久高島の漁撈習俗 ― 神の島に息づく海の生活文化

沖縄本島南東部、知念半島の沖合およそ五キロに浮かぶ周囲約八キロの細長い島、久高島(くだかじま)。琉球の創世神アマミキヨが最初に降り立ったと伝えられる「神の島」として知られ、年間三十を超える神事が今も旧暦に従って営まれています。その一方で、久高島はかつて糸満漁夫と並び称された海人の島でもあり、漁撈をめぐる豊かな信仰と慣習がほぼ完全な形で受け継がれてきました。

こうした久高島ならではの暮らしの全体像を、国(文化庁)は平成六年(一九九四年)十二月十三日、「久高島の漁撈習俗」として「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択しました。本土の漁村ではすでに失われた古い漁撈組織や共同漁、神事と漁が一体となった暮らしの仕組みが、今もこの小さな島には脈々と生きています。海外からの旅人にとって、久高島は「祈り」と「働き」が分かちがたく結ばれた、日本の根源的な生活文化に触れることのできる稀有な場所といえるでしょう。

神の島と海人たちの歴史

久高島は琉球石灰岩からなる平坦な島で、面積はわずか約一・三九平方キロメートル。琉球王国時代にはこの島が国家祭祀の重要な祭場とされ、首里王府からも度々祈りが捧げられました。島中央西側の聖域フボー御嶽をはじめ、島全体が聖地として崇められ、外間御殿や久高殿といった拝所が集落の中心となっています。

島の男たちはかつて、ほぼすべての生計を海から得ていました。久高の漁師の腕前は本島の糸満漁夫と並んで広く知られ、男子は十三歳になると上級者である十五歳のンナグナー(貢納用の貝を採る役目の意)とともに、漁師としての特別な訓練を受けたといいます。十六歳に達した若者は納税の義務を負い、村の諸行事への参加が求められ、一人前の島人として迎え入れられました。

女性は祭祀の中心を担い、一村を統括する祝女(ノロ)を頂点に、根神・掟神からなるクニガミの一団、そしてヤジクと呼ばれる島の全女性が祭祀集団を形成しています。男性の役職には世襲制の根人のほか、漁撈と直接結びついたソールイガナシー(竿取神)が置かれ、海神に通じる存在として島の漁撈を支えてきました。

なぜ国の文化財に選択されたのか

文化庁が一九九四年十二月十三日に「久高島の漁撈習俗」を選択した際の分類は、種別が「風俗慣習」および「生産・生業」とされ、選択基準は「由来、内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの」が適用されました。解説では、この習俗が大漁祈願をはじめ、漁撈の訓練、共同漁撈、漁撈集団の集いなどとして行われる漁撈をめぐる総体的な民俗であり、かつての漁法や共同体での指導、漁撈集団のあり方を知る上で貴重であることから、早急に記録を作成する必要があると評価されています。

「重要無形民俗文化財」に「指定」されるのではなく、「選択」されているのは、これらの習俗を国として詳細に記録保存することを優先したためです。日本各地で漁撈習俗が断片化していくなか、神事と漁が一体的に連続して残る点こそが、民俗学・人類学にとって他に代えがたい価値を持つと考えられています。

一年を貫く漁撈の祭祀と慣習

久高島の漁撈習俗は単独の儀礼ではなく、季節と種目に応じて連なる一連の祭祀と慣行から成り立っています。代表的なものをご紹介します。

ソールイガナシーの制度

島の漁撈の要となるのが、竜宮神に通ずる役目を担う男神役、ソールイガナシーです。久高地域と外間地域に一人ずつ置かれ、任期は二年。ただし同時任命ではなく交互に在任する仕組みで、就任一年目は「弟」、二年目は「兄」として指導的立場に立ちます。これにより常に経験者の助言が共同体に届けられる、巧みな仕組みとなっています。

ヒータチ ― 春の大漁祈願祭

漁撈の年は春のヒータチに始まります。ソールイガナシーの主宰のもと、その年の大漁を祈願する重要な行事で、ここから島の漁の本格的な季節が幕を開けます。

ピシクミ ― 海に許しを乞う

旧暦三月には「ピシクミ(干瀬踏み)」と呼ばれる行事が行われます。これは礁湖(イノー)の干瀬を実際に歩きながら、海神に対し漁の許しを乞う儀礼です。海から獲るのではなく、海から「いただく」という発想が、久高島の漁撈観の根底に流れています。

