旧赤坂尋常高等小学校校舎 — 明治の木造校舎が子ども図書館として蘇る
岡山県赤磐市馬屋、県道27号線沿いの少し小高い場所に、屋根に菊水のレリーフを掲げた木造2階建ての洋風校舎がたたずんでいます。1910年(明治43年)に建てられ、長く小学校として使われたのち、現在は私設の「子ども図書館ほたる」として新たな命を吹き込まれた建物です。アーチ状の玄関装飾、襷状(たすきじょう)の意匠、屋根の円窓——いずれも岡山に多くの洋風建築を残した県技師・江川三郎八の作風を色濃くまとった、明治後期の学校建築を今に伝える貴重な存在です。
歴史的背景
建物が産声を上げたのは1910年(明治43年)、現在地から北へ離れた久米郡里方村(現在の岡山県久米郡久米南町)でした。当初は赤坂尋常高等小学校の本館として建設され、村の子どもたちが学ぶ拠点となります。1927年(昭和2年)には、開校当初に教室を借りた誕生寺の名にちなみ「誕生寺尋常高等小学校」と改称。戦後の学制改革を経て現在の誕生寺小学校となるまで、半世紀以上にわたり多くの児童の声を響かせてきました。
解体の危機と救出
1970年(昭和45年)、新校舎の建設に伴い、由緒ある木造校舎は解体される寸前まで追い込まれます。これを救ったのが、福武書店(現・株式会社ベネッセコーポレーション)創業者の福武哲彦氏でした。文化的価値を惜しんだ福武氏の尽力により、1973年(昭和48年)に建物は丁寧に解体され、現在の赤磐市馬屋にあった旧高月小学校跡地に移築されました。その後しばらくは倉庫として用いられた時期もありましたが、2015年(平成27年)に実業家の大槻順一郎氏が建物を取得し、活用の道が模索されることになります。
登録有形文化財への登録
2018年(平成30年)11月2日、旧赤坂尋常高等小学校校舎は国の登録有形文化財(建造物)として正式に登録されました。赤磐市にとっては4件目の登録となり、文化審議会は「明治時代末の学校建築の姿を今に伝える貴重な建物」と評価しています。アーチ状の玄関装飾、小壁の襷状意匠、屋根上の円窓、独特な形式をもつ小屋組——これらの特徴は、いずれも岡山県技師・江川三郎八の関与をうかがわせるものとして、登録の理由に挙げられました。
設計者・江川三郎八と「江川式建築」
江川三郎八(1860〜1939年)は福島県会津若松の出身で、会津藩士の家に生まれた三男です。宮大工の修行を経て、1887年(明治20年)に福島県の建築技師となり、橋梁工事を担当する中で西洋の構造技術に触れました。山口半六、妻木頼黄、学校建築の権威・久留正道らから直接指導を受けたのち、1902年(明治35年)に岡山県へ転任。当時、県庁内の唯一の建築技師として、学校・警察署・銀行・議事堂など数多くの公共建築を一手に手がけました。
江川が岡山県内に残した擬洋風の作風は、地元で「江川式建築」と呼ばれるようになりました。襷状にクロスする小壁の意匠、ゆったりとした寄棟屋根、和洋折衷の独自の小屋組——とくに彼が福島時代の橋梁工事で得た知見をもとに考案した「江川式小屋組」は、無柱の大空間を木造で実現する構造的な工夫として高く評価されています。代表作には、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のロケ地としても知られる旧遷喬尋常小学校本館(国指定重要文化財)、旧旭東尋常小学校附属幼稚園舎(国指定重要文化財)などがあります。
建築の魅力・見どころ
建物は木造2階建て、瓦葺の寄棟造で、左手に平屋棟が付属する構成です。建築面積は268平方メートル。江川の代表作と比べれば規模は小さいものの、彼の作風を凝縮したような均整のとれた佇まいが印象的です。
アーチ状の正面玄関
建物の顔となるのが、優美なアーチ状の玄関装飾です。柱型に挟まれ、控えめなモールディングで縁取られた半円のアーチは、訪れる人を最も魅了する意匠の一つ。なお、見た目には正面の玄関が入口に思えますが、現在の実際の入口は左手側にある点にもご注目ください。
