大庄屋屋敷の、日常の側の門
旧吉原家住宅通用門及び煉瓦塀(きゅうよしはらけじゅうたくつうようもんおよびれんがべい)は、福岡県大川市大字小保字中ノ船津にある江戸時代末期の門と大正時代末期に増築された煉瓦塀で、平成29年(2017年)5月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
門の奥に構えるのは吉原家の屋敷である。吉原家は柳河藩小保町の別当職、すなわち町の行政的支配者を代々務め、のちに蒲池組の大庄屋を兼ねた家柄で、文政8年(1825年)建築の主屋は平成11年(1999年)12月1日に国の重要文化財に指定されている。今回の登録対象は、その屋敷が街路に向ける部分にあたる。
敷地の南面には二つの出入口があり、両者の格は等しくない。中央に構えるのが御成門で、天保9年(1838年)、幕府の巡見使を迎えるにあたって新造された。こちらは主屋とともに重要文化財の附として扱われる。もう一方、南面の東隅にあるのが通用門である。そこから煉瓦塀が東西に延び、西へ向かう塀の途中に御成門が挟み込まれる形になっている。
寸法を素っ気なく書けばこうなる。通用門は木造・瓦葺で間口4.6メートル。煉瓦塀は煉瓦造・瓦葺、総延長31メートル。
珍しい建具と、意外な素材
通用門は棟門である。二本の柱に冠木を渡し、その上に棟を載せるという、形式としてはもっとも素直な門にあたる。ところが開口部に納まっているものが変わっている。この格の門であればまず両開きの扉が入るところ、ここには片引戸が二枚建て込まれ、それぞれ左右へ引き分けられる。文化庁の解説はこれを珍しい形式と記しており、脇の出入口が文化財として記録された理由もそこにある。
塀のほうにも意外な点がある。用いられているのは明治・大正の産業でおなじみの赤い粘土煉瓦ではなく、鉱滓煉瓦である。金属精錬の際に出る鉱滓を材料とするため、焼き上がりが灰褐色になり、普通の煉瓦とは色味がはっきり違う。積まれたのは大正末期、およそ1920年代のこと。文政年間の屋敷が、主屋の建った時点では存在しなかった素材で包まれたことになる。塀の頂部に載る桟瓦葺の屋根が効いていて、街路に面した一続きの正面景観としてまとまり、古い家に新しい塀を足しただけには見えない。
登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。この事例には過不足なく当てはまる。門だけ、塀だけでは一項目を立てるほどのものではないが、二つ揃うことで屋敷が小保の町に向ける顔になり、通りの見え方を今日まで保ってきた。
小保の町並みのなかで見る
旧街道を歩いて近づき、敷地に入る前に二つの門を続けて眺めてほしい。御成門は正面中央に据えられ、格式が高く、一世代に一度、身分ある人が通るために建てられた門である。通用門は端に寄り、背が低く、装飾も少ない。そして日々の出入りを引き受けてきたのはこちらだった。荷の搬入も、奉公人も、家人自身も、この門をくぐった。二つを見比べると、大庄屋の家がどう動いていたかが、平面図を眺めるよりよく分かる。
次に煉瓦を近くで見る。鉱滓煉瓦は粘土煉瓦と風化のしかたが違い、曇りの日の平板な光のもとでは石積みのようにも見える。塀が古い門柱に取り付く箇所では、二世紀にまたがる建築の継ぎ目が目の高さにある。
小保はこの一軒だけで引き返すには惜しい町である。かつて柳河藩と久留米藩の藩境にあたり、境を示す御境石が市指定史跡として残る。吉原家の分家にあたる吉原家住宅主屋及び角座敷、江頭家住宅、浄福寺の諸建物なども、それぞれ登録有形文化財になっている。大川は木工のまちとして知られ、その職人仕事は屋敷の内部にも表れている。
主屋の見学は無料で、開館時間は9時から17時、入館は16時30分まで。休館日は毎週月曜日(祝日にあたる場合はその翌日)と年末年始である。門と塀は街路に面して建つため、敷地に入らなくてもいつでも外から見て、撮影できる。屋内には案内の方がいることが多く、丁寧に説明してくださる。日によって組子体験や抹茶の席(いずれも別途有料)も用意されている。
Q&A
- 旧吉原家住宅通用門及び煉瓦塀はどこにありますか?
- 福岡県大川市大字小保136-17ほか、重要文化財・旧吉原家住宅の敷地南面にあたる街路側です。通用門はその南面の東隅に建ち、煉瓦塀が門から東西へ延びています。
- 旧吉原家住宅の通用門は何が珍しいのですか?
- 切妻造桟瓦葺の棟門でありながら、開き戸ではなく片引戸を二枚建て込み、左右へ引き分ける形式をとっています。文化庁はこの点を、この種の門としては珍しい形式と記録しています。
- 旧吉原家住宅は見学できますか。入館料はかかりますか?
- 見学できます。入館料は無料で、開館は9時から17時(入館は16時30分まで)です。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始。通用門と煉瓦塀は公道に面しているので、開館時間外でも外から見学できます。
- 旧吉原家住宅の煉瓦塀と御成門は、扱いがどう違うのですか?
- 建てられた時代も保護の枠組みも異なります。御成門は天保9年(1838年)の建築で、主屋の重要文化財指定に附として含まれます。煉瓦塀は大正末期、1920年代ごろの増築で、通用門とセットで登録有形文化財になっています。御成門は西へ延びる煉瓦塀の途中に挟まれる位置にあります。
- 旧吉原家住宅へは公共交通でどう行きますか?
- 大川市内に鉄道駅はありません。西鉄天神大牟田線の西鉄柳川駅が約6.5キロメートルの距離で、そこから路線バスまたはタクシーで15〜20分ほどが一般的な経路です。バスは本数が限られるため、出発前に時刻を確認してください。
基本情報
| 名称 | 旧吉原家住宅通用門及び煉瓦塀(きゅうよしはらけじゅうたくつうようもんおよびれんがべい) |
|---|---|
| 所在地 | 福岡県大川市大字小保字中ノ船津136-17他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 40-0139 |
| 指定年 | 登録年月日・登録告示 平成29年(2017年)5月2日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 通用門 木造、瓦葺、間口4.6メートル/煉瓦塀 煉瓦造、瓦葺、総延長31メートル |
| 所有者 | 大川市 |
| 公開状況 | 公道から常時見学可。主屋は9時から17時(入館16時30分まで)、入館無料、月曜日・年末年始休館。 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 旧吉原家住宅通用門及び煉瓦塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011586
- 文化遺産オンライン — 旧吉原家住宅通用門及び煉瓦塀
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/256135
- 文化遺産オンライン — 旧吉原家住宅(重要文化財)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/147178
- 大川市 — 大川市内の文化財一覧
- https://www.city.okawa.lg.jp/s065/010/010/020/20160714140526.html
- 大川市 — 旧吉原家住宅 利用案内
- https://www.city.okawa.lg.jp/050/050/040/index.html
最終更新日: 2026.08.24