三月綱・七月綱 ― 少年たちの漁業訓練

旧暦三月と七月には、十三歳・十五歳の男子を対象とする漁業訓練「三月綱」「七月綱」が行われます。共同漁の技術を伝えると同時に、世代を超えて村の漁撈集団を結びつける通過儀礼でもあり、実用と祭儀が一つに結ばれた行事です。

キスクマーイ ― 海からの贈り物

旧暦五、六月の大潮の頃、銀色に輝く稚魚キスク(アイゴの稚魚)が群れをなして島の岸辺に寄ってきます。この光景を島の人々は「海上の楽土からの贈り物」と受け止めてきました。捕獲された魚は「寄り物」と呼ばれ、漁に参加しなかった人にも分配される慣行が今も生きており、共同体の理念を象徴する習俗のひとつとなっています。

アミドゥシ ― 漁撈集団の集い

旧暦十一月十三日、集団漁撈の後に仮設の七つ宿に集まって会食する行事が「アミドゥシ(綱同士)」です。海の恵みを分かち合うだけでなく、一年の漁を共同体として総括する場でもあり、漁撈集団の連帯を確かめ合う節目となっています。

イラブー漁と燻製加工

久高島の漁撈習俗の中でも特に知られるのが、エラブウミヘビ(イラブー)の手づかみ漁とその燻製加工です。秋の産卵期に、神事を司る限られた女性が夜の岩場で素手によりイラブーを捕獲し、御殿庭(ウドゥンミャー)の脇に建つ専用の燻製小屋「バイカンヤー」で時間をかけて燻製にします。琉球王国時代には王府への重要な献上品とされ、現在も旧暦九月のハンジャナシーをはじめとする祭祀の供物として欠かせない神聖な食料です。捕獲から燻製、神事への供物に至るまでの一連の工程は、男性の村頭(むらがしら)二人と女性神役の協働によって支えられています。

訪れる方への見どころ

祭祀そのものは、原則として島民のみが関わる場で営まれ、観光客が立ち会うことはほとんどありません。それでも、漁撈習俗が培ってきた島の風景や暮らしの気配は、歩くだけでも豊かに感じられます。

徳仁港から集落へ入ると、御殿庭の一角に小ぢんまりとした燻製小屋バイカンヤーが立っています。けっして派手な建物ではありませんが、ここから島の食文化と祭祀が連綿と結ばれてきた長い時間を感じ取ることができます。島の北端には、アマミキヨが降臨したと伝わるカベール岬(ハビャーン)。東海岸のイシキ浜には、五穀の種が入った黄金の壺が流れ着いたという伝承が残り、漁撈・農耕・信仰が一体となった久高島の世界観を体現する場所です。

港近くの食堂では、琉球王朝時代に滋養強壮の珍味として珍重されたイラブー汁を味わうことができます。昆布やソーキとともにじっくり煮込まれた深いだしに島の食文化の歴史が凝縮されており、地元では「年に二度食べると風邪を引かない」とも伝えられています。海ぶどう丼やニガナの和え物といった島ならではの料理もあわせて、ぜひ味わってみてください。

アクセスと島でのお願い

久高島へは、沖縄本島南部・南城市の安座真港から定期航路でアクセスできます。徳仁港までの所要時間は高速船で約十五分、フェリーで約二十五分。両船あわせて一日六往復が運航されています(運航は天候により欠航となる場合があります)。島内は周囲約八キロと小さく、レンタサイクルで二時間ほどでひと回りできるため、自転車を借りて巡るのが一般的です。

久高島は島全体が聖域とされており、訪れる方には守っていただきたい大切なお願いがあります。石・砂・草木・貝などを島の外へ持ち出すことは固く禁じられています。フボー御嶽など立ち入りが禁止されている御嶽や、季節によって入域が制限される区域があります。とくに旧暦四月と九月のハンジャナシーの期間には、島の北側(カベール岬を含む)が数日間立入禁止となるため、事前に久高島公式サイトなどで日程を確認のうえお越しください。祭祀の場や神人の方々に対する撮影は控え、案内表示や島の方々のご指示に従って、心穏やかにお過ごしいただければと思います。

