要な動植物や地質・鉱物に対して行われる制度で、一本の樹木が単独で指定を受けるためには、大きさ・樹齢・健全性のいずれにおいても傑出していることが求められます。大杵社の大スギはこれらすべての要件を満たしており、千年以上にわたり台風や地震、社会の移り変わりを生き抜いてきたその姿は、由布院盆地の自然史と精神文化を今に伝える生きた記念碑といえます。

見どころ

幹の裏側に広がる神秘の空洞

大杉のもっとも驚くべき見どころは、社殿側からは見えない幹の裏側にあります。生きたままの幹の内部に、畳およそ3畳分にも及ぶ広大な空洞が形成されており、その中には小さな神像が安置されているのです。樹木そのものが社の役割を果たしているといってよいでしょう。樹を保護するため直接幹に触れることはできませんが、社殿の裏手をめぐる小道から、この空洞の様子を静かに拝観することができます。

地上3メートルで分かれる二本の幹

地上約3メートルの位置で幹が二本に分かれる姿は、一般的な一本立ちの巨樹とはまったく異なる迫力を見せます。宇奈岐日女神社の社伝には、第十二代景行天皇が西征の折にこの地で「二株一幹之霊杉(にしゅいっかんのれいすぎ)」を見て皇祖霊として崇めたという伝承が残されており、この大杉の樹形を目にすると、古代から続く杉信仰の世界がにわかに身近に感じられます。

境内を包む鎮守の森

大杉の周囲を取り囲む若いスギの木立も、ぜひゆっくりと味わいたい見どころです。境内は昼間でもほの暗く、鳥のさえずりや木々のしずくの音だけが響く静寂が広がります。由布院の町中の喧騒とはまったく異なる時間が流れており、晴れた日には木立の隙間から由布岳の双耳峰を望むこともできます。

大杵社と宇奈岐日女神社のつながり

大杵社そのものはこぢんまりとした神社で、石垣の上に小さな社殿がひとつ建つだけです。しかし境内に立つこの大杉こそが、神社の真の宝といえます。大杵社は、由布院の中心部に鎮座する古社・宇奈岐日女神社の境外末社にあたります。宇奈岐日女神社は『延喜式』神名帳にも記載される式内社で、「六所宮(ろくしょぐう)」とも呼ばれ、地元では古くから「六所さま」と親しまれてきました。社伝には景行天皇の創祀伝承が残るほか、由布院盆地が太古に湖であったとする「蹴破伝承」など、土地の古層に通じる物語が数多く伝えられています。

由布院を訪れる際には、宇奈岐日女神社と大杵社をあわせて参拝することで、この土地の信仰の重層性をより深く感じ取ることができます。町の中心に広い参道を構える宇奈岐日女神社に対し、大杵社は山あいの静かな斜面にひっそりと鎮座し、その親密な雰囲気が訪れる人の心に強く残ります。

アクセスと拝観のポイント

大杵社の大スギは、JR由布院駅から南へおよそ1キロメートル、徒歩で15〜20分ほどの場所にあります。閑静な住宅地を抜けて向かうため、宇奈岐日女神社や湯布院温泉街と組み合わせた散策コースに最適です。神社直前の道は急で道幅が狭く、車では離合が難しいため運転には注意が必要です。境内には2台ほど駐車できるスペースがあります。

境内は終日開放されており、参拝に料金はかかりません。現役の信仰の場ですので、静かに敬意をもって訪れていただくことが大切です。撮影は可能ですが、フラッシュの多用、根元への乗り上げ、幹に触れることは避けるようにしましょう。新緑の春から初夏、霧に包まれる秋もそれぞれに趣があり、季節を変えて訪れたくなる場所です。

周辺の見どころ

由布院は日本でも特に人気の高い温泉観光地で、大杉の周辺にも見どころが豊富にあります。冬場の朝に立ちのぼる朝霧で有名な金鱗湖は徒歩圏内にあり、湖と由布院駅とを結ぶ湯の坪街道には、カフェや工芸品店、小さな美術館が軒を連ねます。大杉が抱える自然の文脈に興味を持った方には、由布院盆地のシンボル・由布岳の麓まで足を延ばすのもおすすめです。車でのアクセスも良好で、初心者から経験者まで楽しめる登山道が整備されています。

宿泊するなら、素朴な民宿から名高い高級旅館まで多彩な温泉宿が揃っており、その多くが山々を望む露天風呂を備えています。大杉を訪ねたあとに温泉と豊後牛の料理で一日を締めくくるのは、由布院ならではの贅沢な旅の過ごし方といえるでしょう。

Q&A

Q大杵社の大スギの樹齢はどれくらいですか。
A一般に樹齢1000年以上と推定されています。生きた巨樹の正確な年齢を非破壊で測ることは難しいですが、その大きさや成長の様子、地域の古記録などから、千年を超える老樹であると考えられています。
Q幹の中の空洞に入ることはできますか。
A空洞内には神像が安置されており、また樹木保護の観点からも内部への立ち入りや幹に触れることはご遠慮いただく形になっています。社殿裏の小道から、外から空洞の様子を拝観することは可能です。
Q訪れるのにおすすめの時間帯はいつですか。
A朝の早い時間帯や夕方の柔らかな光が差し込む頃が、特に幻想的な雰囲気を味わえます。寒い季節の朝に発生する霧の日は、境内全体が一段と神秘的な表情を見せます。
Q宇奈岐日女神社との関係はどのようなものですか。
A大杉が立つ大杵社は、由布院中心部にある式内社・宇奈岐日女神社の境外末社にあたります。両社は古くから深く結びついており、あわせて参拝されることが多い神社です。
Q足腰に不安がある人でも訪れられますか。
A神社へのアクセス路は急な坂道で、境内には不揃いな石段もあります。バリアフリー対応の整備はありませんので、無理のない範囲でお出かけください。雨の日や雨上がりは特に足元に注意が必要です。

基本情報

名称 大杵社の大スギ(おおごしゃのおおすぎ)
樹種 スギ(Cryptomeria japonica)
指定区分 国指定 天然記念物
指定年月日 昭和9年(1934年)8月9日
推定樹齢 1000年以上
樹高 約38メートル
幹周 目通り(胸高)約10メートル / 根元周囲 約14メートル
特徴 地上約3メートルの高さで幹が二支に分かれる。裏側の幹内には畳3畳分ほどの空洞があり、内部に神像が安置されている。
所在地 〒879-5103 大分県由布市湯布院町川南746-19
アクセス JR由布院駅から南へ約1km(徒歩15〜20分)/ 車で約5分
駐車場 あり(境内に若干スペース、台数は少ない)
拝観料 無料(境内は終日開放)

参考文献

文化遺産オンライン「大杵社の大スギ」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/173445
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2868
大杵社(おおごしゃ)|日本一の「おんせん県」大分県の観光情報公式サイト
https://www.visit-oita.jp/spots/detail/4368
宇奈岐日女神社(うなぎひめじんじゃ)|日本一の「おんせん県」大分県の観光情報公式サイト
https://www.visit-oita.jp/spots/detail/4384
宇奈岐日女神社 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%A5%88%E5%B2%90%E6%97%A5%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE
宇奈岐日女神社|YUFUINFO 湯布院・庄内・挾間公式旅ガイド
https://yufuin.gr.jp/spot/spot-1274/

最終更新日: 2026.05.07