紙本墨画護摩壇様并三十七尊三昧耶形(伝智証大師本)――平安密教の世界を伝える一巻

大阪府に伝わる重要文化財のなかでも、ひときわ深い祈りの記憶を宿す作品があります。それが「紙本墨画護摩壇様并三十七尊三昧耶形(伝智証大師本)」です。やわらかな白い紙の上に、墨の線のみで護摩壇の姿と、金剛界曼荼羅に列なる三十七尊の三昧耶形がしずかに描き出されたこの巻物は、平安初期に唐へ渡って密教の奥義を持ち帰った智証大師円珍(八一四~八九一)の系譜に連なる、貴重な図像資料として大切に守り伝えられてきました。本作を訪ねることは、千年以上の時を越えて、日本密教の根源にある祈りの形と出会うことでもあります。

唐から日本へ――智証大師円珍が伝えた密教の知

本作の背景を知るためには、その名にかかげられた智証大師円珍について、まず触れる必要があります。円珍は、讃岐国(現在の香川県)に生まれ、十五歳で比叡山に登って延暦寺の初代座主・義真に師事しました。仁寿三年(八五三)、四十歳のときに商船で唐に渡り、六年にわたって天台山や長安を巡り、青竜寺の法全和尚から金剛界・胎蔵界の灌頂を受けて、密教のもっとも深い教えを伝授されています。

天安二年(八五八)に帰朝した円珍は、千巻を超える経典・儀軌・曼荼羅・図像を携え、天台密教(台密)の基礎を築きました。やがて第五代天台座主となり、園城寺(三井寺)を再興して天台寺門宗の宗祖と仰がれます。本作の名にある「伝智証大師本」とは、円珍ご自身の真筆を意味するものではなく、円珍が唐より持ち帰った原本に基づき、寺門の法脈において代々書写・伝持されてきた図像、という意味あいの呼称です。密教の世界においては、師から弟子へと正確に図像を伝えることそのものが、教えの命脈を保つ尊い行為でありました。

本作が描き出すもの――護摩壇と三十七尊の世界

本作は、紙の上に墨の線だけで描かれた、いわゆる白描(はくびょう)の手法によります。色を一切用いない理由は明快で、これは美しさを誇るための装飾画ではなく、修法を執り行う阿闍梨(あじゃり)の手元にあって、一線一画が儀軌の正確さを保証する「働く図像」だからです。

護摩壇の様(かたち)

第一の主題は「護摩壇様」、すなわち護摩を焚くための壇の形式です。護摩はサンスクリットの「ホーマ」に由来する密教儀礼で、護摩木を炉に投じ、煩悩を仏の智慧の炎で焼き尽くすという象徴的な意味を持ちます。本作では、壇の幾何学、中央の炉の配置、各種の供物や法具を据える位置などが、整然とした線描によって示されています。これは、いわば祭壇の設計図とも呼ぶべきもので、修法を行う者にとって不可欠の手本でした。

三十七尊の三昧耶形

第二の主題は、金剛界曼荼羅の中心をなす三十七尊を、それぞれの「三昧耶形」によって描き表したものです。三昧耶形(さんまやぎょう、または、さまやぎょう)とは、サンスクリットの「サマヤ=誓い、約束」に由来する語で、それぞれの仏菩薩が衆生を救うために立てた本誓を象徴する持物(じもつ)や標識をさします。たとえば不動明王ならば利剣、観音菩薩ならば蓮華、大日如来ならば塔や特定の印相など、それぞれの尊格に固有の象徴が定められています。

本作では、三十七尊の姿を具体的な仏身としてではなく、ことごとくこの三昧耶形として表しています。これによって、画面は人間的な姿かたちを越え、仏の本誓そのものが交響する象徴的な空間へと昇華します。護摩壇とそれを取り囲む三十七の象徴を一画面に収めるこの構成は、単なる絵画ではなく、密教における宇宙観の凝縮された雛形であり、行者が瞑想を深めていくための導きとなる聖なる図でもあるのです。

