嘉永元年、陪塚から現れた黄金の鞍
嘉永元年(1848)8月、河内国誉田村、現在の大阪府羽曳野市で、応神天皇陵とされる誉田御廟山古墳の外濠に接する小さな円墳から、金色に輝く馬具一式が掘り出されました。円墳の名は誉田丸山古墳。出土品の中心をなしたのが、龍文を透彫した金銅板で鞍をおおう装飾鞍2具分の金具でした。
出土品は天皇陵の祭祀を担ってきた誉田八幡宮に伝えられ、昭和9年(1934)に重要文化財、昭和27年(1952)11月22日に国宝の指定を受けています。指定名称は「金銅透彫鞍金具」。日本で出土した馬具の中でも最古級に位置づけられる優品です。
龍がうねる透彫の意匠
古墳時代の鞍は、木製の鞍橋を基本構造とし、騎手の前に立ち上がる前輪(まえわ)と背後の後輪(しずわ)という2枚の弧状の板で構成されていました。丸山古墳出土の鞍では、この前輪と後輪の表面全体を、透彫を施した金銅板がおおっています。木部はすでに朽ちて失われ、金属部分だけが残りました。
文様の主役は龍です。長く引き伸ばされた龍体が唐草のようにからみ合い、それぞれの龍が板の中央へ向かう構成で連続して配されています。離れて見れば一面の金色の格子、近づけば顎や肢が一頭ずつ浮かび上がる。距離によって表情を変える意匠です。
2具のうち2号鞍は1号鞍よりやや小ぶりに作られており、女性用ではないかという説もありますが、確証はありません。これほどの装飾鞍が2具そろって同じ古墳から出土した例は、国内ではきわめて珍しいとされています。
製作地は日本ではないと考えられています。類似する金銅透彫の鞍金具は、中国北方に興った三燕の領域や、朝鮮半島の新羅の王陵級古墳(慶州の天馬塚など)で知られており、丸山古墳の鞍も5世紀に大陸からもたらされたものと見られています。馬と騎乗の文化そのものが、列島に伝わって間もない時代のことでした。
国宝指定の理由と価値
指定の対象は鞍金具2具分ですが、附(つけたり)として金銅轡鏡板1点、金銅花形辻金具一括、鹿角装刀残闕一括、馬具鉄鏃及鎧等残闕一括、そして発掘関係書類一綴が含まれます。江戸時代の発掘で記録文書が残された例は少なく、この書類の存在が出土地と出土状況を裏づける貴重な証拠となっています。
価値の核心は三点に整理できます。第一に、日本列島における騎馬文化受容の最初期を示す実物資料であること。第二に、透彫と鍍金の技術水準が当時の列島では到達し得ない高みにあり、東アジア工芸史の基準作となること。第三に、河内の王権が海を越えた交流の中にあったことを示す物証であることです。
考古学者の森浩一は、本品を古墳出土の鞍の中でも最優秀品と評し、金色に輝く馬具は大集団の中で王者の存在を際立たせる効果を持ったと論じました。実際、各地の古墳から出土する馬具の多くは轡だけの実用本位のもので、鞍金具を伴う例は1割にも満たないとされます。鍍金の鞍は、社会の頂点に立つ人物のためのものでした。
拝観の方法と見どころ
鞍金具は誉田八幡宮境内の宝物館に収蔵されています。開館は毎週土曜日の午後1時から4時まで。社務所に声をかけて拝観料400円を納めると、係の方が扉を開けてくれます。同じ館内では、源頼朝の寄進と伝わるもう一件の国宝「塵地螺鈿金銅装神輿」(鎌倉時代)も拝観できます。
土曜日に訪れられない場合も、境内の絵馬堂に宝物のパネル展示があり、無料で見学できます。
展示ケースの前では、ぜひ時間をかけて細部を観察してください。鍍金は手の触れにくい彫りの奥に良く残っています。1号鞍と2号鞍の大きさの違いを見比べるのも一興です。そして、この金具が1848年に掘り出された時点ですでに1300年以上を経ていたという時間の重なりに、思いをめぐらせてみてください。
