藩主ひとりのために建てられた棟
多田家住宅御成屋敷は、大分県豊後大野市三重町市場にある元治元年(1864年)建立の木造二階建で、平成14年(2002年)6月25日に国の登録有形文化財となった建物である。名称がそのまま用途を示している。「御成」とは貴人が家臣や領民の屋敷へ出向くことを指す言葉で、この棟は臼杵藩主を迎える座敷として建てられた。
多田家は臼杵藩市場組の大庄屋を務めた家である。大庄屋は藩士ではない。年貢の割付を行い、藩の触れを各村の庄屋へ伝え、組内の争論を裁く。百姓身分でありながら行政の末端を担う立場で、藩主を直接迎えうるだけの格を認められていた。地元には、周辺の庄屋衆が費用を出し合って普請したという伝えも残る。
建築面積は166平方メートル。屋根は瓦葺で、玄関は平入の式台とする。式台から次の間を経て座敷へ至る一直線の続き間をとり、その三方に縁を廻らせた。武家屋敷の書院まわりと同じ構成を、百姓身分の屋敷が備えている点にこの建物の性格が集約されている。
登録基準が示すもの
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。建設後おおむね50年を経た建造物を対象とし、登録基準は三つある。御成屋敷が該当したのは「造形の規範となっているもの」であり、同じ屋敷地に建つ御成門と主屋の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」とは異なる。四棟のうち、建築そのものの完成度を評価されたのはこの一棟だけということになる。
この種の座敷は、目的が失われれば真っ先に改造される。明治4年(1871年)の廃藩置県で御成の機会は消え、多くの家では床を張り替え、間仕切りを入れ、あるいは取り壊した。御成屋敷が残ったのは、次の用途がすぐに与えられたからである。明治期に大野郡役所庁舎が建設されるまでの間、この建物が郡役所として使われた。行政の都合が、結果として建築を保存した。
その二度目の役目にまつわる話も伝わっている。降伏文書に署名した外交官・重光葵は明治20年(1887年)、父が大野郡長を務めていた時期にこの屋敷で生まれたと地元では語られる。ただしこの記述は文化庁の登録データにも豊後大野市の解説にも見当たらず、地域の言い伝えとして扱うのが妥当である。
道路から屋根を読む
多田家住宅は現在も多田家の私邸である。内部は非公開で、受付も拝観料も公開日も設定されていない。訪ねる側にできるのは、前面の道路に立って外観を眺めることに限られる。それでも見どころは屋根にある。
御成屋敷の屋根面はわずかに反りをもち、東側に接する主屋は逆に起りをつける。同じ年に同じ大工が手がけた一群の建物で、意匠に差を設けたということである。次に、式台玄関の正面に立つ御成門を見てほしい。門と玄関は一直線上に配され、駕籠を降りた藩主が向きを変えずに式台へ進める配置になっている。
撮影は道路からの外観であれば通例問題にならないが、私邸であることを踏まえた配慮は必要で、三脚で通路を塞いだり塀越しにレンズを向けたりする行為は避けたい。所在地はJR豊肥本線・三重町駅から徒歩約10分。同じ市場地区には昭和2年(1927年)築の旧長田医院(現在は喫茶店)と、醤油醸造施設だった麻生家住宅も登録有形文化財として残り、あわせて歩けば半日の行程になる。
Q&A
- 多田家住宅御成屋敷の内部は見学できますか。
- できません。現在も多田家が居住する私邸で、内部は非公開です。公開日や拝観料の設定もありません。前面道路から外観を見ることは可能です。
- 多田家住宅御成屋敷はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
- 建立は江戸時代末の元治元年(1864年)です。登録有形文化財としての登録年月日は平成14年(2002年)6月25日、告示は同年7月16日、登録番号は44-0078です。
- 多田家住宅御成屋敷の「御成」とはどういう意味ですか。
- 貴人が下位の者の屋敷へ出向くことを指す敬語表現です。御成屋敷はそのための専用の棟を意味し、この建物の場合は臼杵藩主を迎える座敷として、日常の居住空間とは別に構えられました。
- 多田家住宅御成屋敷へのアクセスを教えてください。
- 所在地は大分県豊後大野市三重町市場1308-1です。JR豊肥本線・三重町駅から徒歩約10分。車の場合は大分市方面から国道10号を経て国道326号を利用するのが一般的です。
- 多田家住宅で登録有形文化財となっているのは何棟ですか。
- 御成屋敷、御成門、主屋、蔵の四棟で、いずれも平成14年6月25日付の登録です。蔵は主屋の背面に建つ土蔵で、当初は米蔵として使われ、腰部をなまこ壁とします。
基本情報
| 名称 | 多田家住宅御成屋敷(ただけじゅうたくおなりやしき) |
|---|---|
| 所在地 | 大分県豊後大野市三重町市場1308-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 44-0078/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 登録 平成14年(2002年)6月25日/告示 同年7月16日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積166平方メートル |
| 所有者 | 個人(多田家) |
| 公開状況 | 非公開(私邸)。道路からの外観見学のみ可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 多田家住宅御成屋敷
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002865
- 豊後大野市 — 登録文化財
- https://www.bungo-ohno.jp/docs/2015022000714/
- 豊後大野市 — 市内文化財一覧
- https://www.bungo-ohno.jp/docs/2015022000035/
- 大分県 — 国指定・選定等文化財一覧(PDF)
- https://www.pref.oita.jp/kyoiku/tmp/bunka/post-101/1.pdf
最終更新日: 2026.08.05