多良間島の八月踊 離島に三日間続く奉納芸能

旧暦八月の三日間、人口千百人ほどの平らな珊瑚礁の島が、太鼓と法螺貝、三線の音で満たされる。多良間島の八月踊である。旧暦八月八日から十日にかけて行われるため、新暦では年によって九月から十月へと日付がずれていく。

多良間島は宮古島と石垣島のあいだの海上にあり、宮古島の西約六十七キロ、石垣島の北東約三十五キロに位置する。集落はひとつで、仲筋と塩川の二つの字に分かれている。八月踊では、この二字が日替わりで主役を務める。

人頭税の時代に生まれた祭祀

この芸能の出発点は、島の歴史のなかでも厳しい時代にある。一六三七年、琉球王府は宮古・八重山に人頭税を課した。およそ十五歳から五十歳までの島民に対し、各人の事情にかかわらず一律に賦課されるものだった。島の人々は毎年、旧暦七月までにその納入を終えるよう働いた。

その年の重税をようやく納め終えると、安堵と感謝が祈りと踊りとなった。人々は御願所に集まって完納を報告し、翌年の豊作を神に願った。地元で八月御願と呼ばれるこの行事が、現在の八月踊の源流にあたる。人頭税が廃止されたのは一九〇三年であり、二百数十年に及ぶ重圧の記憶がこの踊りの背後にある。

当初は土着の民俗踊りであったものが、のちに琉球古典舞踊や組踊を取り込んでいった。組踊は、明治期以降に沖縄本島から島へともたらされた歌舞劇である。小さな離島の祭礼でありながら、村の民俗芸能と洗練された宮廷由来の演目とが同じ場に並ぶ点に、八月踊の特色がある。

二つの国の保護枠組み

この祭礼に対する国の保護のしかたには、整理しておきたい点がある。同じ行事に対して、性格の異なる二つの国の指定・選択が並行して存在するためである。

まず「多良間島の八月踊」という名称では、一九七五年十二月八日に「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」として選択された。これはいわゆる選択無形民俗文化財であり、対象を最上位の保護区分に置くのではなく、記録の作成や調査を主眼として国が選び出す枠組みである。保護を担うのは多良間村民俗芸能保存会である。

次に翌一九七六年五月、同じ祭礼が「多良間の豊年祭」の名称で重要無形民俗文化財に指定された。こちらは制度上の上位区分にあたる。観光案内や村の説明が八月踊を「国指定重要無形民俗文化財」と記すとき、その根拠は一九七六年の指定にある。一方、一九七五年の選択は、踊りそのものの名称で国指定文化財等データベースに残る。二つの記録は、ひとつの生きた伝統を二つの行政的な視点からとらえたものといえる。

三日間の演目

日程の順序は古くからの慣わしで定まっている。初日はショウニツ(正日)と呼ばれ、仲筋字が担い、土原御願で行われる。二日目は塩川字に移り、ピトゥマタ御願が舞台となる。三日目は「別れ」と称し、両字がそろって祭りを締めくくる。

演目は朝から夕方まで続き、性格の異なる芸能が次々に現れる。獅子舞があり、棒を手にした棒踊があり、若衆による二才踊がある。シニツキ踊やユリツキ踊といった古い民俗踊りも演じられる。やがて場面は古典舞踊や組踊へと移る。組踊は一七一九年に玉城朝薫が創始した歌舞劇で、二〇一〇年にユネスコ無形文化遺産の代表一覧に記載された。両字はそれぞれ独自の組踊を継承しており、仲筋では「忠臣仲宗根豊見親組」「忠孝婦人村原組」、塩川では「忠臣公之組」「多田名組」などが上演される。

軽妙な見どころとなるのが狂言座である。多良間方言で演じられる笑いの劇で、日々の感情を大らかな滑稽に変えてみせる。親しまれている「谷茶前」もそのひとつだ。方言がわからなくても、所作から内容を読み取ることができる。子孫繁栄を願う「長者の大主」も注目したい演目である。

多良間島へのアクセスと島内の移動

多良間島へは、宮古島を経由する道のみが開かれている。琉球エアコミューターが宮古空港から約二十分で結び、多くの日で一日二往復が運航する。那覇からの直行便はない。もうひとつの手段は宮古島・平良港からのフェリーで、約六十二キロの航路をおよそ二時間で渡る。基本的に一日一便で、日曜は運休となる。冬季や台風の季節には欠航も少なくないため、出発前に運航状況を確かめておきたい。

島内にタクシーはない。宿泊施設は数が限られ、祭りの時期は早くに埋まるため、部屋と送迎の手配は早めに済ませておくとよい。移動はレンタカーやレンタサイクル、有償の集落バスが中心で、静かな海岸沿いを一周しても徒歩で一時間ほどである。商店や飲食店、自動販売機は限られるので、飲み物や軽食は持参しておくと安心できる。

もうひとつ心に留めたいのが御願所への配慮である。島には立ち入りを控えるべき聖域が多く点在する。祭りの当日は、見学できる場所や撮影が許される場面について、地元の案内に従っていただきたい。

Q&A

Q八月踊はいつ行われますか。
A旧暦八月八日から十日の三日間で、新暦では九月から十月ごろにあたります。日付は毎年変わるため、旅行を計画する前に多良間村の最新の日程を確認してください。
Q八月踊は国宝ですか。
Aいいえ。国宝は建造物や工芸品など有形のものに対する区分です。八月踊は無形の民俗文化財で、一九七五年に「多良間島の八月踊」として選択され、一九七六年には「多良間の豊年祭」の名称で重要無形民俗文化財に指定されています。
Q見学はできますか。撮影は可能ですか。
A見学は可能で、この祭りを目当てに訪れる人も多くいます。撮影の可否は場所や場面、とくに御願所の周辺で異なりますので、当日の地元の案内に従ってください。
Q多良間島へはどう行けばよいですか。
A宮古島を経由します。宮古空港からRACの飛行機で約二十分、または平良港からフェリーで約二時間です。フェリーは一日一便で日曜は運休、那覇からの直行便はありません。
Q祭りに行けない場合、どこで知ることができますか。
A演目の中心をなす組踊は、那覇の国立劇場おきなわで通年上演されており、芸能としての形を年間を通じて見ることができます。文化庁や文化遺産オンラインのデータベースにも記録と解説があります。

基本データ

名称多良間島の八月踊(たらまじまのはちがつおどり)
所在地沖縄県宮古郡多良間村(多良間島・仲筋および塩川の両字)
区分記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(選択無形民俗文化財)/選定 一九七五年十二月八日。同じ祭礼は「多良間の豊年祭」の名称で重要無形民俗文化財に指定(指定 一九七六年五月)
種別民俗芸能
開催旧暦八月八日〜十日の三日間(新暦の日付は毎年変動)
保護団体多良間村民俗芸能保存会
アクセス宮古島から、RACの飛行機で約二十分、または平良港からフェリーで約二時間

参考文献

多良間島の八月踊 - 文化遺産オンライン(NII/文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189372
多良間の豊年祭 - 文化遺産オンライン(NII/文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188922
八月踊り - 多良間村公式ホームページ
https://www.vill.tarama.okinawa.jp/kankou/event/hachigatsuodori/
フェリー運行情報・飛行機でのアクセス - 多良間村公式ホームページ
https://www.vill.tarama.okinawa.jp/about/access/ferry/

最終更新日: 2026.06.17