声を合わせ、輪になって踊る
沖縄本島から南西へおよそ三百キロ。宮古諸島の集落では、人びとが広場に集まって輪をつくり、声を合わせて歌いながら踊る。これがクイチャーである。屋外で円陣を組み、両手を前後左右に振り、大地を踏みしめて躍り上がる。動作の合間には手拍子が入る。舞台も、本来は楽器もない。歌う声そのものが、この踊りを支えている。
名の由来には諸説あり、一説には「クイ(声)」を「チャース(合わせる)」が縮まったものとされる。近年は伴奏に三線を加える地域もあるが、もともとは楽器を伴わない歌と踊りであったといわれてきた。平成十四年(二〇〇二年)二月十二日、文化庁はこれを記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択した。
なぜ国が記録を残そうとしたのか
無形の民俗文化財には段階がある。最上位は重要無形民俗文化財だが、その手前に、国が「記録作成等の措置を講ずべき」ものとして選ぶ区分が置かれている。指定までは行わず、記録・保存・公開に対して公費の補助を充てられるようにする仕組みで、通称を選択無形民俗文化財という。クイチャーは平成十四年、民俗芸能の分野でこの選択を受けた。
評価の根拠は、この踊りが人びとの暮らしと信仰に深く根を下ろしている点にある。豊年祭や雨乞いの場で踊られ、また何の行事もない晩に娯楽として踊られてきた。歌や踊りに他に類例がなく、地域の特色を強く示し、芸能の本来のあり方をうかがわせる。文化庁の評価はそう記している。
その姿は、伝承地や機会、歌によって変わる。男性だけ、女性だけ、男女ともに、あるいは集落の祭祀を司るツカサだけで踊る場合もある。男女がともに踊るときは、それぞれが別の輪をつくって二重三重に重ねることもあれば、一つの円を男女で分け合うこともある。掛け合いの形をとることも多く、男性が踊る間は女性が手拍子を打って歌い、女性が踊れば男性が歌う。一つの歌が終わればすぐ次の歌へ移り、輪は長く続いていく。
重荷から解かれる日の踊り
もっとも広く知られるのが、漲水のクイチャー、すなわち人頭税廃止のクイチャーである。宮古は二百年以上にわたって人頭税の社会だった。税は個人に課され、村は連帯して責任を負った。女たちは、その負担を支えるために上質な麻織物、宮古上布を織った。明治二十六年(一八九三年)、宮古の農民代表四人が廃止を求めて上京する。翌年の春に彼らが帰島したとき、宮古じゅうから集まった人びとが漲水の浜から内陸へと連なり、クイチャーを踊って熱狂的に迎えたと伝えられている。
歌の内容は幅広い。豊穣を祈る歌、雨を乞う歌、恋人への思いを込めた歌、労働の喜びや苦しみを歌ったもの。記録は古く、一七〇一年の文献には、一六五五年に琉球国王の前でクイチャーが踊られたと記される。十四世紀の宮古統一にその起源を求める伝承もある。訪れる人が目にするのは、その長い連なりの今に至る末端であり、最初に歌った人びとの子孫が、なお踊り継いでいる姿である。
どこで見られるか
クイチャーは建物でも一点物でもなく、生きて続けられている芸能である。だから訪ねるべき建造物も、決まった住所もない。もっとも確実に見られるのは、平成十四年から宮古島市で続くクイチャーフェスティバルだろう。人頭税廃止の百年を一つの節目として始まったもので、保育園児から九十代まで踊り手の幅は広い。演目は、各集落の保存会が守る伝統クイチャーの部門と、新たに作られた創作クイチャーの部門に分かれる。
通年で触れたいなら、平良にある宮古島市総合博物館がよい。島の伝統芸能とあわせて、人頭税廃止運動の資料や、かつて税として納められた宮古上布の機織りを展示している。開館は九時から十六時三十分まで、月曜は休館、入館料は三百円。宮古へは空路で入り、宮古空港と平良港が島の玄関口となる。
Q&A
- クイチャーはいつ、どこで見られますか。
- 公開の機会としては、十一月初めごろに宮古島市で開かれるクイチャーフェスティバルが中心です。各集落の豊年祭などでも踊られますが、その日取りは旧暦に従うため、訪問前に地元へ確かめておくとよいでしょう。
- 楽器は使うのですか。
- 本来は使いません。声と手拍子が拍子を刻みます。近ごろは三線を加える地域もありますが、楽器を伴わない歌こそ古い形とされています。
- 観光客も踊りに加われますか。
- フェスティバルでは年齢も性別も問わず、簡単な所作なら観客にも開かれています。もともと閉じた見せ物ではなく、皆で踊る共同の営みでした。
- 「選択無形民俗文化財」とは何ですか。
- 国が指定までは行わず、記録と保存を支援する区分です。重要無形民俗文化財より一段手前にあたり、クイチャーは二〇〇二年にこの選択を受けました。
- 人頭税のクイチャーとはどんなものですか。
- 漲水のクイチャーと呼ばれ、二十世紀初めまで宮古を苦しめた人頭税からの解放を喜ぶ気持ちを歌ったものです。数あるクイチャーの中でもっとも広く歌われています。
基本情報
| 名称 | 宮古のクイチャー(みやこのくいちゃー) |
|---|---|
| 区分 | 記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(民俗芸能) |
| 選択年月日 | 平成十四年(二〇〇二年)二月十二日 |
| 所在地域 | 沖縄県 宮古諸島 |
| 形態 | 屋外で行う集団の歌と輪踊り。本来は楽器を伴わない |
| 見学の機会 | クイチャーフェスティバル(宮古島市・十一月初旬)、宮古島市総合博物館 |
参考文献
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189542
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/312/00000791
- 宮古のクイチャー(宮古島市)
- https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/kyouiku/syougaigakusyu/syougaikakusyu/bunkazai-MiyakoKuicha.html
- クイチャーとは(クイチャーフェスティバル公式)
- https://kuifes.com/what-is-kuichaa/
- 宮古島市総合博物館(沖縄県博物館協会)
- https://museum-okinawa.jp/49miyakojimam/
最終更新日: 2026.06.17