なぜ重要文化財に指定されたのか

本作が国の重要文化財として位置づけられている理由は、いくつもの観点から説明することができます。

第一に、唐から伝えられた密教図像が、ほぼ完全な姿で平安以来の系譜のなかに保持されてきた一級の伝来資料であるという点です。紙本という、本来きわめて損傷しやすい素材でありながら、千年を超える年月を経て今日まで伝わったこと自体が、本作が代々の阿闍梨たちにとっていかに大切なものとして守られてきたかを物語っています。第二に、護摩壇の見取図と三十七尊の三昧耶形を一連のものとして併載する作例は希少で、平安期の修法のあり方を具体的に知るうえで、研究者にとっても他に代えがたい史料となっています。第三に、白描による線描は唐風の影響を色濃く残し、円珍門流における高い図像的・芸術的水準を示しています。そして第四に、この一巻が確かな伝来を保ってきたからこそ、同系統の図像を真贋鑑定する際の基準となり、日本密教研究の礎の一つとなっているのです。

見どころ――一線一画に宿る祈り

本作と向き合うとき、まず心をひかれるのは、その筆致のたしかさです。墨の線は迷いがなく、必要最小限の線描で形を立ち上げており、図像に習熟した者の手であることが伝わります。装飾を排した白描であるからこそ、線そのものが祈りの呼吸を伝えてくるかのようです。

次に、三十七尊の配置にも注目してみてください。三昧耶形はけっして気まぐれに並べられているのではなく、金剛界曼荼羅における仏菩薩の階層と方位にしたがって、厳格な秩序のもとに配されています。中央の主尊から外周の守護尊・供養尊へと、円環をなして広がるその構図は、密教が描き出した宇宙そのものの地図にほかなりません。

また、護摩壇と三十七尊との関係を読み解くとき、本作が単なる平面の図ではなく、立体的な祈りの空間を表していることが見えてきます。実際の修法では、阿闍梨は印を結び、真言を誦え、心のなかで諸尊を観想して壇上に降臨させます。本作を眺めることは、その密儀の核心に静かに参じることにもつながるのです。

周辺情報――大阪南部に息づく密教文化

本作のような繊細な紙本作品はふだん厳重に保管されており、常時拝観できるものではありませんが、本作が伝わる大阪南部、ことに河内長野市の一帯は、密教世界を実地に感じられる文化財の宝庫です。あわせて訪ねることで、本作が育まれた信仰の風土を、より立体的に味わうことができます。

天野山金剛寺

奈良時代の創建と伝わる金剛寺は、平安時代末に阿観上人によって再興され、南北朝時代には南朝の本拠ともなった真言宗御室派の大本山です。金堂に祀られる国宝の金剛界大日如来坐像、不動明王坐像、降三世明王坐像の三尊は、立体で表された尊勝曼荼羅であり、三昧耶形と並んで密教図像のもう一つの極をなしています。境内には平安後期の多宝塔(重要文化財)、慶長年間に建立された護摩堂(重要文化財)など、護摩修法の伝統を今に伝える堂宇が残ります。

檜尾山観心寺

金剛寺と並ぶ南河内の名刹が、檜尾山観心寺です。空海の弟子・実恵によって整備されたと伝わり、本尊の如意輪観音坐像(国宝、秘仏)は毎年四月十七・十八日の二日間のみ開扉されます。境内には空海ゆかりの七つの星塚が残り、立体の七星如意輪曼荼羅をなしています。密教における星辰信仰の独自の景観を、ぜひ実地に歩いて確かめてみてください。

三井寺(園城寺)

智証大師円珍その人について深く学びたい方には、滋賀県大津市の三井寺(園城寺)への足を延ばすことをお勧めします。寺門宗の総本山であるこの寺には、円珍ゆかりの典籍・図像が国宝として伝わり、二〇二三年にはユネスコの「世界の記憶」にも登録されました。本作との関わりを思いつつ歩く三井寺の境内は、また格別の趣があります。

