南蛮人渡来図屏風 ― 異国との出会いを描いた桃山の名品

十六世紀の後半、ポルトガルやスペインの船が日本の港に姿を見せるようになった。南の海路をたどって来航したことから、当時の人々は彼らを「南蛮人」と呼んだ。その出会いの光景を、金箔の地に濃彩で描き上げた六曲一双の屏風が大阪にある。数多く残る南蛮屏風のなかでも、もっとも優れた一作として知られている。

本図は紙本に金地、その上に岩絵具で彩色した六曲屏風の一双である。あわせて十二扇の画面には、日本の港に入った南蛮船と、小舟で荷を陸揚げする様子が描かれる。松の下には袴の裾を広げた異国の人々が立ち、港町の家並みのなかには、行列をなしてキリスト教の聖堂へ向かう一行の姿がある。制作は桃山時代、十七世紀の初め頃と考えられ、大阪市北区中津の南蛮文化館が所蔵する。

現存する南蛮屏風はおよそ六十余点が知られ、描かれた情景の違いから三つの類型に分けられている。本図は第一類型に属する。左隻に南蛮船の入港と荷揚げを、右隻に南蛮人の行列とキリスト教の聖堂を配する構成で、もっとも作例が多い類型である。宮内庁所蔵の一本をはじめ多くの作品があるなかで、本図はその第一類型の白眉と評されてきた。

重要文化財に指定された理由

本図は平成七年(一九九五)六月十五日に重要文化財へ指定された。その評価は、絵としての完成度と、短くも鮮烈だった一時代の記録という二つの側面から成り立っている。

まず材料の質が際立つ。顔料と金箔はいずれも上質で、発色の良さがいまも保たれており、とりわけ群青の青が深く澄んでいる。描写の精緻さでも他の南蛮屏風を上回る。右隻の上方、回廊をめぐらせた聖堂のなかでは、キリスト教の習俗が場面ごとに描き分けられている。フランシスコ会の托鉢修道士の手に接吻して挨拶する信者、祭壇の前で胸に十字を切る人々、格子をへだてて告解にのぞむ姿などである。やがて禁教と鎖国に向かう国にあって、異国の信仰をこれほど丹念に写した画面は、史料としての価値も大きい。

作者は明らかでない。細部の手法から狩野派の絵師の筆と考えられ、所蔵館は狩野永徳の子・光信の一門に位置づけている。ただし落款や印章を欠くため、個人名を特定するには至っていない。図様の構成は、慶長五年(一六〇〇)以前の作と伝えられる小林本(重要文化財)と近く、その表現の確かさもあわせて、制作は慶長年間(一五九六〜一六一五)を下らないと推測されている。

見どころ

展示の許す範囲で近づいて眺めると、まず目をとらえるのは青である。海面や衣服の一部に用いられた群青は、四百年を経た絵画の多くが失ってしまう鮮やかさを保っている。暖かな金雲の地に対して、その青が画面全体に涼やかな明るさを与えている。

聖堂の場面は、時間をかけて見るほど発見がある。絵師は建物の内外に信仰の所作を小さな舞台のように配し、当時の日本人にとって目新しかった宗教の一齣ひとこまを並べてみせた。挨拶の礼、胸へ運ぶ手、告解の格子に身を寄せる姿勢。いずれの所作も正確である。

南蛮人そのものの描写も見逃せない。絵師は顔立ちと同じく装いにも筆をそそぎ、ふくらんだ袴、襟の飾り、宣教師の黒い修道服が念入りに描かれている。黒い船体、陸へ運ばれる荷、行列に押し寄せる見物の人々。その一つひとつが、外国船の来航が金地に描くにふさわしい出来事であった時代の関心を反映している。

拝観と関連作品

本図を所蔵する南蛮文化館は、一九六八年に開かれた私設の美術館で、南蛮美術やキリシタン関連の品々を集めた、日本でも有数の個人コレクションを収める。阪急中津駅の南、徒歩数分の場所にあり、大阪・梅田から一駅という近さである。

一点、計画にあたって注意したいことがある。収蔵品を温度や湿度の変化から守るため、この美術館は毎年五月と十一月の二か月間のみ開館する。それ以外の時期は閉館しているため、拝観はこの会期に合わせる必要がある。本図を目当てに訪れるなら、事前に開館予定を確認しておきたい。

旅程が別の季節にあたる場合は、ほかの優れた南蛮屏風を公開している施設がある。神戸市立博物館には狩野内膳の落款をもつ一双(重要文化財)があり、大阪からの日帰りも容易である。東京の皇居三の丸尚蔵館、太宰府の九州国立博物館にも見ごたえのある作例が収められている。美術館の周辺では、梅田が大阪随一の繁華街として知られ、中之島の川沿いには複数の美術館が並ぶ。

Q&A

Q実物はいつ見られますか。
A南蛮文化館は、収蔵品を温度や湿度から守るため、毎年五月と十一月の二か月間だけ開館します。それ以外の時期は公開されていません。拝観はこの二か月のいずれかに合わせ、事前に開館予定を確認してください。
Q誰が描いたのですか。
A作者は明らかになっていません。細部の描写や技法から狩野派の筆と考えられており、所蔵館は狩野光信の一門に位置づけています。落款や印章が残らないため、個人名の特定には至っていません。
Q「南蛮」とは何を指す言葉ですか。
Aもとは中国から入った語で南方の人々を指しましたが、日本では十六世紀に南の海路から来航したポルトガル人やスペイン人を「南蛮人」と呼ぶようになりました。貿易やキリスト教の布教と結びついたヨーロッパ人を指す語として用いられました。
Q左隻と右隻には何が描かれていますか。
A左隻には日本の港に入った南蛮船と、その荷を陸揚げする様子、岸で迎える異国の人々が描かれます。右隻には聖堂へ向かう南蛮人の行列が描かれ、聖堂内では礼拝の場面が細かく描写され、道筋には宣教師や見物人の姿があります。
Qほかに南蛮屏風を見られる場所はありますか。
A神戸市立博物館に狩野内膳の落款をもつ一双(重要文化財)があります。東京の皇居三の丸尚蔵館、太宰府の九州国立博物館にも重要な作例があります。これらは会期限定の南蛮文化館と異なり、通常の開館日に観覧できます。

基本情報

名称紙本金地著色南蛮人渡来図〈六曲屏風〉
所在地南蛮文化館 大阪府大阪市北区中津六丁目二番十八号
指定区分重要文化財(絵画) 平成七年(一九九五)六月十五日指定
員数一双(六曲屏風二隻)
時代桃山時代 制作は慶長年間(一五九六〜一六一五)を下らないと推測される
作者狩野派 筆者不詳(狩野光信の一門とされる)
所有者南蛮文化館(私設美術館)
公開状況毎年五月(一〜三十一日)と十一月(一〜三十日)のみ開館。それ以外は閉館。阪急中津駅から徒歩数分、大阪・梅田から一駅

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース(本図の項)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/2666
南蛮文化館 公式サイト
https://www.namban.jp/namban/
神戸市立博物館 狩野内膳筆 南蛮屏風(収蔵品紹介)
https://www.kobecitymuseum.jp/collection/detail?heritage=365028

最終更新日: 2026.06.14