四天王寺縁起〈根本本/後醍醐天皇宸翰本〉――聖徳太子と後醍醐天皇、二人の手印が語る国宝

大阪・天王寺の地に立つ和宗総本山四天王寺。1400年余りの歴史を刻むこの寺院の宝物のなかでも、ひときわ深い物語をたたえているのが、国宝「四天王寺縁起〈根本本/後醍醐天皇宸翰本〉」です。1952年(昭和27年)に国宝に指定されたこの一件は、二巻からなる絵巻物。最大の特色は、平安期から伝わる「根本本」に聖徳太子のものと伝えられる朱の手印が、また南北朝時代に書写された「後醍醐天皇宸翰本」には後醍醐天皇ご自身の手印が、それぞれ静かに残されていることです。

本記事では、この縁起がたどってきた歴史、その文化的価値、そして拝観の手がかりについてご紹介します。飛鳥・平安・南北朝という時代を一巻のなかに重ね合わせる、まさに日本仏教史の縮図ともいえる文化財です。

「四天王寺縁起」とは

「縁起」とは、寺院や神社の創建や由来を伝える文書のことを指します。四天王寺縁起は、推古天皇元年(593年)に聖徳太子が建立したと伝わる四天王寺の根本資料であり、その創建に至る誓願や、伽藍の造営、寺宝の管理、四箇院(敬田院・施薬院・悲田院・療病院)の運営など、寺の根幹をなす情報が記されています。

国宝に指定されているのは、次の二巻が一件としてまとめられたものです。

  • 根本本――聖徳太子の自筆と伝えられ、「御手印縁起」とも呼ばれる平安期の写本。
  • 後醍醐天皇宸翰本――建武2年(1335年)、後醍醐天皇が四天王寺に行幸された際に、根本本をご自身で書写した一巻。

両巻が合わせて一件の国宝として登録されている点も大きな特徴です。書写の時代も、書き手の身分も大きく異なる二本が、それぞれの「手印」によって深く結びつけられています。

根本本――聖徳太子の手印伝説

寺伝によれば、根本本は寛弘4年(1007年)、四天王寺の金堂内に安置された金の小塔の中から、僧・慈蓮によって発見されたといわれます。発見当時、人々はこの巻物を聖徳太子直筆の縁起と信じ、また太子ご自身が掌に朱や墨を付けて押印した「御手印」が捺されているものと尊崇しました。これが「聖徳太子御手印縁起」の名で知られる由縁です。

現代の文献学的研究では、根本本は実際には発見の時期に近い平安時代中期に書写されたものと考えられています。聖徳太子直筆という伝承は、平安期に高まった太子信仰のなかで形成されたものとみるのが通説です。とはいえ、四天王寺の歴史を伝える現存最古級の文書のひとつであることに変わりはなく、平安時代の信仰や書写文化、太子信仰の形成過程を知るうえで欠かすことのできない第一級の史料となっています。

朱でほの赤く残る手の跡

根本本のもっとも印象的な特色は、巻物全体に散らされた朱色の手印です。手のひらに朱や墨を付け、押印のように紙へ捺していった跡で、根本本全体ではおよそ20以上の手印が確認されているといわれます。中世の人々はこれを聖徳太子その人の掌の跡と信じて深く敬い、参詣者の心を強く惹きつけてきました。

展示ケースの前に立つと、薄暗い保存照明のなかにほんのりと赤い影のように手印が浮かびあがります。思わず自分の手を比べてみたくなる――そんな素朴な感慨を呼び起こす点も、この国宝が長く愛されてきた理由のひとつでしょう。

後醍醐天皇宸翰本――一帝の信心が結んだ写本

もう一巻の「後醍醐天皇宸翰本」は、その来歴がきわめて明瞭です。建武2年(1335年)5月8日、ちょうど建武の新政が動揺しはじめる時期にあたるこの日、後醍醐天皇は四天王寺に行幸され、根本本をご覧になりました。深く感じ入った天皇は、その場でご自身の筆をとって全文を書写し、巻末に二箇所、ご自身の手印を朱で押印されたと伝えられています。

