弘泉寺本堂:瀬戸内海を望む塩飽大工の技と美

岡山県倉敷市下津井田之浦の高台に佇む弘泉寺(こうせんじ)は、真言宗御室派の寺院です。正式名称は鷲羽山弘泉寺。その本堂は、文政10年(1827年)に瀬戸内海の塩飽諸島から招かれた塩飽大工によって建立されました。華美に走らず良材を用いた手堅い造りと、波形や動植物をあしらった洗練された装飾彫刻が特徴で、2018年(平成30年)3月に国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。

歴史的背景

弘泉寺は児島八十八か所霊場の第31番札所として、地域の信仰を集めてきました。本堂を手がけたのは、塩飽諸島の広島(現・丸亀市)青木浦出身の大工、中川重右エ門利壽(当時62歳)と10名の小工たちです。

塩飽大工とは、瀬戸内海に浮かぶ塩飽諸島出身の大工集団の総称です。もともとは塩飽水軍に仕える船大工でしたが、江戸中期以降に廻船業が衰退すると、その卓越した木材加工技術を活かして宮大工や家大工へと転身しました。備中国分寺五重塔、善通寺五重塔、金刀比羅宮旭社など、瀬戸内地域を代表する名建築の数々を手がけたことで知られています。倉敷市内でも弘泉寺のほか、祇園神社長浜宮や阿智神社随身門などに塩飽大工の仕事が残っています。

文化財指定の理由

弘泉寺本堂は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録されました。文化庁の解説によれば、本堂は塩飽大工の手になるもので東面して建ち、桁行三間・梁間四間・向拝一間の入母屋造桟瓦葺です。石垣基壇の上に塩飽諸島産の青木石による亀腹基礎を設け、良材を用いた堅実な造りが評価されています。蟇股(かえるまた)をはじめとする細部意匠には、波形や動植物を題材とした洗練された装飾が施され、下津井地区の歴史的景観の形成に大きく寄与しています。

建築の見どころ

本堂の魅力は、外観の端正な佇まいだけにとどまりません。御拝柱の裏側には精緻な籠彫(かごぼり)が施され、柱飾りには象の彫刻、正面には迫力ある龍の彫刻が四方を飾っています。堂内に入ると、折り上げ格天井が広がり、天井板には色とりどりの花が描かれています。正面には空殿飛天(くうでんひてん)の意匠が見られ、浄土の世界を表現しています。

同じく登録有形文化財である山門も見逃せません。薬医門形式で境内東側に位置し、頭貫(かしらぬき)には波を模した彫刻が施されるなど、海とともに生きた塩飽大工ならではの地域性が随所に表れています。この山門を手がけたのは、本島生之浜出身の橘貫五郎喜勝(当時わずか23歳)。貫五郎はのちに備中国分寺五重塔や善通寺五重塔を建立した名棟梁として名を馳せました。

周辺の見どころ

弘泉寺のある下津井エリアは、歴史と自然の魅力にあふれた観光地です。

  • 鷲羽山展望台 — 寺から程近い鷲羽山は、瀬戸内海の多島美と瀬戸大橋を一望できる絶景スポットです。特に夕景の美しさは格別です。
  • 下津井の町並み — 江戸時代に北前船の寄港地として栄えた港町。本瓦葺の商家やなまこ壁の蔵が残り、町並み保存地区に選定されています。
  • 下津井のタコ — 瀬戸内海の急潮流で育ったタコは身が引き締まり、地元の名物です。周辺の飲食店で新鮮なタコ料理を楽しめます。
  • 本島(塩飽諸島) — 児島観光港からフェリーで約30分。塩飽水軍の歴史を伝える勤番所跡や、塩飽大工が手がけた建築が残る笠島の重伝建地区を散策できます。
  • 児島ジーンズストリート — 国産デニム発祥の地・児島には、ジーンズショップが軒を連ねるユニークな商店街があります。

アクセスは瀬戸中央自動車道・児島ICから車が便利です。公共交通機関ではJR瀬戸大橋線・児島駅から下津井方面のバスをご利用ください。

Q&A

Q塩飽大工とはどのような人たちですか?
A塩飽大工は、瀬戸内海の塩飽諸島出身の大工集団の総称です。もともとは塩飽水軍の船大工でしたが、江戸中期以降に宮大工や家大工へ転身し、備中国分寺五重塔や善通寺五重塔、金刀比羅宮旭社など、瀬戸内地域の名建築を数多く手がけました。
Q本堂はいつ建てられ、いつ文化財に登録されましたか?
A本堂は文政10年(1827年)に建立されました。国の登録有形文化財(建造物)には、平成30年(2018年)3月27日に登録されています。
Q本堂の内部は見学できますか?
A弘泉寺は現在も信仰の場として活動している寺院のため、内部の見学は事前にお問い合わせいただくことをお勧めします。外観の彫刻は境内から自由にご覧いただけます。
Q青木石とは何ですか?
A青木石は塩飽諸島の広島で産出される青みがかった花崗岩です。大阪城の築城にも使われた歴史ある石材で、弘泉寺本堂では亀腹基礎に用いられています。
Q弘泉寺へのアクセス方法を教えてください。
Aお車の場合は瀬戸中央自動車道・児島ICから約15分です。公共交通機関ではJR瀬戸大橋線・児島駅から下津井方面行きバスに乗車し、田之浦付近で下車してください。

基本情報

名称 弘泉寺本堂(こうせんじほんどう)
正式名称 鷲羽山弘泉寺
宗派 真言宗御室派
建立年 文政10年(1827年)/昭和51年改修
棟梁 中川重右エ門利壽(62歳)ほか小工10名(塩飽諸島広島青木浦出身)
構造 木造平屋建、入母屋造桟瓦葺、建築面積123㎡
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)、2018年3月27日登録
登録基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
所在地 岡山県倉敷市下津井田之浦二丁目843
所有者 宗教法人弘泉寺
霊場 児島八十八か所霊場 第31番札所

参考文献

弘泉寺本堂 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/398655
弘泉寺本堂 — 国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012235
弘泉寺 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%98%E6%B3%89%E5%AF%BA
くらしき市民講座「塩飽大工と名建築」 — 倉敷市教育委員会
https://www.kurashiki-oky.ed.jp/lpk-shimin-gakushu-c/kouza/kouza12/041203_2.html
塩飽大工の研究Ⅱ — 公益財団法人 福武財団
https://fukutake-foundation.jp/archives/archive_seto/647

最終更新日: 2026.04.08