周辺情報:世界遺産の古墳群を歩く
誉田八幡宮へは、近鉄南大阪線古市駅から徒歩約10分。大阪阿部野橋駅から電車で30分ほどの距離です。社伝によれば欽明天皇の勅願により6世紀に創建され、日本最古の八幡宮とされます。永承6年(1051)に後冷泉天皇が現在地に社殿を造営したと伝わり、現在の本殿は慶長年間に豊臣秀頼の手で再建されたものといわれています。
社殿のすぐ北には、仁徳天皇陵とされる大山古墳に次ぐ全国2位の規模を誇る誉田御廟山古墳がそびえ、その外濠の際に、鞍金具の出土地である誉田丸山古墳(直径約50メートル、高さ約7メートル、5世紀前半築造の円墳)があります。いずれも2019年に世界文化遺産に登録された「百舌鳥・古市古墳群」の構成資産です。古市エリアには古墳をめぐる散策路が整備されており、徒歩でまわると巨大墳墓の規模が実感として迫ってきます。
毎年9月15日の秋季大祭では、国宝の神輿が応神天皇陵へ渡御する行事が行われます。また羽曳野市一帯は河内ぶどうの産地で、正月三が日には地元産の赤ワインを白い盃でいただく「日の丸神酒」が授与されることでも知られています。
Q&A
- 国宝の鞍金具はいつ見られますか?
- 誉田八幡宮の宝物館で毎週土曜日の午後1時から4時まで拝観できます。社務所で申し出て拝観料400円を納めてください。土曜以外は絵馬堂のパネル展示で概要を知ることができます。
- 鞍金具は日本で作られたものですか?
- 大陸からの渡来品と考えられています。類似品が中国北方の三燕や朝鮮半島の新羅の古墳から出土しており、5世紀の対外交流によってもたらされたと見られます。
- 出土地の誉田丸山古墳は見学できますか?
- 誉田御廟山古墳の外濠近くにあり、外から眺めることができます。墳丘への立ち入りはできませんが、周辺には古墳群をめぐる散策路が整備されています。
- アクセス方法を教えてください。
- 近鉄南大阪線古市駅から徒歩約10分です。車の場合は西名阪自動車道藤井寺インターチェンジから約15分で、駐車場もあります。
基本情報
| 名称 | 金銅透彫鞍金具(こんどうすかしぼりくらかなぐ) |
|---|---|
| 指定区分 | 国宝(考古資料)。昭和9年(1934)重要文化財指定、昭和27年(1952)11月22日国宝指定 |
| 員数 | 2具分。附:金銅轡鏡板1、金銅花形辻金具一括、鹿角装刀残闕一括、馬具鉄鏃及鎧等残闕一括、発掘関係書類一綴 |
| 時代 | 古墳時代(5世紀) |
| 出土地 | 誉田丸山古墳(応神天皇陵陪塚、大阪府羽曳野市)。嘉永元年(1848)8月出土 |
| 所有者 | 誉田八幡宮 |
| 所在地 | 大阪府羽曳野市誉田3-2-8 |
| 公開状況 | 宝物館にて毎週土曜13時~16時公開(拝観料400円)。境内参拝は無料 |
| アクセス | 近鉄南大阪線古市駅から徒歩約10分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「金銅透彫鞍金具」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/837
- 誉田八幡宮公式サイト「御宝物」
- https://kondahachimangu.com/information/treasure/
- 百舌鳥・古市古墳群公式サイト「誉田丸山古墳」
- https://www.mozu-furuichi.jp/jp/learn/map/f12-2.html
- 大阪観光局「誉田八幡宮」
- https://osaka-info.jp/spot/kondahachimangu/
最終更新日: 2026.06.11