「宸翰」とは天皇直筆の書のことで、宸翰本がこのように寺社に伝来し続けている例はそれほど多くありません。しかも書写と押印の事実が時代的にも記録的にも裏付けられている点で、後醍醐天皇宸翰本の手印は、紛れもなく実在の天皇の身体が残した痕跡として尊重されています。一巻の紙のうえに、聖徳太子伝承の世界と南北朝の現実史とが、不思議な緊張感をもって重ね合わされているのです。

なぜ国宝に指定されているのか

四天王寺縁起〈根本本/後醍醐天皇宸翰本〉は、昭和27年(1952年)3月29日、書跡・典籍部門の国宝として指定されました。その評価は、いくつかの価値が重なり合うかたちで成り立っています。

歴史的価値として、根本本は四天王寺の創建伝承や四箇院制度を伝える現存最古級の縁起であり、平安中期における寺院縁起の様相、太子信仰の形成、そして古代仏教史を考えるうえで重要な一次資料となります。飛鳥時代の現物そのものではないにせよ、平安期の人々がいかに寺の歴史を理解し、伝えようとしたかを生き生きと示してくれます。

書跡としての価値も見逃せません。根本本は平安期の写経・写本に通じる端正な書風を伝え、後醍醐天皇宸翰本は宸翰書道として高い評価を受けてきた天皇の筆跡を伝えるものです。

そして信仰の面では、聖徳太子伝承を平安・南北朝という大きな時代の隔たりを越えて伝え続けてきた、太子信仰そのものの結晶ともいえる文化財です。二巻を一件として指定するこの扱いは、両者を切り離さずに「太子信仰の二重写し」として捉える視点を象徴するものといえるでしょう。

見どころ――静かな展示室で味わう

常時公開されているわけではありませんが、特別展で実物を拝することができたとき、ぜひ注目していただきたい見どころをご紹介します。

かすかに残る朱の手印

根本本に押された手印は、初見ではすぐには気づかないほど淡く沈んでいます。文字に重なるように残る赤い影は、千年の歳月のなかで色が薄れたものですが、目を慣らしながら見ていくと、手のひらの輪郭がはっきりと浮かびあがります。展示室の落ち着いた照明のなかで、ぜひ時間をかけて眺めてみてください。

手漉き和紙の質感

根本本は、本紙寸法が縦25センチ、横およそ4メートル39センチの巻子装。手漉きの楮紙に書かれており、紙そのものの繊維、墨色のむら、長い年月のあいだに生じた微細な皺などが、文書の風格をいっそう深めています。

三百年を結ぶ二つの筆跡

展示で根本本と宸翰本の両方が並ぶ機会は決して多くありませんが、その時には、墨の質、筆の運び、紙の風合いの違いを丹念に見比べてみてください。三百年という時間を隔てて、ひとつの聖典が書き写されていく――その営みの厚みが、目の前で感じられます。

四天王寺宝物館での拝観について

四天王寺縁起は、四天王寺境内の宝物館に大切に伝えられています。料紙の保存上の都合から常設展示はされておらず、新春・春・秋に開催される企画展のなかで、数年に一度ほどの頻度で公開されることが多い資料です。

仮に縁起そのものが公開されていない時期であっても、宝物館には国宝・重要文化財を含む500点を超える寺宝が収蔵されています。同じく国宝の「扇面法華経冊子」、「懸守」など、平安期の信仰美術を代表する逸品にも出会うことができます。