Q&A

Q「三昧耶形」とは具体的にどのようなものですか。
A三昧耶形(さまやぎょう)とは、密教において、各仏菩薩の本誓や本性を象徴的にあらわす持物(じもつ)や標識のことです。たとえば不動明王なら利剣、観音菩薩なら蓮華、大日如来なら宝塔や印相など、それぞれの尊格を表す決まった形があります。仏の姿を直接描かず、その「誓い」を視覚化する点に密教の象徴体系の奥深さがあります。
Q本作は智証大師ご自身が描かれたものですか。
A「伝智証大師本」という呼称は、智証大師ご自身の真筆という意味ではなく、円珍が唐より将来した原本に連なる図像を、その法脈のなかで忠実に書写・伝持してきた本という意味です。密教では、師から弟子へ正確に伝えることそのものが教えの命脈を保つ尊い行為であり、こうした「写し」もまた原本に準じる重みをもって扱われてきました。
Q護摩はなぜ現在も大切にされているのですか。
A護摩は、護摩木に願いごとを書いて炎に投じ、煩悩や災厄を仏の智慧の炎で焼き尽くすという象徴的な祈りで、世界平和の祈願から個人の厄除け、息災延命まで、幅広く修されています。今日も天台・真言の各寺院で勤修されており、金剛寺をはじめとする密教寺院で実際に拝観できる機会もあります。本作の世界が、生きた祈りとして今も息づいていることを実感できるはずです。
Q本作はいつでも拝観できますか。
A紙本という素材の性質上、また宗教的な重みからも、本作はふだん厳重に保管されており、常時公開されているものではありません。京都国立博物館や奈良国立博物館の特別展、所蔵寺院の特別公開などの折に出陳されることがありますので、訪問の前に最新の展示情報をご確認ください。
Q金剛界三十七尊とはどのような仏菩薩のあつまりですか。
A金剛界曼荼羅の中心をなす三十七の尊格をさし、中尊である大日如来、四方の四仏、十六大菩薩、四波羅蜜菩薩、内外の四供養菩薩、四摂菩薩などから構成されます。これらは、悟りの境地を構造化された宇宙として表しており、密教世界観の根幹をなしています。

基本情報

名称 紙本墨画護摩壇様并三十七尊三昧耶形(伝智証大師本)
区分 重要文化財(絵画)
材質・技法 紙本墨画(白描)
系譜・年代 智証大師円珍(八一四〜八九一)にゆかりある図像系譜
主題 護摩壇の見取図、ならびに金剛界曼荼羅の三十七尊を三昧耶形(象徴形)で表したもの
所在地 大阪府
関連宗派 日本密教(天台寺門宗・真言宗ほか)
地域へのアクセス 本作と密接にかかわる密教寺院群が伝わる大阪府河内長野市へは、南海高野線または近鉄長野線の河内長野駅が最寄り。各寺院へは南海バスで約十数分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/
文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
https://bunka.nii.ac.jp/
三井寺>教義の紹介>天台の教え>智証大師円珍の生涯
http://www.shiga-miidera.or.jp/doctrine/eb/cd.htm
三井寺文化財収蔵庫:智証大師円珍関係文書典籍(ユネスコ世界の記憶)
https://miidera-museum.jp/unesco/
e国宝:円珍関係文書
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100166
天野山金剛寺 公式サイト(文化財)
https://amanosan-kongoji.jp/about/cultural-assets/
観心寺 公式ホームページ
https://www.kanshinji.com/
Wikipedia「円珍」
https://ja.wikipedia.org/wiki/円珍
Wikipedia「三昧耶形」
https://ja.wikipedia.org/wiki/三昧耶形

最終更新日: 2026.04.26