野原のマストリヤー ―― 人頭税の記憶を宿す宮古の豊年行事

旧暦八月十五夜、宮古島に名月がのぼる夜、上野地区の野原に暮らす人々が公民館前の広場に集まる。三百年ほど受け継がれてきた豊年行事、それが野原のマストリヤーである。昼間の静かな祈りと、夜の勇壮な棒踊・哀調を帯びた女性の踊りが一日のうちに同居し、宮古の言葉による歌がそこに重なる。

一日は踊りのずっと前から始まっている。八月十五日の午前、集落の祭祀をつかさどる女性、ツカサが、村内に点在する十一か所のお嶽をめぐる。一つひとつの御嶽で、住民の一年の健康と豊作への礼を述べ、翌年の発展を願う。月が高くのぼるころには、その感謝が祝いへと変わっていく。

夕方、男たちはマス元と呼ばれる四軒の家に集う。集落は古くから四つの組に分かれ、それぞれが一軒のマス元を持つ。三日前に各戸が粟を持ち寄って醸した神酒を、ここでくみかわす。やがて若者たちは棒踊の支度を整えて祭場へ向かい、女性の踊り手は直接祭場へと足を運ぶ。

なぜ記録作成等の措置を講ずべき文化財に選ばれたのか

昭和五十五年(一九八〇年)十二月十二日、国はこの行事を「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選定した。これは重要無形民俗文化財の指定とは性格が異なる区分である。最も手厚い保護を与える指定ではなく、地域に固有で、放っておけば失われかねない伝承を、記録と支援に値するものとして選び出す枠組みにあたる。伝承を担うのは野原民俗芸能保存会で、歌と踊りを次の世代へ引き継ぐ役割を負っている。

この行事を際立たせているのは、宮古の歴史でもとりわけ厳しい時代との結びつきである。十七世紀から二十世紀初頭にかけて、島々は一人あたりに課される穀物・布の重い人頭税のもとにあった。マストリヤーという名そのものが、その制度にさかのぼると考えられている。一説には「屋敷(マス)取り」の意とされ、新たに屋敷を構えて住みはじめた村立ての日の踊りを指すという。もう一説は、納税穀物を枡で計量する係の家を枡取家と呼んだことに由来するというもので、島では後者がよく語られる。「マストリャーはじめの歌」には、これは普通の踊りではなく、地頭主の許しを受けて踊るのだ、という趣旨の歌詞がある。その一句に、税に縛られた暮らしの記憶がなお息づいている。

文化財としては、旧暦八月十五夜の農耕儀礼とその折の歌や踊りの古風を、よくまとまった形で残している点が評価された。宮古諸島の数ある芸能のなかでも、際立って独特な民俗芸能である。

夜の見どころ

月が冴える午後九時ごろ、男女が公民館の広場に集まると、いよいよ踊りが本格的に始まる。青年男子が披露するのは四組による棒踊である。かけ声に合わせて棒と棒を打ち合わせる激しいもので、その音が広場いっぱいに響きわたる。

女性の踊りは、これと正反対の趣をもつ。踊り手は数列の縦隊をつくり、前列はクバの葉でこしらえた扇を、後列は四つ竹を手にする。白い鉢巻きを後ろに長くたらし、ゆるやかなテンポで、真剣な表情のまま、哀調を帯びた歌「アーグ」に合わせて舞う。抱き踊り、なぎ踊りという二つの手がある。

マストリャーの踊りが終わってはじめて、夜は素朴な歓びへと開いていく。手を振り足をあげる巻踊りに移り、最後は宮古諸島に特有の輪踊り、クイチャーへ。賑わいは夜更けまで続く。沈んだ調子から晴れやかな調子へと移っていくこの一夜の流れこそ、訪れる人が肌で感じたいところである。

周辺の楽しみ

マストリヤーが行われるのは、宮古島市南部、上野地区にある野原公民館前の広場である。日取りは旧暦によるため、新暦では毎年異なり、おおむね九月から十月初めにあたる。見学を考える場合は、その年の日程をあらかじめ市の文化財担当に確認しておきたい。

宮古島は滞在を長くするほど見どころが増える。宮古島市総合博物館では、島の祭事や信仰、人頭税時代の重みが整理されており、踊りを見る前後に訪ねると理解が深まる。周囲のサンゴ礁や、伊良部・来間・池間といった島々を結ぶ長い橋は気軽な日帰りに向き、秋には宮古各地の集落がそれぞれのクイチャーや豊年の習わしを続けている。

Q&A

Qいつ行われますか。
A旧暦八月十五日、十五夜の晩です。新暦では毎年日付がずれ、九月から十月初めにあたることが多くなります。昼間の祈りは午前から始まり、踊りは午後九時ごろに始まります。
Q「マストリヤー」とはどういう意味ですか。
A主に二つの説があり、いずれも確定していません。一つは屋敷取りに結びつけ、村立ての踊りを指すとするもの。もう一つは、人頭税時代に税穀を計量した係の家に由来するというもので、島ではこちらがよく語られます。はじめの歌の歌詞は後者を支える内容です。
Q国宝や重要文化財とはどう違うのですか。
A国宝や重要文化財は建造物や美術工芸品に用いられる区分です。マストリヤーは無形の民俗文化財であり、重要無形民俗文化財の指定ではなく、記録作成等の措置を講ずべきものとして選定された区分にあたります。価値を認め、記録と継承を支える枠組みです。
Q見学はできますか。
A公の広場で行われる集落の行事で、節度ある見学はおおむね受け入れられています。観光向けの上演ではなく、いまも生きた信仰と社会の場ですので、御嶽や祈りの場では静かに見守る配慮が求められます。事前に市の窓口で見学方法や作法を確認しておくと安心です。
Q棒踊と女性の踊りはどう違うのですか。
A男性の棒踊は、かけ声に合わせて棒を打ち合わせる激しく賑やかな踊りです。女性の踊りは、クバ扇や四つ竹を手に、哀調を帯びた歌に合わせてゆるやかに舞う厳かなものです。この対比と、最後に続く晴れやかなクイチャーが、一夜の構成をかたちづくっています。

基本情報

名称野原のマストリヤー(マストリャーとも表記)
所在地沖縄県宮古島市上野地区 野原公民館前広場
区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(国による選定)
選定年月日昭和五十五年(一九八〇年)十二月十二日
保護団体野原民俗芸能保存会
開催旧暦八月十五日の夜(新暦では九月~十月初め)
問い合わせ宮古島市教育委員会 生涯学習振興課 文化財係(電話 0980-77-4947)

参考文献

野原のマストリヤー|文化遺産オンライン(国立文化財機構/文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/200286
【国指定:選定無形民俗】野原のマストリャー|宮古島市の文化財
https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/kyouiku/syougaigakusyu/syougaikakusyu/bunkazai-Masutorya_Country.html
『みんなの文化財図鑑』(無形文化財編・民俗文化財編)|沖縄県公式ホームページ
https://www.pref.okinawa.jp/bunkakoryu/bunkageijutsu/1009556/1009653/1009658/1018658/1009662.html

最終更新日: 2026.06.17