拝観をご検討の場合は、事前に四天王寺の公式サイトで企画展の内容と会期をお確かめいただくのが確実です。

周辺のみどころ

四天王寺は大阪市天王寺区、上町台地のうえに広がる古刹です。境内そのものに見どころが満ちており、さらに周辺にも歴史と文化が凝縮されています。

境内では、南大門・五重塔・金堂・講堂が南北一直線に並ぶ「四天王寺式伽藍配置」と、池泉回遊式の「極楽浄土の庭」が必見です。毎月21日の「大師会」、22日の「太子会」には境内に多くの露店が並び、庶民信仰の寺としての賑わいも体感できます。4月22日には重要無形民俗文化財「天王寺舞楽」を奉納する聖霊会舞楽大法要が行われ、古代からの祈りのかたちを今に伝えています。

少し足を延ばせば、納骨堂の「お骨佛」で知られる一心寺、夕陽の名所として古来歌に詠まれた夕陽丘界隈、四天王寺七宮のひとつである堀越神社などがあり、上町台地ならではの静かな散策が楽しめます。南へ進めば天王寺公園、大阪市立美術館、超高層ビル「あべのハルカス」と、現代の大阪らしい眺望にも出会えます。

Q&A

Qいつでも四天王寺縁起の実物を見ることはできますか?
Aいいえ。料紙の保存のため、宝物館の特別展に合わせて公開されており、新春・春・秋の企画展のなかで、数年に一度ほど展示されることが多い貴重な資料です。拝観をご希望の方は、事前に四天王寺の公式サイトで企画展の内容をご確認ください。
Q根本本は本当に聖徳太子の自筆なのですか?
A寺伝では聖徳太子の自筆と伝えられていますが、現代の研究では、寛弘4年(1007年)の発見伝承に近い平安時代中期に書写されたものと考えられています。聖徳太子伝承を体現する尊い文書であると同時に、平安期の信仰と書写文化を伝える一級資料として理解されています。
Q後醍醐天皇の手印は本物ですか?
A建武2年(1335年)に後醍醐天皇が四天王寺に行幸され、ご自身で根本本を書写し、二箇所に朱で押印されたと伝えられています。これは後醍醐天皇ご本人が捺された手印として尊重されています。
Q宝物館へはどのようにアクセスすればよいですか?
A大阪メトロ谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅から南へ徒歩約5分です。JR・大阪メトロ・近鉄南大阪線が発着する天王寺・大阪阿部野橋駅からは、北へ徒歩約15分でお越しいただけます。
Q宝物館の館内で写真撮影はできますか?
A展示中の文化財については、原則として館内での写真撮影は認められていません。受付や展示室の案内表示、係員のご案内に従ってご拝観ください。

基本情報

指定名称 四天王寺縁起〈根本本/後醍醐天皇宸翰本〉
区分 国宝(書跡・典籍)
員数 2巻
時代 平安〜南北朝(根本本:平安時代中期/後醍醐天皇宸翰本:建武2年〔1335年〕)
国宝指定年月日 1952年(昭和27年)3月29日
所有者 四天王寺
所在地 〒543-0051 大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18 四天王寺宝物館
アクセス 大阪メトロ谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅下車 南へ徒歩約5分/JR・大阪メトロ「天王寺」駅・近鉄南大阪線「大阪阿部野橋」駅下車 北へ徒歩約15分
宝物館入館料(参考) 一般(大学生含む)500円/高校生 300円/中学生以下 無料
電話番号 06-6771-0066

参考文献

文化遺産オンライン 四天王寺縁起〈根本本/後醍醐天皇宸翰本〉
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/125834
和宗総本山 四天王寺 四天王寺の歴史
https://www.shitennoji.or.jp/history.html
和宗総本山 四天王寺 拝観ご案内
https://www.shitennoji.or.jp/admission.html
和宗総本山 四天王寺 国宝聖徳太子御手印縁起複製本 限定販売のご案内
https://www.shitennoji.or.jp/report/engi
ウィキペディア 四天王寺
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E7%8E%8B%E5%AF%BA
WANDER 国宝 四天王寺縁起(根本本・後醍醐天皇宸翰本)
https://wanderkokuho.com/201_00639/

最終更新日: 2026.05.07