建築年月日が判明している陶磁器問屋の家

中尾山うつわ処赤井倉(奥川家住宅)は、長崎県東彼杵郡波佐見町中尾郷にある明治23年(1890年)建築の商家建築で、平成15年(2003年)3月18日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。中尾郷を南北に流れる中尾川の右岸沿いの敷地に、ほぼ西を向いて建つ。

この年代の建物は、たいてい様式や技法からの推定で年代を与えられる。本件は違う。上棟の際に小屋組へ納められた木製の破魔矢が現存し、その墨書に「明治二拾三年寅三月十七日 棟上 奥川戸市 棟梁児玉政治」とある。西暦に直せば1890年3月17日。施主の奥川戸市は陶磁器卸商の二代目で、この家はその商いの場として建てられた。

棟梁の名は、記録が食い違う一点でもある。文化庁の解説文は「小玉政治」と記し、破魔矢の墨書を直接引く長崎県の文化財データベースは「児玉政治」と記す。読みはいずれもコダマである。明治23年の筆がどちらの字を置いたのかは、小屋裏に灯りを持って入る誰かの仕事だろう。

平面を読む ― ドマ・ミセ・ザシキ

登録は「造形の規範となっているもの」の基準により、第36回登録、登録番号42-0021として行われた。登録年月日は平成15年3月18日、告示は同年4月8日である。文化庁の評価は「商家建築の好事例」。その根拠は、平面が今も読み取れる状態にあることに尽きる。

身舎は桁行8間、梁間2間半。屋根は入母屋造で、桟瓦を葺く。西面と南面には幅5尺、およそ1.5メートルの広縁を廻し、東面には梁行1間半の下屋を差し出す。広縁と下屋を身舎に足し合わせた全体寸法が、長崎県の記録にある桁行16.0メートル・梁間9.3メートルにあたる。文化庁の登録建築面積は168平方メートル。外壁は真壁漆喰塗で、腰を下見板張りとして雨がかりを受け止める。

内部は三つに分かれ、その並びが卸商の一日の動線とそのまま重なる。北側のドマは荷を扱う土間で、現在は板張りに改装されて店舗として使われている。中央2間半のミセが商談の場。南側のザシキは、相応の買い手を迎える座敷である。板、畳、漆喰という素材の切り替えだけで三段階の格式が示され、間仕切り壁に過度な役割を負わせていない。

中尾郷は波佐見町の東南部にある窯業集落で、その歴史は数百年に及ぶ。集落の上手には国史跡の中尾上登窯跡が残る。稼働していた当時は世界最大級の登窯であった。周囲の路地には現役の窯元が今も並ぶ。赤井倉は、それらの窯で焼かれた器が集められ、値をつけられ、外へ送り出された場所である。

訪ねる ― そのまま入れる店として

この建物は、入口にロープを張った資料館ではない。奥川陶器が営む波佐見焼のギャラリー兼店舗「赤井倉」として稼働しており、営業時間は午前10時から午後5時、定休日は水曜日、駐車場が備わる。電話は0956-85-3359。立ち入りに料金はかからない。かつてのドマに立ち、その先のミセを見通し、さらに奥のザシキまで目で追える。三つの空間すべてに器が並ぶ。

店内では、まず天井を見上げて破魔矢を探すとよい。広縁と身舎が取り合う仕口、外側で柱のあいだに納まる漆喰の面。見るべきものはそのあたりにある。ここは展示施設ではなく営業中の商店なので、内部を撮影するときはひとこと店の方に断りたい。慣れた質問として受け止めてもらえる。腰を下ろせる喫茶のスペースもある。

本件は長崎県の景観資産にも選ばれている。こちらは内部より、集落のなかでの見え方に対する評価である。その点は歩けばすぐわかる。屋根の稜線の上に煉瓦造の煙突が立ち、窯元のあいだを路地が抜けていく。散策の起点になるのは中尾山交流館(0956-85-2273)で、4月の桜陶祭と10月下旬の秋陶めぐりには、普段は閉じている窯元が公開され、直売の人出でにぎわう。

行程には少し計画が要る。JR有田駅からは有田波佐見乗合タクシーが中尾山交流館まで走っており、午前10時から午後5時まで1時間ごと、予約制で1日乗車券が用意されている。長崎方面からはJR川棚駅で降り、西肥バスで町内へ入る。車なら波佐見有田インターまたは嬉野インターが最寄りだ。ただし、はさみ陶器まつりの期間中は乗合タクシーが運休するため、それを当てにする場合は事前確認をおすすめする。

Q&A

Q中尾山うつわ処赤井倉の内部は見学できますか。
Aできます。波佐見焼のギャラリー兼店舗として営業しており、営業時間は午前10時から午後5時、定休日は水曜日、入場無料で駐車場もあります。祝日や地域の祭事で休みが動くことがあるため、0956-85-3359で確認してから向かうと確実です。
Q中尾山うつわ処赤井倉の建築年はなぜ正確にわかるのですか。
A上棟時に納められた木製の破魔矢が現存し、「明治二拾三年寅三月十七日 棟上」の墨書とともに、施主の奥川戸市と棟梁の名が記されているためです。1890年3月17日という日付まで特定できる民間建築は多くありません。
Q中尾山うつわ処赤井倉はなぜ文化財に登録されたのですか。
A平成15年(2003年)3月18日、登録基準「造形の規範となっているもの」により登録されました。ドマ・ミセ・ザシキの三分割が明快に残り、窯業集落における明治期の商家建築の好例として評価されています。
Q赤井倉の「登録有形文化財」は重要文化財とどう違うのですか。
A登録は指定より緩やかな保護制度です。登録有形文化財は台帳に登録して維持修理などの支援を受ける仕組みで、現状変更への規制も指定物件より抑えられています。国宝や重要文化財のような「指定」とは区分が異なり、赤井倉は登録物件です。
Q中尾山うつわ処赤井倉の周辺には何がありますか。
A集落の上手に国史跡の中尾上登窯跡があり、周囲の路地には現役の窯元が並びます。散策の拠点は中尾山交流館です。4月の桜陶祭、10月下旬の秋陶めぐりの時期には、普段非公開の窯元が開かれます。

基本情報

名称中尾山うつわ処赤井倉(なかおやまうつわどころあかいぐら)
所在地長崎県東彼杵郡波佐見町中尾郷929
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 42-0021
指定年平成15年(2003年)3月18日登録(第36回)/告示 同年4月8日
員数1棟
寸法木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積168平方メートル(身舎は桁行8間・梁間2間半、入母屋造)
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況店舗・ギャラリーとして公開(午前10時〜午後5時、水曜定休)

参考文献

文化庁 — 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003335
文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/149945
長崎県の文化財
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/409
奥川陶器 — 中尾山うつわ処赤井倉について
https://shop.okugawa-touki.jp/?mode=f1
波佐見町 — 交通アクセス
https://www.town.hasami.lg.jp/list00273.html

最終更新日: 2026.08.20