屋根の菊水レリーフ
本建物の象徴ともいえるのが、屋根に掲げられた「菊水」のレリーフです。菊水紋は、南北朝時代の武将・楠木正成の家紋として知られ、彼が寡兵で大軍を相手取った「赤坂城」のエピソードで名高い意匠。学校が置かれた村の名「赤坂」との縁から、楠木正成への敬意を込めて屋根上に据えられたと伝えられ、子どもたちの学び舎を歴史と結びつける静かな仕掛けとなっています。
襷状(たすきじょう)の装飾筋交いと円窓
2階の窓上部、小壁の部分を見上げると、細い部材が斜めに交差した「襷」のような意匠が施されています。これはもともと構造材であった筋交いを意匠化したもので、江川式建築を象徴するモチーフ。さらに屋根面には円形の小窓(ドーマー)が設けられ、和の屋根に西洋の風韻をそっと添えています。
「江川式小屋組」の構造美
2階の天井裏には、江川が福島時代の橋梁工事で培った知見をもとに考案した独自のトラス構造、いわゆる「江川式小屋組」が隠れています。和の継手・仕口と洋風の三角構造を組み合わせることで、内部に柱を立てずに大屋根を支える設計を実現。広い講堂や教室を必要とした学校建築には欠かせない技法で、本建物にもその工夫が活かされています。
子ども図書館ほたる — 校舎の新しい役割
2023年8月2日、かつて講堂であった2階の大空間(約200平方メートル)に、私設の「子ども図書館ほたる」が開館しました。運営は一般社団法人螢學舎(ほたるがくしゃ)。代表理事の大槻順一郎氏は、ネパールで10館の図書館を寄贈してきた経験を踏まえ、地元・岡山の子どもたちにも本を通じて広い世界に出会ってほしいとの願いから、本建物の活用を構想しました。
館内には、デザイン・アート・ものづくり・冒険などをテーマに厳選された約3,000冊の本が、ハンギングチェア、紙と木の枝でつくられた小屋、厚紙のドーム、植栽などとともに配置されています。まるで森の中の隠れ家のような空間で、子どもたちは思い思いの場所で寝転んだり、揺れる椅子に揺られたりしながら自由に読書を楽しめます。利用は無料で、貸し出しは行っていません。開館は水曜から土曜の11時から16時まで。
建物の外観はいつでも公道から眺めることができ、敷地脇の駐車スペースから屋根の菊水レリーフやアーチ状の玄関を間近にご覧いただけます。
アクセスと見学の注意
建物は岡山駅から車で約40〜50分の、赤磐市馬屋ののどかな田園地帯に位置しています。公共交通でお越しの場合は、岡山駅から宇野バス美作線に乗り、「馬屋下(まやしも)」バス停で下車。建物までは徒歩圏内です。お車でお越しの場合は、敷地内に駐車場が用意されています。建物は岡山県道27号線(岡山吉井線)沿いに位置し、道路からも姿を望むことができます。
建物内部は、子ども図書館ほたるの開館時間中(水〜土の11:00〜16:00)に限り、図書館利用のかたちで2階に上がることができます。それ以外の時間帯は外観のみの見学となります。敷地内には立ち入り禁止のロープが張られた区域もありますので、ご見学の際は安全に配慮し、足元にもご注意ください。
周辺の見どころ
校舎の周辺には、合わせて訪ねたい歴史・文化スポットが点在しています。徒歩圏内には備前国分寺跡があり、奈良時代に聖武天皇の発願で建立された国分寺の伽藍跡をしのぶことができます。周辺には古墳も多く、古代備前国の風景を感じられるエリアです。馬屋地区には、古い歯科医院を改装した日本茶専門店「と、」もあり、近年デザインや暮らしに関心の高い人々のあいだで密かな注目を集めています。
少し足を延ばせば、備前焼の窯元が集まる伊部、現存する日本最古の庶民のための公立学校である旧閑谷学校(備前市)にもアクセス可能です。岡山市中心部の岡山城と日本三名園の一つ後楽園までは車で約40分。江川三郎八の建築をさらに巡るなら、彼の代表作である旧遷喬尋常小学校校舎(真庭市・国指定重要文化財)への足を延ばすのもおすすめです。
Q&A
- 建物の中に入って見学できますか?