島の歴史と文化をより深く知りたい方には、南城市教育委員会認定の地元ガイド、またはNPO法人久高島振興会のツアーがおすすめです。島内には民宿が数軒と久高島交流館があり、日帰り客が引いた後の静かな島時間を味わうこともできます。

周辺の見どころ

久高島観光と組み合わせてぜひ訪れたいのが、世界遺産・斎場御嶽(せーふぁうたき)です。安座真港から車で数分の距離にあり、琉球王国時代の最高聖地として、王府の聞得大君(きこえおおきみ)がこの場所から久高島の方角を遥拝したと伝えられています。両者をあわせて巡ることで、南城市一帯に広がる琉球の聖地ネットワークの全体像が立ち上がってきます。このほか、神秘的なガンガラーの谷、白砂が美しいあざまサンサンビーチ、東シナ海を一望する知念岬公園など、海と祈りに彩られた南城市らしい景観が点在しています。

Q&A

Q久高島の祭祀や漁撈儀礼を観光で見学することはできますか?
A祭祀の多くは島民の方々のみが参加する非公開の行事として営まれており、観光客が立ち会える機会はほとんどありません。また、祭祀期間中は島内の一部が立入禁止となります。観光としては、ガイドによる解説、集落や港の風景、そして島の食文化を通して、習俗の輪郭を感じていただく形になります。
Qいつ訪れるのがおすすめですか?
A気候の安定する春と秋が比較的訪れやすい時期です。ただし、旧暦四月と九月のハンジャナシー期間は島の北側に立入制限があるため、久高島公式サイトで日程を確認するとよいでしょう。夏は海が美しい反面、日差しが強く、冬は静かですが船が欠航する日もあります。
Qなぜイラブーの捕獲は女性が担うのですか?
A久高島では祭祀の中心を女性が担う伝統があり、イラブー漁は神事と一体の聖なる行為と位置づけられています。かつては久高ノロをはじめとする位の高い神女のみに許された行為で、現在もごく限られた経験ある方々によって受け継がれています。
Q「選択」と「指定」はどう違うのですか?
A「久高島の漁撈習俗」は一九九四年に「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として国に選択されました。これは重要無形民俗文化財として「指定」する手前の措置で、国が映像・調査などにより詳細な記録を残し、後世への継承を支えていく枠組みです。日本人の基盤的な生活文化の典型として高く評価されていることに変わりはありません。
Q特に気をつけて行動すべき場所はありますか?
A御嶽をはじめとする拝所には観光気分で立ち入らないようにしてください。最高聖地フボー御嶽は島民以外の立入が禁じられています。また、石・砂・草木・貝などを島から持ち出すことは決してなさらないでください。久高島は今も生きた祈りの島であるという前提のもと、案内表示や地元の方々のご指示に従って心静かに過ごしていただければと思います。

基本情報

指定区分 記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(文化庁選択)
名称 久高島の漁撈習俗(くだかじまのぎょろうしゅうぞく)
種別 風俗慣習 / 生産・生業
選択年月日 平成六年(一九九四年)十二月十三日
所在地 沖縄県南城市知念字久高(久高島)
島の規模 面積約一・三九平方キロメートル、周囲約七・七五キロメートル
アクセス 南城市・安座真港より高速船で約十五分、フェリーで約二十五分(徳仁港着)
船舶運航 久高海運合名会社(TEL:098-948-7785)
観光案内 南城市観光協会 / NPO法人久高島振興会

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 久高島の漁撈習俗
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/618
文化遺産オンライン ― 久高島の漁撈習俗
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189382
南城市役所 ― 久高自治会紹介ページ
https://www.city.nanjo.okinawa.jp/shisei/jichikai/chinen/kudaka/
久高島公式サイト|久高のシマ時間
https://kudaka-island.com/
らしいね南城市 ― 久高島特集
https://www.kankou-nanjo.okinawa/tokusyu/kudakajima/
東京文化財研究所 無形文化遺産部 ― 沖縄久高島のイザイホー映像デジタルアーカイブ
https://www.tobunken.go.jp/ich/izaiho/
久高海運(フェリー・高速船公式サイト)
https://kudakakaiun.jimdofree.com/

最終更新日: 2026.05.14