「石切さん」と呼ばれる生駒山麓の古社
石切劔箭神社は、大阪府東大阪市東石切町一丁目にある饒速日尊と可美真手命を祀る神社で、昭和6年(1931年)造営の本殿・拝殿及び幣殿・透塀と、昭和35年(1960年)に建った絵馬殿の4件が、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財に登録された。
読みは「いしきりつるぎやじんじゃ」。大阪では「石切さん」、あるいは腫れ物を治す「でんぼの神さん」の名で通っている。「劔」と「箭」は剣と矢を表す字で、東大阪市の案内のように「石切剣箭神社」と書かれることもある。
境内は生駒山の西の麓にある。近鉄奈良線の石切駅から続く参道と、近鉄けいはんな線の新石切駅からの道の、どちらからでも歩いて入れる。
宮山の創祀伝承と式内社の記録
石切劔箭神社がいつ創建されたかは、はっきりしない。神社によると、足利時代の末に兵火を受けて社殿と宝庫がすべて焼け、古い記録が失われたためである。
文献でたどれる早い記事は『日本三代実録』にあり、貞観7年(865年)9月にこの社の位が正六位から従五位へ上がったと記す。延長5年(927年)にまとめられた『延喜式』の神名帳にも「石切劔箭命神社二座」の名が載る。
社家に伝わる口伝を天文5年(1536年)に書き留めた『遺書伝来記』は、神武天皇紀元2年に生駒山中の宮山で饒速日尊を祀ったのを始まりとし、崇神天皇の代に下之社、つまり現在の本社に可美真手命が祀られたと伝える。神社は、この宮山と下之社の2か所が「二座」にあたると説明している。
宮山の神座は慶安3年(1650年)に光堂山へ移り、上之社と呼ばれるようになった。明治40年(1907年)の神社合祀で本社に合わせられ、昭和47年(1972年)に再興されている。
昭和6年の社殿造営と、遅れて建った絵馬殿
いまの社殿は昭和6年(1931年)に造営され、翌昭和7年(1932年)の4月に遷座が行われた。棟札によれば、本殿・拝殿及び幣殿・透塀の設計は吉田種次郎、工事は金剛家(金剛組)の当主だった金剛治一が請け、治一の高弟の大野新一が工事監督を務めた。吉田は奈良出身の技術者で、法隆寺南大門などの解体修理にも携わっている。
彫刻は大阪市の相野宇三郎が手がけ、そのほかの職方はすべて石切劔箭神社の氏子地域の人々だったことも棟札から分かる。建て替える前の本社の本殿は、このとき解体して保存され、昭和47年の上之社再興の際に上之社の本殿として組み直された。
絵馬殿はそれから29年後の昭和35年(1960年)に建った。かつては御神木の西側、いまの祓所のあたりに絵馬堂があったが、昭和29年(1954年)に焼失し、その後継として吉田の弟子の大野新一が設計した。
4件は令和6年(2024年)11月22日の文化審議会で登録が答申され、翌年3月13日に登録された。登録番号は本殿が27-0942、拝殿及び幣殿が27-0943、透塀が27-0944、絵馬殿が27-0945と続く。登録の基準は、本殿・拝殿及び幣殿・絵馬殿の3件が「造形の規範となっているもの」、透塀が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
神社によると、登録のきっかけは、令和14年(2032年)の遷座100年を前に修復工事を計画し、その準備として行った調査だった。
鳥居から本殿へ一直線に並ぶ4件
石切劔箭神社の登録有形文化財は、境内の入口から奥へ向かう1本の軸線の上に並んでいる。入口で門を兼ねるのが絵馬殿で、神社はこれを鳥居と本殿を結ぶ線の上に建てたと説明する。絵馬殿の先、正面に拝殿がある。
拝殿の背後に幣殿が続き、そのさらに奥が本殿である。外から見ると一続きの複合社殿のようだが、本殿は基壇も屋根も独立しており、幣殿の屋根は本殿の向拝の軒下へ差し込まれているにすぎない。神の鎮まる本殿を、人が出入りする建物とはっきり分ける意図が読み取れる、と神社は記す。拝殿の庇から後ろへ延びる透塀が、本殿の両脇を囲んでいる。
本殿のすぐ左手には、御神木のクスノキが立つ。樹齢は約500年と伝わり、幹回りは約6メートル、高さは約18メートルある。
鳥居の近くと本殿の前にはそれぞれ百度石が置かれ、そのあいだを行き来するお百度参りの人が、昼夜を問わず境内を歩いている。この神社でもっとも知られた参拝のかたちで、4件の建物はその往来のただなかにある。
石切劔箭神社への行き方と参拝の時間
最寄り駅は近鉄けいはんな線の新石切駅で、石切劔箭神社までは歩いて約7分。近鉄奈良線の石切駅からは約15分かかり、道の大半が商店の並ぶ参道になる。
境内は24時間開いており、いつでも参拝できる。お守りなどを受ける授与所は午前8時から午後4時30分まで。御加持・御祈祷の受付は午前9時から午前11時30分と、午後1時から午後3時30分までで、毎月9日・19日・29日は行われない。お百度参りも時刻を問わずできるが、12月31日の午後10時から正月三が日までは踏めない。
車では、阪神高速13号東大阪線の水走出口、または第二阪奈道路の西石切ランプからそれぞれ約5分。駐車場は南と北の2か所にあり、料金は最初の1時間が300円、以後30分ごとに100円。南駐車場は24時間、北駐車場は午前4時から午後7時まで使える。台数に限りがあるため、神社は公共交通機関の利用を呼びかけている。
参拝の記念や個人で楽しむ風景の撮影には許可が要らない。一方、拝殿や神楽殿の中と神社が指定する区域での撮影、三脚や脚立を使った撮影、ドローンによる撮影は禁じられている。本殿・拝殿及び幣殿・透塀・絵馬殿の見どころと、どこから見るとよいかは、各棟のページにまとめた。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):石切劔箭神社本殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015331
- 国指定文化財等データベース(文化庁):石切劔箭神社拝殿及び幣殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015332
- 国指定文化財等データベース(文化庁):石切劔箭神社透塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015333
- 国指定文化財等データベース(文化庁):石切劔箭神社絵馬殿
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015334
- 東大阪市:石切剣箭神社が国の登録有形文化財(建造物)に登録されました
- https://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000040441.html
- 石切劔箭神社:御由緒・御祭神
- https://www.ishikiri.or.jp/yuisho/
- 石切劔箭神社:御社殿・御神木
- https://www.ishikiri.or.jp/shaden/
- 石切劔箭神社:境内案内
- https://www.ishikiri.or.jp/annai/
- 石切劔箭神社:お百度参り
- https://www.ishikiri.or.jp/ohyakudo/
- 石切劔箭神社:地図・交通案内
- https://www.ishikiri.or.jp/map/
- 文化庁:文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)(令和6年11月22日)
- https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94136901.html
- 大阪観光局 OSAKA-INFO:石切劔箭神社
- https://osaka-info.jp/experience/ja/osaka/spot/562
最終更新日: 2026.09.29
基本情報
| 名称 | 石切劔箭神社 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府東大阪市東石切町一丁目691 |
| 所有者 | 神道石切教石切劔箭神社 |
| 指定 | 登録有形文化財 4件 |
| 座標 | 34.68201, 135.64625 |