桜花形のお守りに納められていた小さな仏像
2018年、四天王寺と京都国立博物館が共同で行ったX線CT調査により、ひとつの懸守の内部から高さ3.3センチほどの木造の仏像が見つかった。右手を上げて立つ姿で、衣の襞まで細かく刻まれ、香炉などの供養具も添えられていた。外からは決して目に触れない場所に、これほど丁寧な彫刻が施されていた。平安時代に仏像を納めて身につけた実例が確認されたのは、このときが初めてである。
懸守(かけまもり)は、女性が外出する際に首から懸け、装束の上から胸に垂らして身につけた守りである。四天王寺には平安時代後期、おおよそ12世紀ごろの七懸が一括して伝わり、いずれも国宝に指定されている。内部には護符や経文、時には薬が納められ、CT調査が示したように仏像が収められた例もあった。木の芯を錦で包んで仕立てるこの形式の遺品としては、現存最古級にあたる。
七懸はどれも手のひらに収まる小ささで、最大のものでも幅8センチほど、小さな一対は高さ4.5センチに満たない。意匠はそれぞれ異なるが、作風はきわめて近く、同じ工人の手になり、当代の上級貴族が寄進したものと考えられている。
七懸だけが残った理由
身につける品は、持ち主より長く残ることが少ない。紐は擦り切れ、絹は朽ち、小さな装飾品は人の手を経るうちに失われていく。だからこそ四天王寺の七懸は際立っている。懸守として国宝に指定されているのは、全国でもこの七点と、熊野速玉大社の国宝古神宝類に含まれる一点のみである。明治30年(1897年)に旧来の制度のもとで保護対象となり、現行法のもとで国宝に指定されたのは昭和27年(1952年)のことであった。
価値は希少性だけにとどまらない。木芯を覆う錦には、平安貴族の織りと染めの技法が、この規模で残る他に例の少ない形で保存されている。染織史の研究者がこの一群を単なる装飾品ではなく一次資料として扱うのはそのためである。金工も見どころで、銀台に鍍金を施した金具が、鳳凰、花菱七宝、松喰鶴、桜の枝といった文様を布の縁に配し、いずれも肉眼で読み取れる細かさの透彫で仕上げられている。
桜花形の懸守に納められた仏像は、もうひとつの層を加える。調査にあたった学芸員によれば、封じられたあとは見られることのない彫刻でありながら、手抜きはまったく見られなかったという。見えない場所にこれほどの手間をかけた事実は、作り手と発願者の信仰の深さを示している。
七懸を間近に見る
近づいて見ると、一懸ごとの違いが立ち上がってくる。ある一懸は側面に銀台鍍金の火取香炉を据え、透彫の蓋には魚々子地に鳳凰を表し、鍍金の箸を添える。別の一懸は黄地と縹地の錦を貼り合わせ、角には花菱七宝の金具を置き、矢筈に組んだ緒を通す。さらに別の一懸は、紺地の錦に桜丸文の透彫金具を配する。
最も小さな二懸は同形の一対で、形は同じだが用いる裂を違える。表には松喰鶴があしらわれ、裂の剥落した下からは木地に書かれた墨書が現れる。狛犬を配した一懸の錦の下には、墨書の梵字七字が隠されている。表に出すためのものではなく、私的な祈りの言葉であった。
七懸はいずれも小さく、光に弱い。そのため一度にすべてを見ることはできない。寺が展示する際もおおむね二懸ずつで、対面には根気がいる。身を寄せて眺めれば、失われた宮廷の細工が少しずつ立ち現れてくる。
四天王寺を訪ねる
四天王寺は、推古天皇元年(593年)に聖徳太子が建立したと伝わる、日本でも有数の古い官立寺院である。大阪市天王寺区にある境内は、中心伽藍と五重塔を含めて日常的に拝観でき、地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘駅から徒歩で、またJR・地下鉄の天王寺駅からも歩いて行ける。
懸守そのものは宝物館に収められているが、宝物館は常時開館ではない。正月から春、そして秋に特別展として開かれるのが通例で、懸守が出陳されるのはその一部にとどまる。実物を目当てに訪れる場合は、出発前に寺の最新の展示予定を確認しておきたい。
実物が出ていない時期でも、宝物館や授与所ではよくできた複製が用意され、四天王寺は今も梅型や俵型の懸守を授与品として頒布している。千年来の習わしが、現在まで続いているわけである。懸守は2024年にも広く知られた。『源氏物語』の世界を背景にしたNHK大河ドラマ『光る君へ』で、主人公が旅の道中に首から懸ける場面が描かれたためである。
Q&A
- 懸守とは何ですか。
- 首から懸けた紐で胸の前に垂らし、装束の上から身につけた守りです。平安時代の女性が外出時に携えました。内部には護符や経文、時にはほかの品が納められ、四天王寺の一懸には小さな仏像が収められていました。
- 訪れれば実物を見られますか。
- 常に見られるわけではありません。七懸は宝物館に収蔵され、宝物館は季節ごとの特別展のときに開かれます。懸守は毎回出るとは限らないため、来訪前に寺の公式サイトで展示予定をご確認ください。
- 内部の仏像はどのように見つかったのですか。
- 以前のX線写真で納入品の存在は知られていましたが、詳細は不明でした。2018年に京都国立博物館と共同で行ったCT調査で、桜花形の懸守の内部に高さ約3.3センチの木造仏と供養具が確認されました。
- なぜそれほど貴重なのですか。
- この種の平安期の懸守はほとんど現存せず、錦には実物の残りにくい時代の宮廷の織り・染めが保存されています。希少性と染織資料としての価値が、国宝指定の根拠となっています。
- 懸守は購入できますか。
- 四天王寺では現在も懸守を授与品として頒布しており、梅型や俵型などがあります。宝物館では歴史的な懸守の複製が販売されることもあります。
基本情報
| 名称 | 懸守(かけまもり) |
|---|---|
| 区分 | 工芸品 |
| 指定 | 国宝(昭和27年/1952年指定、明治30年/1897年に旧法で保護指定) |
| 員数 | 7懸 |
| 時代 | 平安時代後期(おおよそ12世紀) |
| 寸法 | 高さ約4.5〜7.3cm、幅約6.0〜8.5cm |
| 材質・技法 | 木芯に錦を貼り、銀台鍍金金具と伏組で装う |
| 所有・所在 | 四天王寺(大阪市天王寺区) |
| 公開 | 宝物館の季節特別展のみ(要確認) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/340
- 京都国立博物館「よみもの」(懸守のCT調査に関する解説)
- https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/home/yomimono_data/0098/
- 四天王寺 公式サイト
- https://www.shitennoji.or.jp/
最終更新日: 2026.06.12