- 建物そのものの一般公開は行われていませんが、2階は私設の「子ども図書館ほたる」として水曜から土曜の11:00〜16:00に開館しており、その時間帯であればどなたでも無料で図書館として利用しながら内部を体感できます。それ以外の時間は外観のみのご見学となります。
- なぜ赤磐市にあるのに「赤坂」尋常高等小学校という名前なのですか?
- 建物はもともと現在の久米南町(旧・里方村)に建てられた赤坂尋常高等小学校の本館でした。1973年(昭和48年)、新校舎建設に伴い解体される予定だったところを、福武書店(現・ベネッセコーポレーション)創業者の福武哲彦氏が救い、現在の赤磐市馬屋に移築したという経緯があります。
- 設計者は本当に江川三郎八ですか?
- 岡山県内に多くの学校建築を残した県技師・江川三郎八の設計と広く伝えられており、文化庁の登録説明でも、アーチ状の玄関装飾、襷状の意匠、屋根上の円窓、独特な小屋組などの特徴が江川の関与をうかがわせると記されています。ただし、確定的な設計図書などは現存しないとされ、研究上は「江川の関与」と慎重に表現されることが一般的です。
- 屋根の菊水のレリーフにはどのような意味がありますか?
- 菊水紋は南北朝時代の武将・楠木正成の家紋で、彼が籠城戦を繰り広げた「赤坂城」にちなむ意匠です。学校の所在地名「赤坂」と楠木正成ゆかりの「赤坂」を重ね、子どもたちの学び舎に歴史的な意味合いを添えるべく屋根上に据えられたと伝えられています。
- 岡山駅からのアクセス方法を教えてください。
- お車の場合、岡山駅から国道・県道を経由して約40〜50分です。公共交通の場合は、岡山駅から宇野バス美作線に乗車し「馬屋下(まやしも)」バス停で下車。バス停から徒歩圏内です。建物は岡山県道27号線(岡山吉井線)沿いに位置し、敷地内には駐車場もあります。
基本情報
| 名称 | 旧赤坂尋常高等小学校校舎(きゅうあかさかじんじょうこうとうしょうがっこうこうしゃ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物)/2018年(平成30年)11月2日登録 |
| 建築年 | 1910年(明治43年)/1973年(昭和48年)に現在地へ移築 |
| 設計 | 江川三郎八の関与とされる(岡山県技師) |
| 構造 | 木造2階建、寄棟造、瓦葺、左手に平屋棟付属/建築面積268㎡ |
| 所有者 | 一般社団法人螢學舎 |
| 所在地 | 〒709-0825 岡山県赤磐市馬屋字上山1434-7 |
| 現在の利用 | 子ども図書館ほたる(水〜土曜 11:00〜16:00/GW・お盆・年末年始・蔵書整理期間は休館) |
| アクセス | 宇野バス美作線「馬屋下」バス停下車/敷地内駐車場あり/岡山県道27号線沿い |
| 入館料 | 無料(図書館利用、本の貸し出しはなし) |
参考文献
- 文化遺産オンライン — 旧赤坂尋常高等小学校校舎
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/432252
- 赤磐市 — 旧赤坂尋常高等小学校校舎の概要
- http://www.city.akaiwa.lg.jp/bunkazai/ichiran/shitei/yuukei/5175.html
- 赤磐市 — 登録有形文化財の登録プレート交付の報告
- https://www.city.akaiwa.lg.jp/bunkazai/news/5467.html
- 子ども図書館ほたる 公式サイト
- https://kodomohotaru.com/
- 岡山観光WEB — 子ども図書館ほたる紹介記事
- https://www.okayama-kanko.jp/okatabi/1121/page
- Wikipedia(日本語)— 旧赤坂高等尋常小学校本館校舎
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E8%B5%A4%E5%9D%82%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%B0%8B%E5%B8%B8%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%9C%AC%E9%A4%A8%E6%A0%A1%E8%88%8E
- Wikipedia(日本語)— 江川三郎八
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E4%B8%89%E9%83%8E%E5%85%AB
- LIXILギャラリー — "江川式" 擬洋風建築展紹介ページ
- https://livingculture.lixil.com/topics/gallery/g-1912/
最終更新日: 2026.05.07